第31話 大人の恋愛は複雑
十二月二十四日。クリスマスイブ。
子供達は『サンタがやってくる日』だとか『プレゼントがもらえる日』なんて認識だと思われる。
かくいう俺の幼少期もそんなイメージであった。
しかし、時の流れは残酷である。
成長するにつれて、サンタが世の中にいない事実を何となく悟っていき、捻くれた奴なら「てか、不法侵入じゃね?」なんて可愛くもない考えを持つ者も現れる。
そして、プレゼントは親がくれる物と段々と知っていき、俺の場合は小学生の高学年には、プレゼントなし、という残酷な宣言をされてしまう。
更に言えば、中学に上がる頃には色気付け出した男女が『お付き合い』なんか初めて、サンタの代わりに自分達がプレゼントになるなんてリアルを突きつけられる。
そんなリアルから逃げていた俺はクリスマスイブという日を忘れていた――いや、今まで彼女なんていた事無かったから強く意識してなかった。
毎年、この日が来ると「あ、今日ってクリスマスイブか」程度の感覚であった。
そんな俺も、まさか女の子と――それも冷徹無双の天使と比喩される美少女とイブを過ごせる日が来るなんて夢の様である。
シオリはハッキリとした言葉では無かったが「早く帰って来て」というのは、そういう解釈で間違いないだろう。
いや、本当は彼女を作って好きな人と過ごすのが良いだろうが、俺みたいなのが美少女と過ごせるだけでラッキーと言えるだろう。
だが、突発過ぎた為にプレゼントをじっくり吟味する時間が無かったのが悔しい所である。
今年最後の高校の授業が終わった。
授業といっても終業式と成績表の配布だけだったがね。
成績表を確認して「ま、こんなもんか」と思いながら鞄にしまって席を立つ。
「あ、一色君」
隣の席で成績表に目を通す事もせずに鞄にしまった四条が話かけてくる。
「ん?」
「今日、映画研究部でクリスマス会やるんだけど……来ない?」
言われて、そういえばこの前そんな事をすると言っていたな、と思い出す。
「夏希ちゃんも五十棲先輩も人数多い方が良いから来て欲しいって言っててね」
それは嬉しい事を言ってくれたものだ。本当に優しい先輩達であるな。
しかし――。
「いやー。部外者が行くのはちょっとな……」
その好意は本当にありがたいのだが、やはり、今言った通り、部外者がそういうイベントだけ行くというのは気が引ける。
それに今日はシオリとも約束しているしなるべく早く帰りたい。
「な? 言った通りだろ?」
俺の断りの言葉に四条ではなく、冬馬が言ってのける。
「今日はクリスマスイブだ。イブの夜に二人が逢引きしない訳無かろう」
「そうだよね。聖なる夜が熱くならない訳ないもんな」
「おいこら、好き勝手言いやがって。別に俺達は――」
「――あれ? そういえば七瀬川さんは?」
ふと、四条が斜め後ろを向いて声を上げる。
釣られて俺と冬馬もシオリの席を見るが、そこはもぬけの殻であった。
「ふむ……。もう帰ったのか?」
「早いね。ほらほら一色君も早く帰らなきゃだよ」
「余計なお世話じゃい」
言いながら俺は「二人共、良いお年を」とクリスマスイブに不似合いの挨拶をすると、仲良く声を合わせて「良いお年を」と返ってきたのであった。
♢
階段を降りていると「よいしょ。よいしょ」と重そうな段ボールを運んでいる、教員の中でもダントツに可愛い女教諭がいた。
「三波先生。良いお年をー」
無視して素通りも嫌らしいので、それだけ言って去ろうとしたら、それが間違いだったらしい。
「あー。重いなー。重いなー。何処かにこれを華麗に職員室まで運んでくれるカッコよくてカッコいい。カッコいい紳士は参上してくれないかなー?」
「そんなカッコいいの三乗する程の紳士が高校生にいると思いますか?」
そう言うと、階段の踊り場に段ボールを一旦置いて、こちらを指差してくる。
「あ、紳士が参上してくれた」
