第46話 許嫁と共通の秘事

「おかえり」


 部室に戻ると、冬馬が、男でも身震いしそうな程にイケメンボイスで出迎えてくれる。


 そんな冬馬に対して、つい、呆然と彼の顔を見つめてしまう。


 慈愛都雅の天使様がこいつをね――。


「――? どうかしたか?」

「んにゃ……。何も……」


 いつもの仕返しと言わんばかりに含みのある言い方をしてやるが、冬馬には通用しなかったみたいだ。

 彼はいつも通りメガネをクイっとして、部室の奥で作業をしている三人を指差して言ってくる。


「お前のとこの許嫁が物凄い件」

「――は?」


 見てみると、シオリがPCの前に座り、物凄いタイピングで作業をしているのが伺える。

 先輩二人がシオリの後ろに立ち「凄い」と驚いた様な様子で彼女を見守っていた。


「うわぁ。七瀬川さん漫画のキャラみたい」


 隣に立っていた四条も感心したような声でその光景を見た。


「七瀬川さんが戻って来てから仕事の効率化が格段に上がった。――ふっ。流石は冷徹無双の天使様。その仕事振りも表情一つ変えずにパソコンを無双とは天晴なり」


 いや――あれ、めっちゃ怒った顔してんな。その光景はイライラをキーボードにぶつけていると捉える事ができる。

 

 そんなに出たかったの? モデルしたかったの? 


 ともあれ……今、あいつに近づくのは危険だ。ある程度の距離を保っておこう。


「――みんな、お疲れー」


 ふと、入って来たのは、長いウェーブのかかった髪の可愛い系の大人の女性。

 一年一組担任の三波 楓先生だ。


 三波先生は俺と目が合うと「あ! 一色くん!」と黄色い声を出して呼ぶと、俺の手を握りブンブンと縦に振ってくる。

 先生は映画研究部の顧問だし、今の部活の状況を知っているみたいなんで、喜びの表情を見せる。


「うれしー! 来てくれたんだねー!」


 先生の手は女性らしく柔らかくて、ドキっとしてしまったので俺は照れ隠しのように先生に言う。


「先生やっぱ、俺の事好きなの?」

「今は部活手伝ってくれてる好きー」

「現金なやつ」


 何だか、先生と、この入りの会話が板についてきたな。

 ワンパターンだし、そろそろ変えたいが……。

 だが、この入りをしたのなら「あんたとは付き合えない」までのオチを言わなければならないな。


 そんなくだらない事を考えていると横から冬馬が「先生」と俺と先生の手を引き離す。


「俺の編集見て欲しいんですけど」

「あ、うん。――でも、六堂くんは既に私を超えている――。もう教える事はないよ」

「何を言っているんですか。俺なんかまだまだです。もっと先生に教えて欲しいです。色々――」

「あははー。そう? じゃあ教えちゃおうかなー」

「お願いします!」


 冬馬はメガネを無限クイッとしながら先生とPCの前に向かった。


 何か、いつにも増してメガネクイしてんな。もしかして先生の事が好きとか言わないよな?


 ――流石にないか……。


 そんな二人の姿を四条はジッと見ている。


 嫉妬――? なのかな? でも、それにしては表情はどこか柔らかい気がするが――。


「あ――。ごめんね。放置になっちゃて……」

「いやいや。――これ、先輩達に出してくるよ」


 言いながら持っていたビデオカメラを見せる。


「四条はあっち行ったら?」

 

 言いながら親指で冬馬達の方を指差す。


 すると、四条は両手で自分の頬辺りを触った。


「も、もしかして、あ、あたし顔に出てた?」

「別に出てはないけど……。四条的にはあっち言ったほうが良いんじゃない? ――って思っただけ」

「もう! からかわないでよ!」

「なっはっはっ」

「それを言うなら、一色君もナチュラルに許嫁の所に行こうとしてるよ?」

「俺は先輩の所だけど?」

「あ……。それもそうだね……」


 弱々しく俺の言葉を受け止める。

 何だからしくない。


 俺は四条の肩をポンポンと叩いて「じゃ、俺はあっち行くから」とそれだけ言ってシオリ達の方へ向かって行った。







 真冬の夕方の時刻は、最早、夜と言っても過言ではない程に真っ暗である。


 映画研究部の部活動は最終下校時間ギリギリまで活動をしていた。それでも、まだまだ終わりは見えていないらしい。

 

