第22話 収穫祭のデート

私はびっくりして伯母を眺めた。伯母は、私のびっくりした様子を見てうなずいた。


「私だって、あの提灯パーティの時にあなたから聞くまで、全然知りませんでした。そんなことになっていただなんて」


「伯母様、この前言ったように、ケネスはとても態度が悪かったのですよ。エスコートはしてくれない、お茶会にも来ない。口頭で断って来るだけでした」


「でもね、ローレンスが言うには、ケネスはモンフォール家から一度も招待状をもらっていなんですって。モンフォール家の方が家格が高いので、最初の一回目はモンフォール家からもらわないと招待しにくいって侯爵夫人がおっしゃったって」


私は信じられなかった。

少なくとも、3回かそこらは招待しているはずだ。


「どうして? 何回も招待状を出しているのに?」


伯母は複雑そうな顔をして、私を見ていた。


「わかりません。それは、私たちにはわからない」


考えられるのは、母……または、母の意を受けた母の侍女たち?


「もはや誰でもいいでしょう。今、問題は、あなたはまだ正式にはバイゴッド伯爵と婚約していないと言う点です」


「オズボーン家の再婚約の打診は?」


伯母は首を振った。


「エレンが断ったと言っていました」


「どういうこと?」


私はつぶやいた。


「だから、私はさっき聞いたの。あなたはどうしたいのって?」



私はウィリアムの言葉を思い出した。


『身近にいて、君を見ていて、よく理解してくれる人よりも、婚約者と言うよく知らぬ人の方を大切にする理由がわからない』




その時、扉が開いて上機嫌の伯父が戻ってきた。


「ああ、シュザンナ。お祭りに行くかい?」


「今、シュザンナと大事なお話をしているんだけど」


「うん、話なら、ケネスとしたらどうだ?」


「ケネス?」


私はびっくりして立ち上がった。


「ローレンスのところに来ているそうだ。そして、もしよければシュザンナと収穫祭のデートに行きたいそうだ」


「ちょっと、そんなこと、エレンにばれたら……今だって事実上……いえ、正式にはまだですが、シュザンナはバイゴッド伯爵の婚約者なのですよ?」


「まだ、正式じゃないさ。シュザンナは私と収穫祭を楽しみに出かけたことにすればいいんだ。ばれやしない。ケネスの話を聞いてやって欲しいってローレンスが……」


「また、ローレンス!」


伯母が叫んだ。


「甥っ子が心配だなんだろ。真実の愛を見つけたそうだから」



********


私はハリソン夫人謹製の、この辺の誰もが着るようなありふれた生地の全く目立たない茶色のドレスに、薄い緑色のスカーフを巻いて伯父と一緒に家を出た。


いつか見た、鳶色のあごひげのクレア伯爵ローレンスは、彼自身より背の高いすらりとした人影と一緒だった。


その人影を見ただけで、ドキドキし始めた。ドキドキしすぎて、なんだか会いたくない。

ケネス、どういうつもりなの?




町は、収穫祭のにぎわいですっかり浮かれた雰囲気だった。


出店ではお祭りにつきもののお菓子や串刺しの肉、揚げたパンなどが売られていて、踊りのために、町のかわいらしい小さな広場はぐるりを提灯で飾られていて、楽隊が試しでギーギー音を鳴らし始めていた。


私はケネスと、本当に久しぶりに向き合った。

いや、ほんの数日前、学園で顔を合わせたのだが、その時は彼は私を置いて走り去ってしまった。


黙って、私は彼の顔を見つめた。


子どもの時の面影なんか、なにも残っていなかった。

彼はもう立派な大人だ。


別人だ。


遊んだ時の印象だとか、その子がどんな子だったか、そう言う記憶はしっかりあるけれど、面影などはまるで幽霊のように消えていた。


私がほかの子と……多分乳母の子どもだったと思うけれど、葉っぱとお花で「お茶会ごっこ」をして遊んでいると、他の子がやめてよーと叫んでいるのに、乗り込んできてめちゃくちゃにして、ギラっと笑って手下の男の子たちとどこかへ消えていった。



