第7話 柿山伏 ―かきやまぶし―

 乾酪かんらく「はい、こんにちは。小声で失礼しまーす。レポーターの乾酪きり丸です。今日はここ、柿畑かきはた耕作こうさくさんの果樹園にお邪魔しています。こちら、持ち主の柿畑さんです。柿畑さん、本日はよろしくお願いします」

 柿畑「よろしくお願いします」


 乾酪「実は柿畑さん、作物泥棒に困ってらっしゃるんですよね」

 柿畑「そうなんですよ。こないだから防犯カメラも付けたし、パトロールもしてるんですが、なかなか捕まえられなくて」

 乾酪「そ、れ、を、今回私達も協力させていただいて、びっくりどっきりぎゃふんと言わせて、とっ捕まえようというわけです」

 柿畑「もう、一泡吹かせてやれたらおんですよ」

 乾酪「あ、誰か来たようですよ! 隠れましょう」


 山伏「だあーっ、疲っかれたー。葛城かつらぎから歩きっぱなしだったもんなあ、出羽でわまではまだ遠いし、ちょっとここらで休んでいこう」

 乾酪「柿畑さん、山伏ですよ、山伏」

 柿畑「山伏だろうと、うちの柿を盗ろうってんなら、とっちめてやるまでです!」

 乾酪「現場押さえないと、ですね」


 山伏「ああ、のど渇いたな……お、柿か。いい具合に熟れてるじゃないか。こりゃ美味そうだ」

 柿畑「ああっ! 乾酪さん、あいつ果樹園入ってきました」


 山伏「へへっ、そろりそろりと参ろうってな」

 柿畑「チッ、なにがそろりそろりだ。うちのもんに手ぇ出したらどうなるか……」

 乾酪「柿畑さん、落ち着いて落ち着いて」


 山伏「いやあ、腹も減ってたし、のども渇いてたしちょうどいい。いっただっきまーす!」

 柿畑「ああっ、あんの野郎! 叩き潰したる」

 乾酪「柿畑さん、落ち着いて落ち着いて」


 山伏「こっ、これはっ……なんという食感だ。この野趣やしゅあふれる中にも品のある味、噛み心地、口の中に広がる甘い水気、これは……美味い! これは野生のものではないな、丹精たんせい込めて作られた物だ。ああ、これは生産者の方に申し訳ないことをしてしまった。これほどの柿は購入してからいただかなくては」

 乾酪「あら? 思ったより良心があった? ってか、山伏キャラ変わってますね……ですが番組上、どっきりは仕掛けないと。って柿畑さん? なにを震えてるんです? 聞いてます?」

 柿畑「あ? ああ、番組ね。まいったなあ、こんなことなら別の人だったらよかったのに」


 山伏「ああ! そうは思うものの美味すぎて手が止まらん! もう一つ食っていいかなあ。うへへ、もう一つ」

 柿畑「は? ちょっと待て。さすがに食いすぎだろ。てめぇ、いい加減にしろよな」

 乾酪「柿畑さん、落ち着いて落ち着いて。山伏またキャラぶれてますね。こちらもそろそろ行きますよ」

 柿畑「そうですね、そろりそろり、行きましょう!」


 乾酪「柿畑さん、ここ見てください。柿のヘタが落ちてます。鳥か猿にでも食べられたんでしょうか」

 柿畑「(乾酪さん、棒読みですね)」

 山伏「げっ! 誰か来やがった。なんだ? マイクなんか持って。撮影でもしてんのか? こんなとこ撮られたくねえなあ、カッコわりぃ。うまいこと隠れねえと」

 柿畑「鳥もつつき散らかすんで迷惑なんですが、猿は器用に盗み食いをするんで、余計厄介なんですよね。まあ、動物のやることならしかたないんですけど」


 乾酪「あの木の上にいるの……猿、ですかね。柿畑さん見えます? 私、ちょっと遠くて見えないんですけど」

 柿畑「猿なら鳴くはずです」

 山伏「ちっくしょう……鳴けってか? 鳴けってことか!? だけど、こんなとこ撮影されて柿泥棒とか晒されるのも困るし……き……き、きゃっ! きゃきゃっ」


 乾酪「あ、やっぱり猿みたいですね」

 柿畑「嫌だなあ、乾酪さん。ちゃんとよく見てください。とびですよ、鳶」

 乾酪「ああ、鳶ですか。柿畑さん、よく見えますね」


 山伏「は? 鳶!? え、えーと……ぴ、ぴいぴい……」

 柿畑「鳥ですから脅かせば飛ぶでしょう。石でも投げれば……うりゃあっ!」

 山伏「ぴいい!」


 乾酪「あ、柿畑さん! 鳶、じゃなくて山伏落ちてきましたよ!」

 柿畑「てめぇ、うちのシマに手ぇ出そうたあ、ふてえ野郎だな」

 乾酪「柿畑さん、落ち着いて落ち着いて」


 山伏「痛ってえ、腰打った……」

 柿畑「『ごめんなさい』は?」

 山伏「くっそう、俺は山伏ぞ。えらい山伏様になんてことしやがる!」


 柿畑「ふざけんな! 柿盗み食いしといて、なに言ってんだ。ああん? 『ごめんなさい』は!?」

 山伏「いや、ちょっと待ってくれ。その柿は美味かったから、買おうと思ったんだ。盗み食いしようなんて思ってないから!」

 柿畑「ん? お客様ですか。なら、早く言ってくださいよ。お代は、柿のヘタの数がこれだから……ええと、ポチポチ……これで」


 山伏「うっ……た、高くね?」

 乾酪「柿畑さんとこのはブランド柿ですからねえ、妥当だとうな金額だと思いますよ。あれ? 山伏……さん? あのう、数珠じゅずんで、じゃりじゃり鳴らして、なにしてるんですか」

 山伏「ふっふっふっ、こんな高額な柿だとは思わなかったよ! こうなりゃ、行力ぎょうりきを試すまでだ。こうして数珠を揉んで、ぼろんぼろん祈るとだなあ、あいつが勝手に……」


 乾酪「ぼろんぼろん、ってなんです?」

 山伏「ああん⁉ 祈祷する時のお約束だよっ!」

 乾酪「(すいませんね)んん、コホン……おおっ! これが、役行者えんのぎょうじゃのように、難行苦行虚仮こけの行をすれば得られる、と噂の行力」

 山伏「虚仮は余計だ!」


 乾酪「ああっ、柿畑さん! どうされました⁉」

 柿畑「やい山伏、なにしやがる。おかしなことをするな。くっ……体が、勝手に!」

 乾酪「柿畑さん!」


 柿畑「体が勝手に、くわを持ち上げるー‼」

 山伏「え? ちょ……鍬とか振り回すな! 石投げんのもやめろ! うわ……ご、ごめんなさーい!」

 柿畑「山伏がナンボのもんじゃい! うちのシマ荒らしたのを後悔させたる!」


 乾酪「あらー、行っちゃいましたねえ……ええっと、はい、柿畑さんが山伏を追いかけて行ってしまいましたので、今日はこの辺で失礼しまーす。現場からは以上でした。それでは!」



 乾酪「……わあ、山伏のあれ、パルクールってやつですかね。面白そうなんで追いかけましょう。カメラさんもいいですか」

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