第4話 第一章 Voice(声)

 シンシンと雪が降り積もるここホワイト・シティ。この街に来た観光客は街全体がいつも雪景色しか見れないと皆珍しがっていた。


 モートはこの街が好きだった。


 一年中。雪が降り積もり。どこもかしこも銀世界の街。街の人々は建造物や枯れた木々に堆積する雪にすら誇りを持って暮らしているのだろう。それくらいに人々は雪を大切にし自慢をしていた。


 モートがよく聞く街中の会話にも、銀世界の中の雪を被った建造物などがでる。

「昨日、テレビで観たんだよ。あそこのイーストタウンにある。ここから数ブロック先のトニーの家で、父親が雪かきの時に屋根から滑り落ちたってさ。女房も心配してたんだが……」

「それで、トニーの父親は?」

「大丈夫だってさ。幸い足を捻挫しただけだって。女房も俺も一安心さ」

 建物の傍で仕事をしている二人の配管工の会話をモートは歩きながら聞いていた。

 どこまでも続く雪景色を白い息を吐いてモートは歩いていた。敷き詰められた雪と霜の絨毯の歩道を急いだ。今日は大学の試験だった。


「あら、モート。昨日はありがとね。お蔭さんで主人の飼ってたボギが戻って来たわ」


 パン屋の女がモートにお礼を言った。

 ボギはペットの豚の名だ。 


 モートはニッコリと微笑んでから、早歩きでその場から去って行った。 

 去った理由は、モートには感情というものがあまりないからだ。人に感謝をされても何も感じないのだ。そんなモートがボギを助けた経緯は、昨日の大学からの帰り道で、偶然に道に迷って凍死寸前だったボギを見つけて、そのまま震えるボギを抱えて急いでパン屋へ向かったのだ。ただの街の人々やヘレンから教わった常識によるものだ。

 道中、積雪や霜に幾度も転びそうになったが、聖パッセンジャーピジョン(絶滅した渡り鳥)大学へと向かう。


 ここから西へ行くと、ウエストタウン、北はクリフタウン(崖)。東はイーストタウン。南はヒルズタウン(丘)という地名が人々から付けられていた。ヒルズタウンは高級住宅街やオートクチュール(高級洋品店)や、グランド・クレセント・ホテルという格調高いホテルなどがある。

 モートの通う大学は、寝泊り場であるノブレス・オブリージュ美術館から北にあるので、ホワイト・シティの中央に位置するセントラル駅を素早く通り越して、クリフタウンへと足を向けた。


 モートには、大学での友達はいないが、よく音楽室で出会うアリスとシンクレアという女性とシンクレアの姉弟は時々話しかけてくる仲だった。

 音楽室では、モートは楽器によく触れていた。

 感情がないからか、何故か音や歌にとりわけ興味があったのだ。


 クリフタウンは、雪を目深に被った標高2千メートルの雪の山。通称ホワイト・グレートがホワイト・シティを見下ろしている。過去に雪崩が起きたことはない。だが、おおよそ100年前には大きな雪崩が起きたという記録が街の図書館にあった。

 モートは一年前にホワイト・グレートに登ったことがある。そこで、一人の登山者を凍死寸前から助けたことがあった。クリフタウンの家屋は皆、ロマネスクやゴシックなどの教会のような尖った屋根をしている。

 

 ズダン!


 モートは凍っている歩道で雪の塊を踏んでしまい派手に転んでしまった。


「あら……モート。大丈夫?」


 転んでいるモートに優しく手を差し伸べたのは、大学でたまに話し掛けてくるアリスだった。


 アリスは大学でも有名な貴族の出身で、美人だが病弱で非社交的なせいか深窓の令嬢と呼ばれていた。


「それにしてもモートって、いっつもクールで無口よね。なんだか存在が薄いというよりも存在していないって感じがするの。だって、雪で滑って派手に転んだ時でも表情一つ変えないんだし」


 もう一人の女性。シンクレアも音楽室でモートに時々話し掛けてくる人で、モートに手を差し伸べた。


 シンクレアはアリスとは仲が良いがすごく対照的だった。シンクレアは健康的な美人で、貧乏な家柄の出だったが、物事をどんな時にも、はっきりと言う性格だった。モートは彼女を周りと打ち解けやすいか、逆に打ち解けにくいかのどちらかの存在だと思っていた。シンクレア自身は、人一倍勝ち気なだけだと思っているのだろうとモートは考えた。


「そうね。私たち以外は、誰かに名前を呼ばれた時とかもあまりないみたいですし。不思議ですね」

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