いつも通りでよかったのに

水町 悟

* * *

「すみません…」

 振り向くと、20代半ばと思わしき男性だった。


「どうぶつの森みたいなのありますか?」


 普段から「乾電池どこにありますか?」といったように、コンビニ内では目立たない場所に置いてある商品の場所を聞かれることはあるが、今回は毛色が違う。どうぶつの森のような有名タイトルの商品は比較的わかりやすい位置に置かれることが多く、聞かれるとすれば「どうぶつの森の一番くじ、やってますか?」といった内容の方が断然多い。


「どうぶつの森みたいなのってなんだよ」

と心の中でつっこみながらも、どうぶつの森に関係する商品を男性に見せては、「こちらの商品でしょうか?」と尋ねる。


「いや、こんな感じのものではなくて…」

と男性は答えた。このようなやり取りが2、3回続いた後に、近くにいた女性が「この商品なんですけど…」とスマートフォンの画面をこちらに向けてきた。どうやらこちらの女性が探していたらしい。

「少々お待ちください、確認します。」そう言ってバックヤードに戻り、入荷されているか確認する。どうやら入荷されていないようだった。お客さんのところに戻り、「申し訳ございません、現在取り扱っておりません。」と言うと、「わかりました、ありがとうございます。」と言って買い物に戻って行った。


その男女は、温かいお茶とアイスコーヒーといった真逆の温度の商品を買った。

「合計で220円になります…」

女性の方が財布を取り出し支払いをする。

ここまではなんてことのない、いつも通りの接客、レジ対応だった。

事が起きたのはお釣りを渡した直後の一瞬だった。


「土用の丑の日って4月だっけ?」


男性が何の気なしにそう言った、レジ近くの広告を見て言っただろうことはすぐに分かった。いつもならスルーするはずだったし、それが当然のことだった。しかし、何を血迷ったか、


「土用の丑の日は4月じゃないですね」


無意識的にそう言ってしまっていた。妙な空気が流れる。

男性の「お前に対して言ったわけじゃない」という渋った目からすぐに視線を逸らした。女性はそそくさと商品を持って、アイスコーヒーを男性に手渡すと、二人は無言のまま店内を後にした。


自分でも何でそんなことを言ったのか全く理解できなかった。気まずくなったレジ前の空気に耐えられず、一度バックヤードに戻る。休憩中に買っておいた緑茶を一口飲むといつもより苦く感じた。

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