 それなのに、冷徹無双の天使様は上機嫌に隣を歩いていた。


「――聞かないの?」


 学校を出て、家まで半分辺りの所でシオリがいきなり言い出した。


「何が?」


 分かっているけど、あえて何の事かわからないと言わんばかりに聞き直す。


「分からないならいい」

「そっか」


 それで会話が終わり、無言のまま歩き進めると、十歩も行かない所でシオリがもう一度聞いてきる。


「聞かないの?」

「早くない? 質問のスパン早くない?」

「聞かないコジローが悪い」

「聞いて欲しいんだろ?」

「――そうとも言う」


 変なプライド持ってるな。


「――で? 何でそんなに機嫌が良いんだ?」

「よくぞ聞いてくれた」


 ここはツッコミ入れなくて良いよな? 面倒だし。


「実は、映画研究部に入って欲しいと熱心にお願いされた」

「――へぇ。いつの間に」

「才能が成せる技」


 確かに――シオリは先輩達の何倍ものスピードで編集を仕上げていたみたいだ。

 そりゃ、即戦力。部員として欲しいわけだ。


「入るの?」

「入らない」


 ああぁぁ……。


 俺はその場で転けそうになった。


「入らんのかい!」

「入ったら、夕飯の準備が遅れる」

「別にそんなの気にする必要はないけど?」


 そう言うと、少し間を置いて首を横に振る。


「やっぱりいい」

「そうか? ま、シオリがそれでいいならいいけど」

「いい」


 そう否定した後、こちらを嬉しそうな顔をして見てくる。


「それと、それだけが私のテンションの高い理由ではない」

「何?」

「――ふっ……。これだけは誰にも言えない。言ったら私は切腹しなければならない」

「深刻な何かを抱えているな。――もしかして四条から?」

「――なっ!?」


 無表情クールキャラのシオリの背景に雷が落ちたかのようなエフェクトが付いた。


「図星かよ」


 わかりやすいクールキャラだな。


「なんだ? もう聞いたのか? 四条の話」

「――どうしてコジローが?」

「俺も聞いたから。冬馬の事だろ?」


 そう言うと悔しそうな顔を見せる。どうやら自分だけだと鷹を括っていたらしな。


「――コジロー如きが知っている秘事何て価値がない。こうなればいっそ――」

「あかん、あかん! 言いふらすとか絶対あかんぞ!」

「冗談」


 冗談なのかどうか分からない無表情。大丈夫――だよな……。


「誰かが誰を好きだとか……正直興味ない」


 おおう。流石は冷徹無双の天使様。冷たいな。


「――でも、四条さんは私に教えてくれた。初めて……。誰かの秘事を聞いたのは――」


 俺達の事を利用するとか腹黒発言していたけどな、と言っていたのはわざわざ言わなくても良いか。


「――少なからず、俺達を信用してくれているんだろうな」


 そんな綺麗事を言うと、シオリはグーを作って気合いほ入った声を出す。


「四条さんの恋は全力で応援する」

「そうだな。応援してやるのが、秘密を知った俺たちがやってやれる最低限の事なのかもな」


 言うとシオリは小さく「秘密――応援――」と呟く。


「大変、コジロー」

「何が?」

「これは最早、私と四条さんは『友達』と言わざるを得ない!」


 美少女が鼻息荒く言ってのける。


「友達か……」

「違うかな?」


 次は不安な声を出してくる。


「友達の定義って分からないけどさ……。友達って『友達になろう』でなるもんじゃないと思うんだよな。――だから、俺がシオリと四条を見てる分には友達って言っても間違いじゃないと思うけど」


 そう言ってやるとシオリは嬉しそうな顔を見せた。


「友達……。友達……」

「いや、めっちゃ怖いんだけど」

「コジローも四条さんの恋を応援してよね!」

「まぁ、そのつもりだけど」

「二人で二人の恋のキューピッドになろうね」

「なれたら……良いなぁ……」


 他人事で、自分のことじゃないから、こんな事を思ってしまうのかもしれないが、俺は何となく悲恋の様な気がしてならなかった。


「頑張るぞ……。えいえいおー」


 しかし、やる気を出しているシオリの前では言えるはずもなかった。

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