第34話 許嫁と大掃除
クリスマスを過ぎれば次は正月。
色々と忙しない日本の文化。
何処かで聞いた事があるが、アメリカ何て十二月二十五日から一月六日までの十二日間クリスマスをお祝いするらしいのに、日本と来たら、クリスマスを過ぎたら、もう年末年始ムードに突入している。
日本の変わり身の早さに呆れつつ、自分も朝から駅前の繁華街に大晦日の大掃除用の道具を買いに来ている事に笑いそうになる。
人間誰しも自分の事は棚上げさ。
そんな事を思いながら、冷たい風が吹いて来るので、クリスマスに貰ったシオリのマフラーを口元に寄せる。
普段マフラーなんてしなかったのだが、折角プレゼントで貰ったのだからしなければ勿体ないという事で、装備してみたのだが――。
これがまた非常に良い。
今までどうしてマフラーをしてこなかったのか、自分自身に疑問を抱いてしまう。
もっと早くマフラーを巻いたこの感じに出会いたかった。このマフラーは毎冬の俺の相棒になる事だろう。
♢
「ただいま」
右手に持った掃除道具の入ったビニール袋をダイニングテーブルの上に置く。
「おかりなさい」
リビングではシオリが可愛らしい猫の三角巾とエプロンを身に付けて窓の掃除をしていた。
一体、いつ買ったのかは不明だが「行動はまず形から」との事らしい。
シオリは一旦窓掃除を中断してこちらに駆け寄ってくる。
「掃除のお供『重曹』を買って来たぞ」
シオリは粉末の重曹を見て「これこれ」と嬉しそうに言ってのける。
「後は、雑巾、スポンジ、消臭剤――」
「うん。これで完璧だね」
ダイニングテーブルに並べた掃除道具達を見て頷くシオリ。
「――でもさ」
「なに?」
「普段からシオリが綺麗にしてくれてるから、あんまりやる必要ないんじゃ?」
そうである。
俺自身も掃除は別に嫌いでは無いから、綺麗――とまでは行かなくても、片付いている方であると言えよう。
シオリが来てからは、ほぼ毎日掃除機をかけてくれて、風呂も掃除してくれて、洗濯もしてくれて――。
普段からやってくれているから目に見える分には汚くない。
しかし、俺の発言の後「――来て」と納得出来ていない様な声を上げて、俺は
「ここを見て」
シオリはコンロ周りを指差してくる。
「これは――ダークマターの残りカスじゃあないか」
「そうそうダークマターの残りカスが――って誰がダークマターやねん」
シオリが棒読みでノリツッコミをしてしまった。
いきなりの事で今の現状が飲み込めず、暖房が付いている部屋のはずなのに、妙に寒い。
「こ、こほん……」
シオリは咳払いをする。
「最近はちゃんとした料理を出している」
ちょっと恥ずかしげに言ってくるのは、ノリツッコミが見事に大滑りしてしまったからだろう。
「だ……だな。うん。段々とダークマターじゃなくなってるよな」
俺は決して先程の事には触れずにいる。後が怖いから。
そんなこちらの雰囲気を感じ取ったのか、シオリは安堵した様子で少しドヤ顔をしてくる。
「本気を出した時にだけダークマターになる」
「なんでだよ! なんで本気出したらダークマターになんだよ! ――つか、ちゃんとした料理出てきた時は本気じゃないのかよ」
「手抜き」
「手抜き――でも良い! 毎日作ってくれているんだから寧ろ手抜きで良い。それでシオリが少しでも楽になるならそれで良い」
ロックバンドみたいに頭を上下に振りながら言ってやる。
「今日のコジロー優しい」
「『いつも』の間違いだろ?」
「うん。いつも通りキモい」
「酷っ!」
シオリは重曹を取り出して「そんなコジローみたいにキモくて酷い汚れはこれで……」とコンロの汚れに重曹を使用する。
かなり酷い言われようで一言申してやりたいが、一生懸命汚れを落としている姿を見て、言うのをやめた。
「これで、こうして、ああして、ああなって――ぽん」
棒読みで言うと、台詞とは裏腹にコンロが綺麗になる。
「おお! 綺麗になったな!」
新品同様! ――とまではいかないが目立つ汚れは消えて無くなった。
「重曹でコジローを洗ったら浄化するかな?」
「俺は悪しき魂じゃねぇよ!」
♢
「――ふぃー……。ここまでやれば完璧じゃ?」
リビングは――キラキラキラキラ――と光のエフェクトが付いたみたいにピカピカになった。
俺が額の汗を拭うとシオリは棚を指ですーっと滑らしてから自分の指を見た。
「まだ甘い」
「姑か! 厳しすぎるだろ」
言うとシオリは口元を緩めて「冗談」と言いながら、頭に巻いている三角巾を取り外す。
「今から晩御飯買ってくるけど、今日はどうする?」
エプロンを取り外しながら聞いてくる。
「うーん……」と腕を組んで悩む。
「年末だし……なんか豪勢にいきたいよな」
「そうだね。一年の締めくくりだし」
「――すき焼きは?」
「おお。コジローにしては良いアイデア」
「一言余計だよ」
シオリはエプロンをダイニングテーブル用の椅子の背もたれにかけると言ってくる。
「じゃあ買い出し行ってくるよ」
「あ、俺も行くわ」
一歩踏み出した所でシオリは首を横に振る。
「朝、買い出し行ってくれたし、今度は私が行くよ。コジローは休んでて」
「良いって良いって。それに大晦日って何か無性に外に出たい欲が高まるだよな」
「わかりみが深い」
「よいしょー」
「じゃあコジローは荷物持ちね」
「はいはい。分かってますよ」
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