第21話 伯母の話

翌日、私は執事に頼んで、この間のパーティの出席者名簿を借りた。


自分の部屋で熱心にひも解いてみたがよくわからない。ケネスらしい名前は、何回みても見つからなかった。


一方で、バイゴッド伯爵の名前は名簿の上の方に載っていた。

どこぞの侯爵家より上に載っていたのには首をかしげたが、親族に当たるからだろうか。

こういったものは、すべて家格順に掲載されるはずなのだが。



伯母がお茶の誘いを寄こしたので、私は伯母の居間にそれを持って出かけて行った。もう、聞くしかなかったのだ。



「あまり時間がないのよ」


伯母が厳しめの顔で言った。

そんなことを言われると思っていなかった私は、ちょっと驚いて伯母の顔を見た。


「時間……ですか?」


伯母はうなずいた。そして、私が手に妙な書類を持っていることに気付くと聞いた。


「何を持っているの?」


私は、ケネスの話をしないわけにはいかなかった。いや、元々伯母には相談しようと思っていたのだ。


もう、伯母しか話せる人はいなかった。



伯母は真顔で私の話を聞いていた。


「ケネスは本当にここに来ていたのでしょうか?」


「ねえ、シュザンナ、私は一度聞きたいと思っていたのだけど、あなたはケネスが好きなの?」


「好きと言うか……」


私はケネスと結婚するものだと思っていた。だからか、好きかどうかなんてよく考えたことがなかった。


伯母はため息をついた。


「あなた方はよく一緒に遊んでいたわ」


「え?」


あなた方って、ケネスと私?


「あなたはそんなに覚えていないかもしれないけど、ケネスは覚えているでしょう。ケネスの方が年上だから。あなたが小さいころ、二年ほど、ご両親はお母さまの母国へ外交官として出向いておられました。その間は、私がここや王都の私の屋敷であなたを預かっていたの。私の王都にある邸宅は、オズボーン侯爵家の邸宅の隣だったので、ケネスがよく遊びに来たのよ」


よく覚えている。


ケネスは、相当気の強い子どもで、使用人の子たちは皆、彼の手下になっていた。


「あなたのご両親が帰国されて、公爵邸に帰らなければならなくなったので、それきり遊ぶこともなくなりました。ケネスはあなたのところへ行きたがったらしいのだけど、オズボーン侯爵夫人がお許しにならなかったのです」


「どうして?」


伯母はため息をついた。


「あなたのお母さまに男の子と遊んだ話をしたら、お母さまがどんな反応をなさるやら、私たちにはわからなかったからですよ。子どもとはいえ、いい顔はされなかったでしょう」


「では、私の婚約は?」


「お母さまは最初からバイゴッド伯爵を推しておられました。バイゴッド伯爵も、公爵家の令嬢で隣国の王位継承権が付いてくるとなれば大乗り気でした。でも、あなたがまだ幼かったので、結婚は最低でも五年は待たねばならなかった。バイゴッド家はお子様が少ない家系だったので、少々ためらわれてね。それで、結局、年の近いオズボーン家のご子息に決められたのです。オズボーン家から強く頼まれたのと、わたくしが推したので。渋々でしたが」


私の婚約にそんな事情があったとは知らなかった。


「今でもケネスはきっとあなたのことが好きなのだと思うわ」


「伯母様……どうしてそう思われるの?」


子どもの頃、伯母の屋敷で過ごしたことは覚えていた。


「だって、ケネスはおませさんで、あなたのことが大好きだったのです。しょっちゅうかまっていたわ。あなたは困って泣いていたけど」


好きだったの? そんな感じではなかった。追い回されて、私は困っていた。


「いつも、いじめられていました」


伯母は笑い出した。おかしくて仕方ないと言った様子だった。


「それはわからないかも知れません。あなたのことが気になって仕方なかったのよ。他の男の子があなたに手を出すと、リンチになってましたもの」


「それは……知りませんでした」


思わず赤くなってしまった。


だけど、その頃はとにかく、婚約後のケネスの気持ちをどうして知っていると言えるのだろう。ケネスときたら、私からのお茶会の誘いを片っ端から断り続けてきたと言うのに。


「今の気持ちは、ジェームズが知人から聞いたのよ」


「え? 伯父様が? 誰から?」


「ええ。ジェームズの親友のローレンスが教えてくれたの」


伯母はそう言いながら、私が持ち込んだ出席者名簿を自分の手に取り、ざっと名前を探し始めた。


「ここにあるわ。クレア伯爵 ローレンス」


よく見ると、お連れ一名と書き添えてあった。


「クレア伯爵は、オズボーン侯爵夫人の弟よ」


あの晩、ケネスは叔父のいるシャーボーンに来ていたらしい。

多分、王都にいるとアマンダ王女にまとわりつかれることがわかっていたので、適当な親戚のところへ避難してきていたのだろう。


私が来ていることは知らなかっただろうと伯母は言った。


なぜなら、伯父はたまたまローレンスにあの提灯パーティの前の晩に会った時、姪の話を自慢そうに話したらしい。


「話を聞いてあなたを見たかったのだと思うわ。アマンダ王女の件でどうしようもなかったのだとローレンスに言っていたそうよ」


「でも、伯母様」


私にはどうしても腑に落ちないことがあった。


「でも、どうしてケネスは、私のお茶会に一度も応じてくれなかったのでしょう?」


伯母はとても困った顔をした。


「ローレンスからジェイムズが聞いた話だと、ケネスは、その手紙は一通も受け取っていないらしいわ」

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