ページ23 映画
携帯が鳴り、右手で必死に携帯の居場所を模索する。
左手でまだ開ききれない瞼をしばらく擦ってから、やっと右手で携帯の感触を察知した。
珍しく土曜日にえりこからRINEが来た。
『あの、映画を一緒に見に行って欲しいんだけど……』
普段なら、心拍数が上昇し、心臓が爆発寸前になり、救急車を呼ぶところだが、どうにもえりこのRINEの文面が少しおかしいと思ったので、俺はわりと冷静に返信した。
『急にどうしたの?』
どうも、俺の中では少し嫌な予感がした。
しばらくすると、えりこから返信が来た。
『その、皐月さんに映画を誘われたけど、2人で行くのはちょっとあれだし、でも、断るのもね……』
これで俺の疑問が晴れた。
えりこは皐月翔に現在進行形でアプローチされているが、えりことしては皐月翔と2人きりで行動するのはあんまり気が進まない。
そこで、俺の出番だ。俺に助け舟を出して欲しくてRINEをしてきたわけだ。
って、俺は便利屋じゃないかよ!
内心でそう突っ込みながら、『行く』とえりこに返信してノリノリで着替える俺。
男って悲しい生き物だなって今この瞬間、俺は痛感してしまった。
えりこはどんな気持ちで俺を誘ったのだろう。
そればかりが気になって仕方ない。
ほんとに仕事のパートナーだと割り切って助けを求めてきたのか、それとも……
この先は想像しないでおいた。
想像してしまっては、それが裏切られたときは、俺は立ち直れないだろう。
だから余計な期待はしない。
今は単純にこのおかしな組み合わせでの映画鑑賞を楽しむだけだ。
俺はそう決意した。
なんかホラーゲームをプレイしている気分だった。
ゆっくり自分の部屋のドアを開けて、左右を確認する。
それらしい人物は見当たらなかったので、そっと階段を降りる。
階段を降り切って、壁にしがみついて静かにリビングを覗く。
やはりいない。
これなら……
「どこに行こうとしているのかな?」
後ろからする声に、俺は絶望を覚えた。
それは紛れもなく琴葉の声だった。
なぜ……ちゃんとチェックしたのに……いなかったはずなのに!
「なんで私が後ろにいるのか分からない顔してるわね」
振り返って口をポカーンと開いて琴葉を見つめている俺の顔を見て、琴葉は我が意を得たりと俺の心中を察した発言をした。
「そ、そんな顔してない」
ここで否定しなければ俺が琴葉に内緒で何かをしていることになる。
まあ、実際そうだけども。
たとえ、それがすぐにバレる嘘でも、俺は精一杯の抵抗をした。
そう、俺は反撃を繰り出さなきゃいけない。
何もしなければ何も変わらない。
それがこの世界の真実にして唯一の真理だ。
「嘘つくな!」
「はい、すみません」
たった一つ誤算があるとすれば、俺には琴葉に逆らう勇気がなかった。
高まっていた士気は一瞬にして低迷し、俺の戦う意思はいとも簡単に奪われた。
弁解させてもらってもいいかな。
これは決して琴葉を恐れての行為ではない。
そう、戦略的撤退だ。
俺は一階にいるのに対して、琴葉は階段の上に立っている。
高低差がある戦場では、高いところを制する者が戦を制す。
まさに天王山。
たとえ、その高低差は今の俺と琴葉と関係がないにしても、それは俺が一時的な戦略的撤退をする理由にはなる。
だって、見上げると、琴葉がいつもより怖いもん!
体が勝手に震えだしてるもん。
しかも前に琴葉を置いて脱走した前科があるし……
「雅を起こそうと思って部屋の前に来たら、中からごそごそ音がしたから、隣の部屋に潜伏していたんだよ」
忍者かよ。行動が一々それっぽい。
思わず内心でツッコミを入れた。
「案の定、雅が部屋から出てきたから、気づかれずに尾行したんだよ」
「ねえ、それってストーカーじゃないの?」
ごまかしも嘘も効かない相手に俺は正論をぶつけるしかなかった。
ただ、琴葉の返事は予想を超えたものだった。
「幼馴染だからセーフだよ」
幼馴染ならなんでも許されるの?
