ページ12 デート

 約束の12時まであと一時間か。


 待ち合わせの遊園地の入り口まで歩きながら、携帯で時間をチェックしていた。

 ※いい子は絶対に真似してはいけませんよ。


 琴葉から逃げて、速攻で駅に向かって、電車に乗ったら、一時間も早く着いた。


 遊園地の入り口で時間を潰しながら渚さんを待とう。


 どうせ30分前には来るつもりだったし、一時間と30分ってそんなに変わらないと思う。


「一ノ瀬くん?」


「渚さん?」


 驚いたことに、遊園地の入り口に着いたとき、後ろから渚さんの声がした。


 振り返ったら、乳白色のカットソーの上に水色のカーディガンを羽織って、カットソーと同じ色のキュロットパンツを履いている渚さんの姿があった。


 今日の渚さんはなぜかマスクをつけていない。


 正直、彼女に見惚れた。


「一ノ瀬くん、まだ約束の時間まで一時間もあるんよ?」


「渚さんこそ、もう着いてるじゃない?」


「二人して早く着いちゃったね」


 そう言うと、渚さんはいつものようにえへへと笑った。


 やはり、渚さんはえりこに似ている。


 特に笑ってるときに膨らむ涙袋は写真の中のえりこにそっくりだ。


「そうだね」


「以心伝心かな~」


 渚さんの不意打ちに、俺は思わず顔を紅潮させていた。


「そ、そんなこと……」


「……ないの?」


「……ある」


 俺の返事を聞いて、渚さんはクスクスと笑い出した。


「からかったな!」


「からかわれるほうが悪いもん!」


「屁理屈」


「屁理屈で結構だもん~」


「うううっ」


「やはり一ノ瀬くんは面白いね」


 確かに、渚さんと出会ったときも面白いって言われたんだっけ。


 懐かしいな。


 その時は二人そろって遊園地に行く日が来るとは思わなかったな。


「なに考え込んでるの? えっちなこと?」


「違う。違うから」


「言っておくけど、お姉ちゃん、今日は黒いパンツ履いてないよ?」


「人を黒いパンツが大好きな変態みたいに言わないでください! あと、どちらかというと俺はピンクが好きかな」


「えっ?」


「どうしたの?」


「……まさか見えてるの?」


「なにを……あっ、まさか……」


「そ、それ以上言わないで!」


 渚さんの顔は一瞬にして真っ赤になった。


「あっ、ごめん」


「いや、私の方からパンツの話持ち出したし」


「俺も、まさか渚さんがピンクのを履いて……」


「ストップ! ストップ!」


 渚さんは慌てて両手を俺の顔の前で交差さるように激しく振っていた。


「あっ、ごめん」


「もう! わざとでしょう!」


 渚さんは頬をぷうと膨らませた。


 すごく愛らしい。


 どんぐりをかじっているリスで例えると分かってもらえると思う。


「私たちってよくパンツの話するんだね」


「……爽やかな顔して言うことじゃないよ」


「ははは、一ノ瀬くんの困った顔好き」


「えっ? 好きって?」


「あっ、その、ちがくて……」


 しばらく沈黙の時間が流れた。


「そ、そろそろ遊園地いくよ!」


「あっ、はい!」


 ばつが悪かったら注意を別のものにそらすのが1番だ。




「まわれ! まわれ~!」


「な、渚さん、目がぐるぐるだよ」


「一ノ瀬くんが変なこと言ったから、その罰よ」


 渚さんはこれでもかとティーカップを回して、俺はただただ身を委ねることしか出来なかった。


 上下左右が分からなくなってきた。


 さっきのことはもうお互いに忘れたんじゃないのかよ。


「ははは」


 でも、それでも、渚さんの目が輝いてるのが見えた。


 子供みたいにキラキラと光っている。


「次はあれだ! いくよ! 一ノ瀬くん!」


「……お、おう」


 まだ目眩が治らないうちに、渚さんが俺の手を引いて、ゴーカートのほうへ向かった。


 なぜか、はじめて彼女と手を繋いだ気がしない。


 小っちゃくて、柔らかくて、温かい……まるで握手会で握ったえりこの手みたいだ。


 心臓の鼓動が早くなるのは自分でも分かる。


「一ノ瀬くん、遅い! 遅いよ~!」


「渚さん! アクセル踏みっぱなしは危険だよ!」


「ほら!」


「やったな!」


「ごめん、手が滑った~」


「そんな言い訳は俺に通用しない」


 渚さんは車体をぶつけてきて、振動が全身に伝わってきた。

 ※いい子のみんなは真似しないでね!


