第30話 第七章  Lust (色欲) 

 モートの今朝は、ノブレス・オブリージュ美術館の館内の絵画コーナーをヘレンに頼まれ事があったので歩き回っていた。館内の膨大な数の絵がある絵画コーナーの中から、モートが生まれた女性の絵画と似ている絵を探してくれと言われたのだ。それから、かれこれ三時間も歩き回るはめになった。


 モートは疲れてグランド・クレセント・ホテルに滞在しているヘレンに、電話で何度も理由を尋ねたが、何も答えてくれなかった。そこで、モートは館内に遊びに来たアリスとシンクレアにも頼んでみた。勿論、モートの出生の秘密は二人には内緒にしている。「ただ、この絵画と似ている絵を探してくれないか」と頼んだだけだった。

 当然、二人は喜んで絵画コーナーを探してくれたので、モートの負担は少し軽くなった。

「絵画コーナーだけでもこんなに広いなんて、ああ、姉弟も連れて来たかったわねー。母さんでも呼んだら。きっと、すっごく喜んで一日中だって探してくれるわよー」

 シンクレアははしゃいで弾む息をそのままにして周囲の絵を観て回っている。


 モートはそれを聞いて真剣に考えた。


「そうですね。ここでは幾ら歩いても、足が疲れることはないですね。ずっと、観ていていたい絵がたくさんありますもの。でも、上ばかり見ていると首は痛くなりますね」

 アリスも上機嫌でショルダーバッグを持ち直しながら、ゆっくりと館内を観て回っている。モートはヘレンにまた電話で理由を尋ねてみたかったが、逆に絵画を見つけてからヘレンから聞いた方がいいと考えた。


 本当に何故なのだろう?

 モートは考えてもさっぱりわからなかった。

 それから。

 かれこれ、1時間ほど経った頃。


 回廊の片隅の床の近くに、ひっそりと飾られた一枚の絵画を観ていたアリスが驚きの声を上げたのをモートは聞いた。

「あの……モート! この絵の人! モートにそっくりですよ!」


 それは一枚の絵画だった。


 モートも見てみると、オー・ド・ショース(半ズボン)姿の男が、モートによく似ていた。いや、そっくりだった。

 その母親らしき例の絵画の女性と殺風景な農道に佇んでいた。その二人の周囲には、多くのカラスが畑に舞い。どうやら、秋の収穫の時期のようだ。畑の奥には薄暗い雑木林があって、空には白い月が浮かんであった。

 そのモートにそっくりな人物は健やかに笑っていた。

「凄いそっくりねー。でも、モートが笑っている顔なんて……初めてみたわね」

 シンクレアは物珍しそうにモートと絵画を交互に見た。


「そうですね。私も初めてです。どうやら、この絵が描かれたのは約300年前の17世紀頃のようですね」

 モートはその絵画を見ても、感情的なものは何も思い浮かばなかった。だが、一言だけ口から出た言葉があった。


「不思議な絵だ……」

 モートは早速、ヘレンに電話しようと踵を返した。

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