ページ20 宣戦布告
『それで、沢咲さんは先に帰ったけど、えりことは2人でご飯食べたよ!』
『そうなんだ~』
『なんか、いつも思うんだけど、渚さんってあんまり驚かないんだね』
『うん?』
『だって、渚さんってえりこの大ファンなのに、俺がえりこと2人きりでご飯食べたなんて言ったら、渚さん驚くかなって』
『驚いてる! 驚いてる! めっちゃ驚いてるから! テンションMAXだから!』
『あはは』
『何笑ってるんですか!』
『渚さんがテンションMAXって言葉使うなんてなんか面白くて』
『なによ!』
『なんもない』
『お姉ちゃんをからかうんじゃない!』
『はーい』
『返事適当すぎるー』
いつの間にか、俺はちょくちょく渚さんと電話するようになった。
どちらからともなく、気づいたら渚さんと電話していたことがほとんどで、内容はその日の出来事だったり、俺の作品やえりこのことだったりする。
ただ、渚さんはあんまり自分のこと話さないから、未だに私の中の渚さんは謎に包まれている。
『そんなことないよ』
『ありますー』
『それで……』
『あっ、ちょっとまって!』
そう言って、渚さんは電話をミュートにした。
渚さんの言う女の子の秘密は気になるな。
携帯を握ってベッドの上で大の字になってみたら、携帯が鳴った。
電話画面を最小化にし、RINEをチェックしたら、まさかのえりこだった。
『あの、雅先生、皐月翔さんって知ってる? 今日私と共演した方で』
えりこからRINEが来たのはすごく嬉しいけど、その内容はちょっと理解に苦しむ。
『えっと、結構有名な若手俳優なので、一応知ってる』
正直、えりこから皐月翔の名前が出るのはいささか嫌な気分だ。
『その皐月翔さんが私に雅先生のRINEを教えてほしいって』
頭の中にクエスチョンマークが無数に浮かび上がる。
なぜ、皐月翔は俺のRINEを知りたがる?
そして、なんで皐月翔はえりこの連絡先を知っているんだ?
後者の答えはすぐに出た。
同じ芸能人で、しかもドラマの共演者だったら連絡先を知っていてもおかしくはない。
もやもやする。
けど、ここで断ったら、皐月翔の真意は永遠に知ることはできない。
『いいよ。教えて』
それだけ返信して、俺はまたベッドの上で大の字になった。
『お待たせ!』
渚さんの声が携帯から響いたから、そっと携帯を耳に当てる。
『はあ』
『どうしたの?』
『いま、皐月翔が俺のRINEを教えて欲しいってえりこからRINEが来た』
『そうなんだ』
『あれ、渚さんってもしかして皐月翔のこと知らないの?』
『うん? 皐月翔さんってあの若手イケメン俳優でしょう?』
『知ってる割には驚かないんだね』
『驚いてる! 驚いてる! なんであの人が一ノ瀬くんのRINE知りたいんだろうね』
『俺も知りたいよー』
『あはは』
『笑い事じゃないよ』
渚さんはなぜか他人事みたいに笑ってるし。まあ他人事だけどね。
携帯が鳴り、電話画面をもう一度最小化にして、RINEを見たら、通知のところに「新しい友達」が表示された。
言うまでもなく、皐月翔だ。
そして、彼からのいきなりのメッセージ。
『一ノ瀬さん、えりこちゃんから連絡先を聞きました。やはりえりこちゃんは一ノ瀬さんの連絡先を持っているのですね……それはさておき、話があるので、少し電話よろしいでしょうか』
すごい丁寧な文章にしては、断れないプレッシャーを感じる。
『噂をすればなんとやらで、皐月翔が俺のRINEを追加したよ』
『はやっ』
『なんか電話したいって』
『じゃ、私一旦切った方がいい?』
『ごめんね、渚さん』
『ううん、あとで何話したか教えてね? 私も気になるから』
そう言って、渚さんは電話を切った。
俺は意を決して、皐月翔に返信する。
『どうぞ』
さすがに文章が短すぎるとは思ってるけど、得体の知れない相手にこれ以上何を話せと言うんだ。
皐月翔に返信して3秒も経たないうち、彼から電話がかかってきた。
よほど緊急な要件なのだろう。
『もしもし、一ノ瀬さんですか?』
『違ったらどうしますか?』
なぜか皐月翔に対して、俺は少し意地悪になっている。
『違ったら、100回かけ直します』
『そ、それは勘弁してください……』
まさか皐月翔が真面目に返事してきた上に、とんでもないことを口走った。
若手イケメン俳優がそんなストーカーみたいな事していいですか? ダメでしょう!
『ははは、そう構えないでくださいよ』
『いやいや、いきなり今大人気のイケメン俳優が俺の連絡先を聞いて電話してきたら、誰でも構えるって』
『でも、女の子だったら、みんな喜びますよ?』
こいつ、天然なのか? でないと、これ以上ないタチの悪い自慢だ。
『あいにく、俺は男です』
『そうでしたね!』
おちょくってるのですか。
『そこは忘れないでください!』
『面白いですね、一ノ瀬さん』
『はい?』
『えりこちゃんがあなたに惹かれた理由は少し分かった気がします』
『えりこさんが俺なんかに惹かれるわけないでしょう』
『それは嫌味ですか?』
『皐月翔さんほどじゃないですよ』
『はは、同じですね』
『何がですか?』
『一ノ瀬さんって、俺がえりこちゃんに抱きしめたとこ見たんですよね』
『ああ、取材のために撮影を見にいったら見せつけられましたよ』
『僕も同じですよ』
まさかの一人称が僕だと!?