 仕返してやろうと思ったけど、渚さんはすでにアクセルを踏んで前に行ってしまった。


「捕まえられたらお姉ちゃんハグしてあげる~」


「今日はめっちゃ自分のことお姉ちゃんっていうんだね」


「だって、お姉ちゃんだもん」


「同い年でしょう!」


「あはは、そうだっけ?」


 もう、こうなったら容赦しない。


 捕まえて、たとえ泣いてもハグしてもらおう。




「はあはあ」


「一ノ瀬くんやはり遅い~」


「な、なんでそんなにスピードを出せるんだよ」


 自分が走ったわけでもないのに、必死にアクセルを踏んでいたら、カートから降りた時は息切れしていた。


「次はいよいよ本番ね」


「本番って?」


「遊園地って言ったら?」


「言ったら?」


「ジェットコースターでしょう!」


「子供みたいだね」


「子供って言うなー お姉ちゃんだし」


「はいはい」


 ほんと、ずっとはしゃいでるのに、お姉ちゃんぶる渚さんのことが可愛らしい。


 俺は思わず手を渚さんの頭の上に置いた。


「あ、あのー」


「うん?」


「ちょっと恥ずかしいかも……」


「あっ、ごめん」


 渚さんの言葉で我に返り、急いで手を離す。


「てへへ、そのセリフ、今日3回目だよ」


「数えてたんだ」


「うん、数えてた」


 上手く言えないが、渚さんと一緒にいると自分が自分じゃなくなるようなそんな不思議な感覚になる。


 渚さんはえりこにそっくりだけど、それが理由じゃない。


 きっと、彼女が天真爛漫で無邪気だからだろう。


 だから、俺は渚さんの笑顔がもっと見たいと思った。


 子供のような、天使めいた笑顔。




「「ぎゃあああああああ」」


 ジェットコースターの落下の勢いは思ってたより激しく、声を出すまいと決心していたのにも関わらず、俺はみっともなく悲鳴を上げてしまった。


「一ノ瀬くん、ビビってた~」


 ジェットコースターを降りて、ベンチに座って休憩してる俺を、渚さんはからかってきた。


「渚さんだって叫んでたんじゃん」


「まあまあ、そんなの忘れて……」


「ひぃっ!」


 急に顔に冷たいものが当たって、またまた悲鳴を上げてしまった。


 情けない。


「ははは、一ノ瀬くんの反応いつも面白いね! アイスティーでよかった?」


 よく見てみたら、俺の顔に触れたのは渚さんが買ってきたアイスティーだった。


「うん、ありがとう」


「メロンソーダもあるけど、私はもう一口飲んでるんだよね……どうする?」


「ア、アイスティーでいいです」


「えへへ、顔が真っ赤だよ」


「……うるさい」


「お姉ちゃんにそんなこと言っていいの?」


 そう言うと、渚さんは俺に渡したアイスティーを取り上げた。


「ごめんなさい! 俺が悪かった!」


「よし、許す!」


 2人してくすくすと笑っている俺と渚さんを通行人たちが微笑ましく見ていた。


「ごめん、ちょっと電話……」


「うん、大丈夫だよ」


 渚さんは少し離れた場所に行って、携帯を取りだした。


 それから、渚さんはしばらく話し込んでいた。


 電話が終わったのか、渚さんは携帯をしまって、ゆっくり戻ってきた。


 心無しか、少し元気がなくなってるみたい。


「一ノ瀬くん」


「どうしたの?」


「ごめん! これから仕事が入っちゃった!」


「仕事?」


「あっ、仕事というか、用事というか、とにかく行かないとだめみたい」


「大丈夫だよ。俺のことは気にしないで?」


 正直すごく落胆した。


 おもちゃを取り上げられた子供のような気分。


 でも、忙しいのに、今日時間を作ってくれたから、もう十分だ。


「一ノ瀬くん」


「うん?」


「わがまま言ってもいい?」


「なに?」


「帰る前にまだ1つだけ乗りたいものがある……」




「うわー、高い!」


「渚さん、揺れる! 揺れるよ! そんなに動いたら危ないよ」


 渚さんが乗りたかったのは観覧車だった。


 残念と期待の入り交じった彼女の目を見て、俺は頷いた。


 「いいよ、行こう」と。


「あっ、後ろからも下が見える!」


 渚さんは座席の上に膝立ちになって、後ろから下の景色を見下ろしていた。


「あの、渚さん……」


「なーに?」


「見えてるんだけど……」


「なーにが?」


「パンツ……」


「いやっ!」


 急いでキュロットパンツの後ろを抑える渚さん。


「ほんとにピンク色だったんだね」


「一ノ瀬くん、それナチュラルにセクハラだよ?」


「あっ、ごめん! 渚さんと一緒にいるとなんかパンツって普通に話していいもんだと思っちゃった」


「それ、どういう意味よ」


「えへへ」


「誤魔化さないでー」


 なんか、ベタだけど、時間が止まればいいのになって思った。


「「あの……」」


「「さきにどうぞ!」」


「「その……」」


「「……今日はデートって思ってもいい?」」


 シンクロしたように、俺は何回も渚さんと喋るタイミングが被った。


「「いいよ」」


 そして、2人の思ってることは一緒だった。

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