第40話 オスカー様の微ざまあ
そのあと、私たちは三人で、建物の中に入りなおして、会場を回った。
ケネスが婚約破棄したはずの私と一緒に居るのを見ると、みんな好奇心丸出しになり、それからそばにいるオスカー様を見て怪訝な表情を浮かべた。
だが、ケネスは主催者の侯爵家の嫡子だし、そばにいるオスカー様も公爵家の嫡子、一緒に居る私だって公爵家の令嬢だ。
面と向かって、何かを言えるわけではない。
私も必死だった。
背筋を伸ばし、出来るだけ華麗に笑って見せた。
(うまく行っているかどうかは全く自信がなかったけれど)
会釈する人物には目線を合わし、年配者には慎まやかに丁重に会釈し、若い男にはにっこりして見せ、若い娘たちには真面目に挨拶した。
婚約破棄騒動は、私のことを不器量で変人で、身分が高いだけの気の毒な娘だと思いこみたがっていた人たちにとって、「こうなると思っていた」とか「お気の毒にね」とせせら笑うのに、都合の良い事件だった。
こういう事件は、噂好きな人たちには何よりの好物で、そう言う人たちは他人を貶めることが大好きなのだ。
オスカー様はあたりを見回すと、冷笑した。
「でも、ケネス、この人はきれいだよね。なんだか悪口を言う人もいるようだけど、この会場では一番美人じゃないかな」
彼は平然とそんなことを言った。
「さっき、建物の中に入ろうとしたとき、いろいろ聞こえて来たけど、彼女、この会場ではとても目立ったんじゃないかな。ドレスと宝飾品がよく似合っている」
だといいのだけれど。
侯爵家に少しでも良く思われたい。美人はお得だって言うから。
「婚約破棄で、シュザンナのことを、誰にも相手にされない娘になって自分たちより下になったとか、そんな勘違いをした人が大勢いたみたいだけど。でも、そう言い放った当のアマンダ王女はもういないから、その意見の後ろ盾はなくなったんだ。そのことを忘れているよね」
園遊会では、覚悟していたより不快な思いをしないで済んだ。
オスカー様のおかげだった。
彼は若いのに落ち着いていて、上品で貴族的な非の打ちどころのない見た目のくせに、言うことは辛らつだったた。
私をけなす令嬢だとか、ケネスをおとしめる連中もいたけれど、その都度、オスカー様は聞こえよがしに「ただの感想」を述べた。
ミランダ・カーチス嬢が、メガネをかけていて顔の分からないご令嬢について、
「とてもお気の毒だけれど、メガネまで掛けて顔を隠さなくちゃいけないだなんて、本当に哀れね。心から気の毒に思うけれど、そんなご面相では、やっぱり当然だけど婚約破棄されたらしいわ」
と隣の友人に話しているところに通りかかったオスカー様は言った。
「ご令嬢の目の形って様々で、みな個性があっていいものですが、私は大きなぱっちりした目が好きですね」
と、ミランダ・カーチス嬢の落ちくぼみ気味の目を見ながら、個人の好みをしゃべった。
ミランダ・カーチス嬢は自分の目が落ちくぼんで見えることを猛烈に気にしていると聞いたことがある。
私はやり過ぎじゃないかとひやひやした。
また、ドレスについても意見を持っているそうで、
「最近流行の青緑色のドレスは、着る方の髪色を選びますね。明るい髪色の方などがお似合いのようで」
と、最先端の青いドレスに身を包んだ黒髪のジェーン・マクローン嬢をじろじろ見ながら横を通り過ぎた。
「顔色が悪く見えますよね。どこかお悪いんじゃないかと心配になります」
マクローン嬢は、火のないところに煙はたたない、最近もあったけれど、たとえば不倫の噂などが出るような女性は、きっと何かあったに違いない。身持ちを疑われますわと持論を展開しているところだった。
「僕がこういうと、あたかもシュザンナ嬢を持ち上げているように見えるからね」
そこらじゅうの参加者にケネスがあいさつしている後を、私とオスカー様は距離を見計らいながらついて歩いた。
「このパーティが終われば、大事にされているシュザンナと、彼女がとてもきれいな令嬢だと言う事実が残る。そのドレスはとてもいいと思うよ。金がかかっているだけじゃない。センスがないと着られない」
「ああ。久しぶりに話が出来た晩に着ていた、僕にとっての記念日のドレスに似ている」
ケネスは覚えてくれていたのだ。
「とても似合うよ」
ケネスは心を込めて褒めてくれた。すごくうれしかった。顔がデレたらしい。すぐに突っ込みが入った。
「二人の世界に入るなら、僕は遠慮させてもらうよ!」
ケネスはあわててオスカー様に謝った。
「すまない、オスカー。シュザンナ、オスカーには恩がある。こんな役割をお願いしてしまって。嫌がっていたのに、無理に頼んだんだよ」
オスカー様はフフンと言った。
「申し訳ありません。無理をお願いしてしまって」
私も頭を下げた。しかも、自分から妙な役割を担ってくれると言いだしてくれた。
「申し訳ありませんでは済まないかもしれませんが、何か私でお礼に出来ることがありましたら……」
「貸し、一つだよ。ケネス、シュザンナ」
オスカー様が、ようやく笑った。
ニヤリというか、どうも腹に一物ある感じの笑いだったのが気になったけど。
私は、グレンフェルの伯母に手紙を書くことにした。
あれほど頭の切れるオスカー様が注目したのだ。
招待状の件は意味があるのかもしれなかった。当時を覚えていて、偏見なしに話を聞けるのは伯母だけだ。
『五年前の出来事を今になって尋ねるとはおかしいとお思いでしょうが、私は、どうしてオズボーン家からの招待状が届かなかったのか、オズボーン家には招待を断る返事が届いたのか知りたいのです』
そんなことを調べても何にもならないかもしれない。
そうも思ったが、あのオスカー様が使用人の仕業だと断じたことが引っかかった。それに、私は出来ることはしたかった。
オスカー様に頼るだけではダメだ。
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