第60話 それぞれの憂い

 イアンはまだ迷っていた。


 ミネルバの誘いに乗っていいものかどうか...母国からの知らせによれば、カリナを貶めたダレンとベロニカの夫婦は処刑され、娘のダリヤは修道院送りになったらしい。


 ベルトラン家は断絶となり、領地は王家預かりの直轄地となった。いずれカリナが15歳になり成人となった暁には、新しい爵位を賜り領地を明け渡す予定だとも書いてあった。


 つまりカリナの名誉は既に回復したのだ。このことを伝えるだけで、カリナは母国に帰ると言ってくれるかも知れない。自分の元に帰って来てくれるかも知れない。


 しかも国王のフレデリック陛下は、カリナの安否確認を自ら行ってくれたらしい。国としての要求であれば、いくらアクセルが王子だと言っても拒めないのではないか?


 だとすれば、ミネルバの犯罪めいた作戦にわざわざ乗って、危険を冒す必要はないのではないか? イアンはミネルバから渡された即効性の媚薬とやらの小さな薬瓶を手で弄びながら、中々答えの出ない自分に悶々としていた。



◇◇◇



 その頃ミネルバは、父親であるベルザード公爵の執務室にコッソリ忍び込んでいた。王家と公爵家だけに伝わる王宮の秘密の抜け道を探るためである。


 もうすぐ開催される王宮主宰の舞踏会。ベルザード公爵家も当然ながら招待されているが、謹慎中であるミネルバは出席を許されていない。


 だからイアンと共に王宮へ行くには忍び込むしかない。そのための抜け道探しである。舞踏会の警備が大広間に集中し、抜け道などはおざなりになるのも確認済みだ。伊達に近衛騎士の情報に精通している訳ではない。


「あった! これだわ!」


 やっとミネルバが見付けた抜け道の入口は、なんと今イアンが滞在している別邸の裏庭だった。


「まるで私の望みが叶うって言ってるみたいじゃないの」


 そう言ってミネルバは、カリナへの復讐を夢見てほくそ笑んだ。



◇◇◇



 ウインヘルム王国の国王フレデリックは、自分の執務室でオスマルク王国のアレクセイ国王から来たカリナに関する安否確認の回答を見ながら渋い顔をしていた。


『現在確認中』


 この一言だけだったからである。イアンからの情報が確かなら明らかな時間稼ぎなのだが、その目的が分からない。何を企んでいるのか? そもそもアレクセイ国王は病気療養中との情報があったはずだ。イアンの情報にあったアクセルという王子が何か絡んでいるのか?


「なんにせよ情報が少過ぎるな...一度イアンを帰国させて詳細を確認するか」 


 そう言ってフレデリックはペンを取った。

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