さすがに若手イケメン俳優。ほかの人間が使ったら、気が弱いとかオタクっぽいって思われるのに、こいつはまるでそれを気にしていない。
※主人公の偏見です。
『同じって?』
『えりこちゃんが僕の誘いを断って、一ノ瀬さんのとこに行ったこと、それ、僕も嫌な気持ちになりました』
『だからなんですか?』
まさか文句を言うためだけに電話してきたのか。芸能人ってみんな暇なのか。
※主人公の偏見です。
『だから、僕なりに考えて、こうやって連絡しました』
『……』
『宣戦布告です』
『はい?』
皐月翔の言葉の意味が理解できず、俺は思わず聞き返した。
『宣戦布告ですよ。えっと、ちょっと待ってください』
『あっ、はい』
しばらくすると、皐月翔は言葉を続ける。
『宣戦布告とは、紛争当事者である国家が相手国に対して戦争行為を開始する意思を表明する宣言のことらしいです』
『ここでビィキ先生!?』
なんとなく思ったが、もしかして、皐月翔は筋金入りの天然なのでは?
まだ電話して10分しか経ってないが、俺はそれを確信した。
俺はなんの宣戦布告って聞いただけなのに、こいつは俺が宣戦布告の言葉自体の意味を理解していないと思い込んでるらしい。
しかも、わざわざその意味をビィキで調べて、俺に伝えるなんて。
『言葉の意味を理解してもらったから、本題に入らせてもらいますよ?』
『あっ、はい……』
もはや、ツッコミを入れるのも疲れる。
真面目に皐月翔のことを警戒していた俺はバカのようだ。
てっきり、えりこにもう二度と近づくなとか、えりこにちょっかい出したら僕の持っているコネでお前を潰すとか言ってくるものだと思ってた。
本人がこの調子じゃ、多分それはないかな。
ははは、思わず苦笑いしてしまった。
『僕はえりこちゃんのことが好きです。だから、僕と勝負してください!』
『それ、告白する相手違えてませんか?』
勝負もなにも、えりこが俺の事好きになるわけがない。
どう考えても若手イケメン俳優である皐月翔のほうに軍配が上がる。
こいつ天然だから、ほんとに告白する人を間違えたというのもありうる話で……
『いや、僕は天然じゃないから、そんなミスはしませんよ』
自覚なしか。
皐月翔のことが可哀想になってきた。
『僕は確かに超人気若手イケメン俳優でドラマと映画の主演を多数務めてきたし、女性からの人気も絶大なものです』
『……』
天然でナルシスト。俺の中の皐月翔へのイメージが更新された。
『でも、だからこそ、俺の誘いを断ってまでえりこちゃんが選んだあなたを、僕はライバルだと思っています』
『それってつまり、ほかの女性はほいほい付いてくるのに、えりこさんは違ったから、えりこさんのことを好きになったということですか?』
『違います。僕は前からえりこちゃんのことが好きだった。今回のドラマで共演になったのもほんとに嬉しかった。共演をきっかけにえりこちゃんと付き合えたらと思ってたけど、どうやらそれが上手くいかないみたいです』
『その原因は俺だと思ったんですか?』
『はい!』
『……』
そこだけ力強く肯定しないでよ……
『だから、僕の宣戦布告に受けて立ちますか?』
『もういいよ、皐月翔さんの好きにしてください……』
『分かりました! じゃ、これから僕らは正式にライバルですね!』
『はいはい』
『それでは、お時間を割いてもらってありがとうございました』
そういって、皐月翔は電話を切った。
最後まで礼儀正しいやつだったな。
さてと、渚さんにこのことを話そうか。
『えっ? 宣戦布告!?』
『反応、そうなるよね』
『皐月翔さんってえりこのこと好きだったんだね』
『そういうことらしい』
『連絡先聞いてきたのはそういうことだったんだ……』
『え?』
『あっ、なんもないから!』
『にしても、俺をライバル認定するなんて、俺がえりこに好かれるわけないのにな、はは』
俺は少し自嘲気味でそう言った。
だって、皐月翔にライバル認定されたからって、その気になってえりこにアタックして最後に砕けたら、辛すぎる。
自分で自分にブレーキをかけとけば、傷つかないで済む。
『そんなことない!』
『え?』
渚さんはいきなり大声を発したから、俺は少し驚いた。
『一ノ瀬くんには一ノ瀬くんのいい所があるから!』
『あ、ありがとう』
『だから、皐月翔さんを負かしてこの戦争勝ってやろう!』
『う、うん』
『気合いが足りない!』
『お、おう!』
『一ノ瀬くんには私が付いてるからね!』
『ありがとう』
なぜか、渚さんにそう言われたら、ひょっとしたら、えりこに振り向いてもらえる気がしてきた。
『渚さんはそれでいいの?』
『うん?』
『その、俺がえりこと……仮にそういう関係になったら……』
『あ、いいの。いいの。どうせえりこもわ……』
『わ?』
『なんでもない! なんでもないから!』
『うん』
『じゃ、打倒皐月翔! おう!』
『おう!』
渚さんに釣られて、俺も鬨をあげた。
えりこのいない所で、俺と渚さんは勝手に盛り上がっていた。
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