じゃ、今すぐお前のその黒タイツを剥いで俺のコレクションにしても問題ないよね。
そう思ったけど、口には出せなかった。
琴葉のことだから、どうせ一方通行のルールだろうし。
「警察にもその理屈が通じるといいね」
正論もだめなら、せめて最後は嫌味くらい言わせて……
「それで、どこに行こうとしているの? 今日は土曜日だよね」
ギクッ。
やはり聞いてきたのか。
この一連のやり取りで忘れてくれないかなと思っていたが、考えが甘かった。
琴葉は俺の嫌味をものともせずに、一気に核心をついてきた。
「そうそう、せっかくの土曜日だし、散歩でもしようかなって」
「じゃ、なんで私がいないかこそこそチェックしていたのよ」
やはりばれたか。
今思えば、琴葉に隠し事は通じなかった。
昔一緒に風呂に入ってた時、ちらっと琴葉の胸を見ていたことも前に覚えていて渚さんに話したし。
琴葉と二人の国を作ったら、そこに人権とかプライバシーという概念はきっとないだろう。おっぱいと足の濃度は濃いめだろうが。
って、琴葉をそんな目で見るのは良くないよね。
琴葉はあんまり気にしていない分、俺がしっかりしなきゃ。
琴葉は俺と中学一年生の時まで一緒に風呂入っていたのもあって、今でも俺に裸を見られるのを全然気にする様子もない。しかもなにかある度に足で俺を踏んでくるし。
なのに、パンツを見られたら恥ずかしがるのは少し矛盾している気がしなくもない。いつも無防備な恰好で俺の部屋に来るから、見たくなくても視界に入ってしまうのだ。前に脱走した時もそうだったし。
俺は足フェチではない。
俺は足フェチではない。
大事なことだから二回言うが、琴葉のそういった言動は普通の男子高生である俺には刺激が強すぎる。
ただでさえ、琴葉はスタイルがいいし、おっぱいでかいし、足が綺麗だし、いい匂いするし、そこにタイツを加えたら、もはや対男子最終決戦兵器だろう。しかもパンツを見られた時だけ恥じらうときたら、もはや男子に対して決戦というより殲滅という言葉がふさわしいほどの破壊力がある。
俺が自制心を持たないと、ほんとにお母さんの思い通りに琴葉と結婚することになるかもしれない。
その理由もきっと世間的にあんまりよろしくないものになるだろう。
「そ、その、琴葉がいたら誘おうかなって」
嘘に嘘を重ねる。
それが地獄の始まりだとも知らずに。
「あはは、そうなんだ~」
琴葉は笑顔のようで、目が笑っていない。
それがさらに俺の恐怖を刺激する。
「前にもこんなことあったよね~ その時は確かにコンビニとか言ってたね」
「あったかな……」
別にとぼけてはいない。
この瞬間からその記憶を脳内から削除しただけだ。
「忘れたんだ。じゃ、部屋に戻ってじっくり思い出させてやろうかな?」
「けっ、結構です。てか今思い出した……」
「なら、もう一度聞くよ? どこに行こうとしているの?」
「……映画です」
やっと観念して、俺はほんとのことを話した。
そしたらなぜか、琴葉は可哀想な人を見るような目で見つめてきた。
「……そうか、気をつけてね」
「えっ?」
予想していたのと違う琴葉の反応に俺は思わず間抜けな声を漏らした。
「できるなら私もついて行きたいけど、雅と映画の趣味合わないから、ごめんね……」
なぜか申し訳そうに謝る琴葉。
ほんと、どうしたんだろう。
「あの、もしかして、一人映画だと思ってる……?」
琴葉の反応からして、俺はなんとかこの推測にたどり着いた。
「もういいよ……そんな悲しい言葉を口に出さなくてもいいから」
「違うよ!」
「違うの!?」
「あっ、しまった……」
確かに、俺の映画の嗜好は周りの人や琴葉とかなりズレていて、よく1人で映画を見に行ったことがあった。
もちろん琴葉もそれを知っている。
だから、俺がこそこそしていたのは、また一人で映画館に行くのを琴葉に見られたくないと思われているみたい。
でも、今日は違う。
ちゃんと3人で映画を見に行くんだ。
だからつい、俺だって一緒に見に行く人がいるんだと見栄を張るような言い方をして、墓穴を掘ってしまった。
ほんとは今回だけ一人映画じゃないのだがね。
なんで人間は見栄を張りたがるのだろう。
たまたまその時に恋人がいて、周りに自分は結構モテてるって言いふらしてる人みないだよ、これじゃ。
ぶっちゃけ痛い。そして、まずい。
「誰と見に行くんだ……」
琴葉の声は急に恐ろしいほどに暗くなった。
「ち、違うよ? 俺がいつも一人で映画見てるの知ってるでしょう? ほら、俺だってずっと一人で映画館に行ってるものだって思われるのは嫌だから、つい否定しちゃったというかなんというか」
「嘘だね」
「な、なんで?」
「何年一緒にいると思ってんだよ」
ごもっともです。
赤ちゃんの時からの付き合いでした。
記憶にないけど、多分俺が最初に手を繋いだ女の子は琴葉だと思う。
1歳か2歳の時とか。
こうなったら、やはりあれしかないのか。
脱走……
「こら、逃げんなよ!」
琴葉の叫び声を無視して、俺は玄関まで走った。
素早く靴を履き替えてドアを開けようとした瞬間、しまったと思った。
琴葉が家に来たから、セキュリティチェーンは掛けてないものだと思っていた。
「うふふ、私が2度も同じミスをすると思ってるのかな? 雅~」
悔しい、ドアが開きかかって、外が見えてると言うのに、出れない。
そしてゆっくりと迫ってくる琴葉。
運の尽きかな。
「私も連れてって」
「えっ?」
琴葉の思わぬ提案に、俺はまたしても間抜けな声を漏らした。
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