第54話
Sloth 2
暖房が行き届いたサロンの片隅で、アリスはモートが産まれた絵画だと言われた絵の前で、オーゼムの話に耳を傾けていた。
歴史の授業で聞いたのだ。
アールブヘルムの絞殺魔のことを……。
それが今はオーゼムの口から聞かされていた。隣に佇むヘレンも知っていたようで、終始うつむいて泣いていた。
自分はどうしたらいいのでしょう? 歴史の授業でもかなり恐ろしい部類に入る。おどろおどろしい事件だったようです。
そう、歴史的事件だったようです。
村の住民全てを殺害したとされるその犯人は、最後にはどこからも跡形もなく消えたことになっているといわれています。殺害方法もまた稀有で、人の首が瞬時に刈り取られていた。それで村人全ての命が無くなったとされています。今もその事件は多くの学者のおびただしい資料の中でも、もっとも不思議で、17世紀最大の迷宮入り事件とも、本物の魔術の儀式が絡んだ事件とも言われています。歴史の授業では、ただの何かの宗教的集団が大量が虐殺したのだとも言われています。「興味深いが、迷信だらけの大量殺人だ」とも教授が言っていたのです。
多分にもれず、魔術や呪術を信じていた時の事件なので、事件が起きたわけではなく。迷信が迷信を呼んだのだろうとも言われています。今現在では、シンプルに理解可能な事件なのかも知れないのですが。ただ……。
私はどうしてもモートを殺人犯にはしたくなかったのです……。
「アリスさん。ヘレンさん。……大丈夫ですか? ここからが一番聞いてほしい話になりますよ。気をしっかり持ってくださいね」
オーゼムはモートが産まれた絵画の前で、まるで歴史の授業のように昔話をしている。時には咳払いをしたり、絵画の方へ険しい顔を向け、こちらに向いて瞬きをしたりと、
「こほん……。そう、モート君はもうすでに、この世にはいなかった。殺人も三分の間という短い時間だったのです。不思議な殺人。そう、魔術書を使ったのです」
アリスは首を傾げる。
隣のヘレンの方を向くと、ヘレンはうなだれていた。
「そう、グリモワールを使ったのですが。それが今、事件を起こしている本なのです。その回収のためと、そして、それに深く関わっているモート君に、私は天界で是非とも会ってみたいと前々からて思っていたのです。まあ、結果はまだまだわかりませんが……いたちごっこですよ……。事件を追うと、事件に遭う。いやはや、人はまったく今も昔も変わらないものですねー」
アリスはホッとした。それならば、モートは直接的な殺人犯ではないのでは? けれども、オーゼムがすぐさまそれを否定した。
「いえいえ、何を隠そう事件は事件ですよ。殺人事件です。モート君が直接に殺してしまったのですよ……まあ、そうですねー。今と同じく銀の大鎌で殺害したのです。酷いですか? まあ、そんなところです」
私は震えだして眩暈までしてきました。
「あ、お気を確かに持ってくださいね……まあまあ、この事件は昔から興味の湧いている事件でしたので……やたら詳しいのですよ。こほん。さあ、これからが本番です」
オーゼムは絵画の前で咳払いをした。
アリスとヘレン。そして、オーゼムだけがいるサロンだった。話をしているオーゼムが黙ると瞬く間に、シンと静まり返ったかかのようになる。
外は今は吹雪だった。
アリスは路面バスで、オーゼムとここノブレス・オブリージュ美術館へと来た。エンストはしなかった。ただ、いつもよりゆっくりと来たかのような感覚だった。
少し、息を吐いて、空を見上げればこの街がこの世で一番美しいと思える。いつもの変わり映えしない天気だった。
アリスは溜息を吐いた。
きっと、モートも理由があったのだろう。
この世では、理由がなければならないのだ。そう、何をするにも理由があるのだろう。
「はい。それではみなさん。こちらを向いてください……」
オーゼムがニッコリと悲しく微笑んだ。
Sloth 3
アールブ……。
ねえ、アールブ……。
「罪人が罪人を狩る……か……ぼくは……」
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