「じゃあ、僕たちは消えるよ」


若々しいローレンス様はなんだかうれしそうにそう言った。


「いいかね? ケネス。話をするだけだよ? 彼女には婚約者がいるのだから。忘れてはいけないよ」


伯父が厳重にケネスに注意した。


「ジェームズ、まだ、正式ではないのだろう? だから……」


「婚約者になる可能性は高いのだよ。私は伯父に過ぎない。両親の意向と言うものがある。さ、行こう」


私は伯父について行きたかった。


真面目な顔をして、黙って居るケネスなんか怖すぎる。


だって、ケネスはいつも私を無視してた。学園でもだ。一対一になったことなんかない。


出来るだけ、避けていた。


私を無視するケネスなんか見たくなかったのだもの。




私たちは、夕暮れの中、黙って相手の様子をうかがっていた。睨み合っていた。


突然、ドンと誰かが私に突き当たった。

周りはとても賑やかで、浮かれていて、酔っている人もたくさんいた。ぶつかって来たのは、二人連れの男だった。


「お、すまないね、お嬢ちゃん。おや、一人かい?」


「おおっ。かわいい! かわいい娘だ。ねえ、ちょっと一緒に付き合わないか? 案内にするぜ、いいところ……」


全部しゃべるまでもなくケネスの手の方が早かった。男は顎に一発食らって足元をもつれさせた。相棒が慌てて、ぐんなりした殴られた男を支えた。


「なにすんだ、この若造!」


相棒は文句を言ったが、ケネスの顔つきを見ると怖くなったらしい。

男はケネスが鍛えられた体つきの身なりの良い若い男で、目つきで怒っていることに気が付いたのだ。


「そ、そうだっ! グレンフェル侯爵様に言いつけるぞッ。俺は侯爵様のところへ豚肉の納品をしてるんだぞッ」


ケネスはさっと私の腕を取った。そしてそのまま歩き出した。


ケネス、相変わらずだ。何と言うか、荒いと言うか、妙に実行力があると言うのか。

そして、あの男、伯父の名前を出していたけど、多分、伯父は相手にしてくれないんじゃ……。


「ちょっと手荒じゃない? ケネス」


ケネスは黙っていた。


私たちはお祭りを楽しむカップルのはずだったが、そうは見えない自信があった。

どこかの仏頂面をした男が、娘を引きずって歩いているのだ。周りからは痴話ゲンカの最中にしか見えなんじゃ。



「ちょっと! 私を引きずらないでよ!」


ケネスが私の顔をようやく見た。

灰色の目は光るようで、怖いくらいだった。だが、相変わらずきれいな顔立ちだった。

黒い眉はすっきりとしていたが、今はゆがめられていた。


「どうしてお茶会に招待してくれなかった?」


「したわ。無視したのはそっちでしょう!」


私は積年の恨みを込めて言った。


「せっかく「婚約したのに!」に何もできなかった」


せっかく?


「なにもできなかった……って、学園でいくらでも話しかける機会はあったでしょ?」


私はそう言ったけど、卑怯だったことに後で気が付いた。ケネスを避けまくっていたのは私だ。でも、お茶会にも参加してくれなかったんだもの。


「話しかける隙が無かった」


急にケネスの腕が力を失った。

ケネスは情けなさそうに答えた。


「話しかけたかったとか?」


私は割とマヌケなことを聞いてしまった。


酔っ払いを殴ったケネスは、あまりにも子どもの頃と同じままだったので、つい戒めてしまったけれど、今の彼は、私よりずっと大きい。

背だけじゃない。体つきも私の二倍くらいありそう。子どもの頃と違って、手もぽちゃぽちゃしてなくて、がっしりして力があった。腕を取られると、私なんかでは歯が立たなかった。


ケネスは学園に所属しているけれど、実際に彼が通っているのは士官学校だ。予備士官なのだ。田舎の酔っ払いなんかが歯が立つわけがない。


もうすっかり一人前の男に成長していて、その彼と一緒にいると、自分が無力な小動物になったような気がしてきた。




「僕はずっと覚えていた」


ケネスは突然低い声で言いだした。


「名前も、顔も。一緒に遊んだことも」


「……あなたは意地悪な男の子だったわ。高圧的で」


私は反抗したくなった。


「かわいい女の子を見るとかまいたくなるんだよ。今ではどうしてそんなことをしたか、わかっているよ」


「いやだわ。そんな男の子」


ケネスは情けなさそうな顔になった。口元が尖っている。


「母に頼んで、婚約を決めてもらった」


会話がかみ合っていないんだけど。



彼は屋台で飲み物と串刺しの焼いた肉を買ってきた。


「ここに座って」


無理やりに、人目に立たないベンチに座らされた。


「ルビーベリーのジュースと、肉の甘辛たれの串焼きだ。ここら辺の名物だよ」


変に優しいな。


「話が長くなるから」

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