第30話 許嫁と約束

「平均七十点か……」


 寝室の机に座り、全て返却された今回の期末テストのアベレージを算出して呟く。


 前回のテストよりも成績が下がったのは、高校生活に慣れてきた事による慢心か、いきなり現れた許嫁に心の奥底では無意義に動揺していたのか――。


 理由は何であれ成績が下がったのは間違いない事実。

 これを糧に次回のテストはもう少し気合いを入れて頑張るとしよう。


「――ま……。平均七十点あれば親もそこまでうるさくは言うまい」


 呟きながら百円均一で購入したファイルに今回のテストをファイリングして、机の棚に置いておく。


「うう……。寒い寒い。風呂にゆっくり浸かるとするか」


 寝室に暖房は無いのでかなり冷え込む。


 浴槽に湯を張るという行為は今まで自分でした事が無い。

 実家の時は母親に甘えて湯を張ってもらっており、その湯に浸かっていた。

 俺もシオリ程ではないが風呂好きだ。

 スーパー銭湯にだって良く足を運んだりする位風呂は好きだ。

 だが、浴槽を洗う――この行動がひたすらに面倒である。毎日、毎日洗う位ならシャワーで簡単に済ませれば良いと思い、一人暮らしを始めてからはシャワーだけの生活だった。

 しかし、シオリが来てからは毎日、浴槽にお湯が張ってある状態に変わる。

 風呂が好きなシオリは毎日浴槽を洗ってくれてお湯を入れてくれるので、それに肖って俺も湯船に浸かる事にしている。


 寝室を出て、脱衣所に行こうとして立ち止まる。


 ダイニングテーブルの上にシオリのテスト用紙があったからだ。


 人の点数を見るなんて嫌らしいが、見えてしまったので仕方ない。それも一教科だけだ許してくれ。

 

 いや、ていうか――国語九十一点て……。こんなの誰に見られても自慢出来る点数じゃないか。


 シオリの奴、見た目通りに頭が良いらしい。完璧美少女とはあいつみたいな事を言うのだな――。


 そんな事を思いながら脱衣所の扉を開ける。




「――え?」


 聞こえてきた、少し焦った様な声。


「――あ……」


 目の前にいるのは素裸の天使様だった。


 だが、この一色 小次郎に動揺はない。あるのは興奮だ。


 心の中で「お、久しぶりだな乳首さん」と思いながら我が息子がグングン成長しているのが分かる。


 でも、どうせシオリの事だ「なに?」とか言って今から普通にドライヤーするんだろ? そうなんだろ?


「きゃ!」


 しかし、予想に反してシオリは短い悲鳴を出して、顔を赤く染め、俺が誕生日プレゼントに送ったバスタオルで身体全身を隠した。


 あれ? 反応おかしくない?


「こ、コジロー……」

「え、えーっと……」


 ポリポリと頬を掻き、今の状況を振り返る。


 いや、全然反応おかしくない。てか、これが普通だよな。


「で、出てってよ……」

「あ! は、はいっ!」


 シオリの弱々しい声で我に返ると、俺は素早く脱衣所の扉を開けて出て行き、扉にもたれかかり座り込む。


 この前は堂々と裸見してきたのに、今回は何で恥じらったの? どういう事?


 その答えは分からないが、一つだけ確かな事がある。


 ――恥じらったシオリはめちゃくちゃエロかったな。







 リビングのソファーに深く腰掛けて、先程の恥じらったシオリの光景を鮮明に思い出しては息子が伸縮を繰り返す。

 如意棒の由来はまさかここから来ているのではなかろうか……。


「――全然違うやん……」


 スマホで検索してみると、どうやら如意棒に下ネタ的意味は無いみたいだな。そりゃそうだ。


 そんな悶々としていた所、まだ乾ききってない髪を首にかけたバスタオルで拭きながら、寝巻きに身を包んだシオリが隣に腰掛けてくる。


「コジロー」

「は、はひっ?」


 シャンプーの良い香りに包まれる現場だが、そんな匂いを堪能している暇は俺には無かった。

 もしかしたら怒られるのでは無かろうかと内心焦っていたので、噛みながら返事をしてしまう。


「あ、明日……。何か予定ある?」


 シオリは視線を伏せ、バスタオルで軽く髪の毛を拭きながら明日の予定を聞いてくる。

 どうやら先程の事を怒っている様子ではないみたいだ。


「明日?」


 おうむ返しで聞くとシオリは視線を変えずに頷いてくる。


 明日と言えば、終業式であり、明日から俺達高校生が待ち望んだ冬休みスタートの日である。

 そんな冬休み初日に俺は何の予定も入って無かった。


「何も無いよ」

「そう」


 いつもの短い返事。だが、今日の返事には何処か嬉しさが篭った様に思えた。


「明日は早く帰って来て」

「ん? ああ。明日は昼までも無いからな。昼飯までには戻るよ」

「分かった。――そこから出掛けたとしても、最悪夜には帰って来て」

「夜? ん。まぁ出掛ける予定は無いからな」

「分かった」


 シオリの返事を聞いて俺は立ち上がり「風呂入るわ」と立ち上がる。


「コジロー」


 脱衣所に向かうと声をかけられたので俺は振り返る。


「んー?」

「明日は絶対早く帰って来てね」

「あはは。分かった分かった」

「約束だから」

「おっけー。約束」


 笑いながら言って脱衣所に入り、服を脱ぎながら「念を押してくるねー」と呟いて、ふと思い出す。


「あ……明日ってクリスマスイブか……」

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