「俺は紳士は紳士でも変態という名の紳士です。カッコいいとは無縁ですね。さよなら」
「待った待った」
言われて腕を掴まれてしまう。
「一色く〜ん……。おねが〜い。手伝って〜」
明らかなぶりっ子。しかし、分かっているが、こんなあざとい態度もこの人の可愛さのせいで断る事が出来ない。
「可愛いって得ですね」
せめてもの抵抗で嫌味を言ったつもりだが、先生には全く通用しなかったみたいだ。
「きゃー。ありがとう一色く〜ん。カッコいい」
明らかな口だけの台詞に俺は溜息を吐きながら段ボールを手に取る。
そんなに重くは無かった。段ボールの口が少し開いていたので、軽くだけ覗いて見ると、星の様な物が見えたので、クリスマスツリーの飾り付けか何かだと予想出来る。
「彼氏にもそんな態度なんですか?」
先程の嫌味が通じなかったので、もう少し嫌味のギアを上げて尋ねると「あははー」と苦笑いが返ってくる。
「今更、こんな態度を取っても引かれるだけかな」
そう言う言い方をするという事は先生は彼氏持ちという事になる。
まぁこれほどの人だ。彼氏の一人や二人いても不思議ではない。
「へぇ……。彼氏さんとは長いんですか?」
「もう三年位経ったかな」
「長っ! 凄いですね」
交際期間の平均日数なんて知らないが、三年間付き合っているのは凄いと言えよう。
つまりは先生が大学生の頃から付き合っている事になるのだから。
「いやいや。別に凄くないよ。好きで付き合ってるのか、惰性で付き合ってるのか時々分からなくなるんだ」
先生は苦笑いをしながら「今日もイブなのに会わないしね」と言ってのける先生は何処か悲しげな顔をしている気がした。
しまったな。どうやら地雷だったみたいだ。複雑な恋愛事情みたいだな。
「でも、良いの。今年のイブは部活があるから。今年は部活の子達と仲良く過ごすんだ」
「そ、そっすか……」
無理に言っているのが見え見えなので、何て返事をしたら良いか分からなかった。
気を使い、話題を変更しようとするが、特に思い付かずに、渡り廊下を歩いていると「あ……」と先生が立ち止まり中庭の噴水を見た。
釣られて俺も見てみると、男女が――男の方は誰だか分からないが、女の方はシオリであった。
「あれ? 七瀬川さん。朝も男の子に声かけられてた気が……」
「一日に複数人に告白されるなんて化け物だな」
こんな奴が世の中にはいるんだな、と感心してしまうと同時に、そうか……今日はクリスマスイブだから男子共はワンチャンを狙ってって感じなのかな? と思う。
「青春だねー」
先生は何処か羨ましそうにその光景を見ると俺を見てくる。
「一色君は彼女とかいないの?」
「生まれてこの方いた事ないですね」
「勿体ない。恋愛――特に高校生活は恋しなきゃだよ」
「そうっすか?」
「そうだよ! 勉強よりも恋をしなきゃ!」
「教育者として問題発言じゃ?」
指摘すると「あ……」と手を口元に持っていき、しまった、と言わんばかりのジェスチャーをすると、人差し指を立てて言ってくる。
「私がこれ言ってたの内緒にしてね」
「二人だけの秘密っすね」
「ふふ。先生と生徒の秘密って……。なんかヤバいね」
「言葉だけ聞けばね。内容はショボいっすけど」
「あはは。間違いない」
言いながら笑い、言葉を続ける。
「一色くんは良い男の子なんだから、良い女の子見つけなよ?」
「少なくとも先生みたいに男をパシリにする人はやめておきます」
「あ、ひどーい」
ぷくっと頬を膨らませた後に微笑んで言ってくれる。
「また彼女出来たら教えてね」
「出来たらね」
「すぐに出来るよ。君みたいな良い男の子は」
「なるほど。先生は俺の事が好きと?」
冗談交じりで言うとジッと俺を見つめる。
「やっぱり法を犯してまで付き合うのは無理かも」
「ですよねー」
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