第282話 一番人気

 私達は居酒屋に戻って来ていた。


「それじゃあ私は開店の準備を始めますね。もう少ししたら店長や他の従業員達もやって来ると思うので」


「いつもフローラさんが開店の準備をするんですか?」


「いいえ、持ち回りの当番制なんです。今日はたまたま私の当番の日だったってことですね」


「あぁ、なるほど。では私は亜空間の中に隠れていますね?」


「えぇっ!? なんでですか!? お店の中に居て貰って全然構いませんよ!?」


「いや、それだとストーカー野郎が警戒して近寄って来ないかも知れないじゃないですか? だから隠れている方がいいんです。大丈夫。ちゃんと見張っていますから。フローラさんになにか危害を加えようとしても、私が水際でしっかりと守ります。だから安心して下さい」


「あぁ、なるほど。そういうことですか。分かりました。よろしくお願いします」


 そんなこんなで私は亜空間に潜ってる訳だが、実はフローラさんに言わなかったことがある。


 私は酒とタバコの匂いが苦手なのだ。特にタバコの匂いが。だから居酒屋の中にずっと居るなんてとてもじゃないけど耐えられないのだ。

 

 そういった理由もあって亜空間からの監視を選んだ訳だった。


 少し経って店が開店した。



◇◇◇



 フローラさんがそこそこの人気店だと言っていた通り、店は開店早々からお客さんがそこそこ入って来ていた。


 フローラさん始め、フロアーのスタッフは若い女性三人。みんな可愛い娘ばかりだ。店長さん面食いなのかな?


 そんな中でもフローラさんはやっぱり一番人気みたいで、お客さんからおつまみの施しを受けたり、お酌を頼まれたりしている。


 中には酒を飲ませようとする輩もいるが、さすがにそれは仕事中にマズいだろうということでやんわりと断っている。


 そういったやり取りにイヤな顔一つ見せず常に笑顔を振り撒いている様は『大人の女だなぁ』ってつくづく思ったもんだった。


 私にゃとても無理。お酒なんかしつこく勧められた日にゃ、イライラしてコップをひっ掴んで相手の顔に酒をぶっ掛けてるよ。間違いないね。


 そういやフローラさんて何歳なんだろ? 聞いてなかったな。



◇◇◇

 


 開店してからしばらく経ったが、例のストーカー野郎は現れる気配がなかった。今日はさすがに来ないのかも知れないな。


 そうこうしている内に、フローラさんは休憩時間に入ったようで、バックヤードの方に下がって行った。


 私もすかさずその後を追う。休憩室に入った所で、


「フローラさん、お疲れ様です」 


「どっひやぁぁっ! びびびビックリしたぁ~!」


「あぁ、すいません。驚かせるつもりはなかったんですが」


「い、いえ、こちらこそ...お騒がせしてすいません...」


「今日はストーカー野郎来ないかも知れませんね」


「だといいんですが...あ、それより賄いを持って来ますね。どうぞ召し上がって下さい」


「ゴチになります! あ、でも...フローラさんはお腹空いちゃいますよね...」


「大丈夫です。実はさっきからお客さんに色々とおつまみを頂いてますのでお腹一杯なんです」


 さすがは一番人気。

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