第38話 許嫁の親は突然に
すっかり元のダイヤに戻った電車。
もし、一人暮らしでなければ毎日乗っていたであろう電車。
冬馬はこれに毎日乗って学校に来ているなんて偉いな、なんて考えながら揺られる事数駅、慣れ親しんだ実家の最寄り駅に到着する。
相変わらず何もない小さな駅から歩く事数分、閑静な住宅街へ入る。
その住宅街の一角に『一色』と書かれた表札があるのは普通の二階建ての一軒家。
「はぁ……やっと着いたな」
家の前で溜息混じりで誰に言うわけでもなく呟くとシオリはジッと俺の家を見つめていた。
「一軒家に入るの初めて」
そんな事あるか? 親戚とか友達とかあるだろ? ――そう言おうとしたが何とか言葉が止まってくれた。
そういえばこいつは人付き合いが苦手だったな。
「別にマンションと変わらないよ」
「変わるよ」
「部屋が上にあるか横にあるかの違いだろ?」
俺みたいに家の事がよく分かっていない子供はそんな単純な事位の違いしか出てこない。
「それだけじゃない」
シオリは言い切ってくる。もしかしたら難しい知識を持っているのかもしれないな。
固定資産税とか? ――それは持ち家だったらかかる税金だからマンションでも同じか……。
ちらっと中学の時の先生がぼやいてたのは、一軒家は全ての管理をしなければならないけどマンションはある程度年数が過ぎると工事が入ってくれるとか――それもそれで共益費が何とかとか言ってたな。
「一軒家は犬や猫が飼える」
――どうやらシオリもこっち側の人間だったみたいだ。
「ともかく入ろうぜ」
玄関前にいても寒いだけだ。
そう提案するとコクリと頷いて慣れ親しんだ実感の玄関を開ける。
いつも慣れ親しんだ玄関。そこには見慣れた靴が二足あった。
「ただいまー!」
玄関で大きめに帰ってきたことを伝えると、すぐ左隣のリビングのドアが開いて、見慣れた女性が顔を覗かせた。
「おかえりーコー」
一色 美桜――俺の母さんが俺を見て、久しぶりだと言うのに、まるで学校から帰ってきた息子をいつも通りで迎える様な声を出す。
「――あ!」
母さんはシオリを見ると声を出し、こちらに駆け寄ってくる。
「汐梨ちゃーん。久しぶりー」
まるで十歳は若返ったような黄色い声を出し手を振りながらシオリに挨拶する。
「お久しぶりです」
シオリも挨拶を返すと母さんはジロジロとシオリを舐めるように見る。
「――あ、あの……」
流石の汐梨もいつものクールな声はでず、困惑したような声が出てしまっていた。
「母さん。変態みたいだからやめろ」
俺が注意すると「あらー。変態とは心外ね」と反省の色なしの声を出す。
「私は変態は変態でも、変態という淑女よ?」
あちゃー。多分俺、母さんのこういう所の血を継いでるわ。
「それにしても――汐梨ちゃん、ますます琴葉に似てきたわね」
琴葉――あー……そういえば手紙をもらった時に書いていた名前だ。恐らくシオリの母親の名前だろう。
「そうですか?」
「ええ。いや似てるというか――当時のあの子より可愛いかも。あの子も高校生の頃は――」
「母さん!」
俺は話が長くなりそうだったので呼びかける。
「玄関じゃなくて中でよくない?」
「あら。それもそうね。――どうぞ。汚い家だけど」
「お邪魔します」
母さんが俺達を招くのでお互い靴を脱いで久しぶりの我が家へ入る。
リビングに入ると、ソファーに座りテレビを見ていた一色 大幸――俺の父さんがこちらに気が付いて、顔だけこちらに向ける。
「おかえり」
「ただいま」
「汐梨もいらっしゃい。久しぶり」
優しい笑顔でいうと先程の挨拶同様にシオリは「お久しぶりです」と返した。
「汐梨ちゃーん。こっちでお茶飲まなーい?」と母さんがダイニングテーブルに座ってシオリと誘うと「いただきます」とシオリはダイニングテーブルに座った。
「いやーやっぱり日本のテレビは良いな。あっちは何喋ってんのかわかんねーからな」
父さんが苦笑いで言ってくる。
「ま、海外だし仕方ないだろ? ――そんな事より俺は色々と言いたい事があるんだわ」
「おろ? 激おこプンプン丸?」
「そうだわ! ムカ着火ファイヤーだわ! てか古いなっ!」
俺のツッコミにケタケタと笑う父さんは年相応とは言えない幼い笑い方だ。
「許嫁とか、居候とか、俺がいない間に好き勝手――」
「待った待った!」
父さんは俺に向かって静止しろと言わんばかりのジェスチャーをしてくる。
「その点については後で詳しく――な?」
「電話で散々逃げたくせに往生際が悪いぞ」
「いやいや。もうちょっと。もうちょっとだからさ。待ってくれよ。今日中には説明するから」
「今すぐ訳を話せ糞親父」
「あ、糞親父とか言うから本当に糞したくなったじゃねーかよ。ちょっとしてくるわ」
言いながら、わざとらしく尻を触りながらリビングを出て行った。
あれが自分の父親だと思うと悍ましいな。自分もああなってしまうのだろうか? ――まぁ良い。この家にいる限りは逃げることはできない。今日こそはガツンと言ってやる。
右手は拳を作り、それを左手で受け止めてパンっと気合いを入れる様に殴る。そしてその後、右手の骨をポキポキと鳴らして糞親父をどう料理するか考える。
すると、リビングからピンポーンとインターホンが鳴り響く音が聞こえてくる。
なんだ? 宅配じゃなだろうし――なんかの勧誘?
「あ、コー。出てくれる?」
「えー。俺ー?」
俺が文句を言おうとするとシオリが「暇でしょ?」と言ってくる。
「お前もだろ?」
「私はお喋りしている」
「じゃあ出れるじゃないか!」
「ここは私の家じゃない」
「ぐぅ……」
確かに――。まごうことなき俺の家だ。何の間違いもない。
仕方ない、シオリに出させる訳にはいかないな。
「ふふ。もう尻に敷かれてるのね」
「手玉」
そんな女性二人の会話を横目に俺はモニターを見てみる。
モニターに映っていたのは――。
「シオリ?」
「何?」
「あ……いや……そうじゃなくて……」
俺はモニターを指差して困惑の表情を見せるとシオリがこちらに来てくれる。
彼女がモニターを見ると「あ、お母さん」と声が出た。
「お母さん? あれが?」
画面に映っているのはシオリそっくりの女性だ。モニター越しだからか分からないが、どう見ても母親という感じはしない。
「やっと来たんだ。コー。出迎えてあげて」
「え? 呼んだの?」
「そうよ。あっちの休みに合わせて帰国したんだから」
「そうなんか」
出迎えるなら、わざわざインターホン越しじゃなくても良いと思い、俺は直接玄関に行きドアを開けた。
ドアを開けた先にいた女性は俺の顔を見ると一瞬目を丸めて驚いた顔をしたが、すぐに優しい笑みを浮かべて言ってくる。
「久しぶりコーちゃん。大きくなったね」
モニター越しでも似ていたのに、生で見るシオリの母親はドッペルゲンガー並にそっくりであった。
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