第39話 オスカー様によるパワーバランス戦略

オスカー様は他人だったので、客観的に解決法を指南した。


「使用人のせいにすれば、君たちの両親は納得できるんじゃないか」


私とケネスは、ちょっとムスッとした顔でオスカー様を見た。


うちの両親は、そこまで使用人に無情ではない。


「昔の話なんか蒸し返したって仕方ないが、主人に心当たりがないなら、犯人は使用人だろう。少なくとも主人が両方とも悪くないことがわかれば、両家ともある程度は軟化すると思う」


そうかもしれない。非難の応酬は事態を悪化させるだけだ。


「人間誰しも、自分が悪いとは言われたくないからね。だけど、主人も無傷ってわけにはいかない。そんな使用人がいるとしたら、雇っている側の家だって、管理不行き届きの責任はある。謝罪しなくてはならなくなるよ」


オスカー様は、ケネスに比べれば背が低くて見た目は凡庸だったが、頭は切れるみたい。ただ、何か邪悪さのようなものを感じるのだけれど、気のせいかしら……。


「どちらの家が招待状を隠したのか。断り状が残っていれば、いいんだけどね。誰かが持ってきたのか、郵便を使ったのか。断り状の筆跡がどうだったかとか……」


私とケネスは顔を見合わせた。


「その断り状を受け取ったのは、オズボーン家の方だ。だけど、もう5年も前になる。保管していないと思う。それに、僕はまだ十三歳かそこらだったから、書状なんか見てないし、全然覚えていない」


ケネスは歯切れ悪く答えた。実際、覚えていないのだろう。


オスカー様はちょっと考えたらしかった。


「そうか。確証がないんじゃ、その方法はうまくいかないかもしれないね。もし、モンフォール家かオズボーン家かどちらが悪かったことがわかれば、譲歩を引き出せると思ったんだが」


「どういう意味ですか?」


「君たちは今、両親が意地を張っている状態だろう。元々婚約を結んでいたくらいだ。家同士の釣り合いや財産に問題はない。いろいろな行き違いが今の状態を生んでいるだけだ。それさえ、どうにかできればいいんだろう?」


私は期待を込めてオスカー様を見つめた。


本当にその通りだわ。


婚約破棄事件がきっかけになって露呈した、実は5年も前から生まれていた両家の感情のもつれ。


でも、貴族間のこういった感情のもつれはなかなか解きがたい。時には、幾代にも続くいがみ合いを産み出すことすらある。


オスカー様はちょっと考えていたが、言いだした。


「オズボーン家の方を脅す方法もある」


「え?」


私もケネスも、びっくりしてオスカーの顔を見つめた。


脅す?


「僕がシュザンナ嬢に婚約申し込みをする意向があるらしいと伝えてもらえばいい」


「なんだって?」


ケネスは大声を出した。招待客の何人かがこちらを振り返った。


オスカー様は子どもをなだめるような表情になった。


「いいかい? 今、シュザンナ嬢は勇気を出して、ケネスの両親に和解を申し込んだ。君の家の両親は、満足したんじゃないかな? モンフォール家は乗り気でなくても、シュザンナ嬢は君との結婚に前向きだ。だが、そんな優越感や余裕は要らない」


思わず私は、オスカー様の静かだが、深い沼のような色の目に見入った。


「両家はどちらがマウントを取るかに熱中している。今、秤はオズボーン家側に傾いた。君のご両親は、満足しているだろう。そして、この話を聞いたら、モンフォール公爵夫妻は激怒するだろう」


私は小さくなった。母の怒った顔が目に浮かぶようだ。そう、貴族は体面で生きている。


「僕は中和剤だ。僕にしたところで、モンフォール家に本気で婚約を打診されても困るが、そこは噂だ。真偽のほどはわからない。噂なんか誰も責任を取る必要ない。もし、バーカムステッド家のオスカーが、モンフォール家のシュザンナ嬢に好意を抱いていると噂になれば、君の両親は不安になる」


ケネスにとって愉快な話ではない。


だが、とても有効だ。家格だけを考えたら、バーカムステッド家の圧勝だ。ケネスの両親はあせるだろう。


「なんてこった!」


ケネスは大声にならないように気をつけながら、ののしった。


オズボーン夫妻がいい気になって、モンフォール家の娘を邪険にしたくても出来ない。はるかに優良物件のオスカー様がニコニコしながらモンフォール公爵令嬢に付きまとっているのだ。


現に、今日の園遊会にも!


「いいじゃないか。今日は格好のチャンスだよ。僕が君たちに付いて歩くんだ。みんなが見ている。噂になる。それに、馬車で彼女を連れてきたのは僕だ。説明を求められれば、ケネスに頼まれたんだって、正直に答えるさ。でも、遠目に見ているだけの人の方が多いと思う。男二人に女一人はおかしいよね。後は、ケネス、君が両親の前で噂に悩んでいるふりをするんだ」


「ええ?」


「どんなにシュザンナ嬢が君のことを好きでも、モンフォール家の意向は分からない。オズボーン家はシュザンナ嬢を招待しなかった。このまま彼女を冷遇すると、単にシュザンナ嬢はそのままバーカムステッド家の公爵夫人に納まるだけだ。そう言われたら、君の両親はどう思うと思う?」


そう言うと、オスカー様は黒い笑いを浮かべた。


「息子の悲しい顔を見たくはないだろうし、意地を張ってもモンフォール家に痛手は生じない。それくらいなら、シュザンナ嬢に優しくして、せめて息子の希望だけでも叶えてやりたくなるだろう」


私とケネスは理解はしたが、なんだか釈然としなかった。これは全部、ある種の嘘なのでは?


「そんなことどうでもいいだろう。大人たちに僕らの運命を勝手に決められてたまるもんか。出来ることはやってみよう!」

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