第24話 バイゴッド伯爵登場

翌朝、伯父は浮かれ切って、伯母は憮然として、朝食の場に現れた。


私は疲れ切っていた。



「ケネスはなかなかやる男じゃないか。酔っ払いを殴り倒すのは賛成だね。酔っ払ってたらケガしないって言うし。ちょうどぴったり8時には帰って来たし」


もちろん、指先にキスされた件は黙秘だ。


「ジェームズ。そんなに簡単にことは済みませんわ。ケネスが立派な男に成長したのは結構なことです。しかし、アマンダ王女の公式のパーティで、婚約破棄をやらかしているのですよ?」


立派な男かどうかは……なにか、評価基準が違うような気がする。紳士はあんな感じでも大丈夫なのでしょうか。紳士と言ってもらえるのでしょうか?


「しかし、あなたも聞いたろう? ケネスにしてみれば、どうしようもなかったのだ。彼は男らしい行動をとったと思う。騎士にふさわしい行動だ」


「誰がそれをエレンに説明するんですか?」


伯父が黙った。


伯父はオレンジジュースの入ったガラスのピッチャーとミルクの入ったピッチャーの間に顔を隠して、ゆで卵を食べ始めた。


私の方は、大混乱中だった。


ケネスの言い分はわかる。


アマンダ王女を操縦することはきっと誰にもできなかったのだろう。

彼の主張によると、彼に出来ることは、王女の要求に乗っかったように見せかけて最後に逃げるしかなかったというものだ。


考えてみれば、悪いのはアマンダ王女でケネスは被害者でしかない。だが、そのあとの真実の愛探しと言う話は、ええと……もう解決済み? そうなの? なにか違う気がするけれど?


だが、そんな理性的な思考がうまく回らないのは、ひとえに夕べのケネスの言動のせいだ。


頭のどこかで、彼のセリフや目付や手の感触がブンブン回っていて、正常な脳の動きを妨げている。


「シュザンナ、顔色がおかしいわ。赤くなっているわ。熱でもあるのかしら」


伯母が心配そうに言いだした。


「風邪でもひいたのかな? やはりケネスも建物に入れて話をさせればよかったかもしれない。晩は冷えるからね」


伯父が真剣になって言いだした。


「大丈夫ですわ」


私は弱々しく答えた。風邪とかの問題じゃない。


「今日はバイゴッド伯爵が見えるのよ。やはり緊張するのでしょう」


伯母が気遣わしげに言った。




そう。今日はバイゴッド伯爵が公爵家を訪問しに来る日だ。


彼は、婚約が本決まりになりそうになると、結構長い手紙を私と私の両親あてに送ってきていた。


彼は貴族の義務として結婚を真摯に受け止めており、運悪く今まで成婚できなかったことを甚だ遺憾に思っているそうだ。


『出来得る限り、早く結婚し、神の思し召しにより子孫の繁栄を期待したいと思っております。神の教えによれば、婚姻の目的はただ一つ、次世代を繋ぐことにあります』


敬虔でまじめな人柄がうかがわれる。


が、書いてある内容はどうも直接的すぎて、返事に困る。実際には返事を書く必要はなかった。これから直ぐ公爵邸に来るそうだから。


だが、何と言うか、神のご意志とか言ってるけど、こんなこと、若い令嬢宛てに手紙に書くかなあ?



彼が事前に私宛に出した手紙は、読むのに苦労した。


というのは、文章にはうまい下手があるのだが、彼の手紙は、確実に後者に当てはまったからだ。


結婚の意義に関する意見の後、話は突然変わり、とつとつと領地の問題や、花嫁の寝室や居間について書かれていた。遠慮がちに言ってきているが、花嫁の役割は決まっていて、私に選択の自由はないようだった。今は亡き母に代わり長年にわたり家を取り仕切ってきた家政婦長のバルバラの話もたびたび出て来た。


伯母にも読んでもらったが、伯母は何も言わなかった。


「バイゴッド伯爵がこちらに来られて、翌日にお母さまのモンフォール公爵夫人がお見えになります」


伯母の言う、時間がないと言う意味がようやくわかった。


新たな婚約など時期尚早と言っても、全く母に聞いてもらえないんだろう。



*********


バイゴッド伯爵は、押し出しのいい、穏やかな紳士らしい人物だった。


領地を主にウマで回っているそうで、顔色が良く筋骨たくましい、貴族と言うよりどこかの豪農と言われても通用しそうな容貌だった。


「領地は広いですし、馬車だと時間がかかりすぎる。春から秋までは領地にいますが、冬は王都の屋敷に戻って社交を主に行っています。今は収穫がようやく終わったところなので、なかなか暇が取れませんでした」


手紙を書くより、しゃべる方が得意な感じだった。


「従姉弟のエレンから手紙をもらった時は神の恩恵を感じました。私も、元の婚約者の方の事情で婚約を解消しなくてはいけなくなってしまって、困っておりました」


客間には私と伯父と伯母が、型通り座って、求婚者の応対をしていた。


「夕食には当地自慢の鶏料理を用意しているのですが、ワインはどんなものをお好みですか?」


伯父が聞いた途端、緊張気味だった伯爵がニコリと笑った。


「それはそれは。実は酒はなかなかの目利きと自負しております」


お酒好きか……。年は三十にはまだ手が届かないと聞いていたが、それより上に見える。


「それはそうと、婚約者候補のシュザンナと、まずは庭でも散歩し来られてはいかが? 女性は花などを好むものですわ」


伯母が声をかけた。求婚の際の定番だ。


「そうですね。私はどうも女性には不慣れで申し訳ない。それでは、シュザンナ嬢、侯爵家ご自慢のお庭をご案内ください」


「はい。伯爵様」


*********



庭に出かけていく私たちの後ろ姿を見て伯父は言ったらしい。


「あれはなんだ」


「あれって?」


「シュザンナの格好だ」



そう。


私は、母の言いつけ通り、あの例の少々変わったメガネをかけ、母が作らせた首元まで覆い尽くされている例の茶色の豪華なドレスを着ていた。

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