Prologue2 5.56mmの別れ

 もし、この世に神がいるならば、リリウム・フォーラスという男は相当嫌われているらしい。

 しかも39年前、彼がこの世に生を受けて時点で、だ。

 彼は、両親の顔を見たことがない。彼は物心つく前から、教会で育てられていた。

 スタートダッシュから、なかなかのものだ。

 学校でも教会の中でも彼は問題児で、誰かをいじめては育ての親であるシスターに四六時中、迷惑をかけていた。

 高校や大学にもいかず、なんとか職を手につけられたが、それも人間関係がうまくいかずにすぐに退職。

 次にたどり着いたのはマフィア。

 密売、強盗、殺人。

 一通りの非合法をやって、少年院にぶち込まれて、最終的にたどり着いたのがドイツ軍。

 幸い、筋トレは毎日やっていて、頭も悪いわけでもなかったためトントン拍子に入隊。

 上官にも認めてもらい、結婚もして、特殊部隊の実働部隊長を任せられるほどにもなった。

 しかし7年前、意外とうまくいってるじゃないか、と思った矢先に彼は妻であるエリーザベト・キルと離縁し、9歳だった娘とは死別。

 それと同時に、同期や部下を複数名同時に失っている。

 他人との距離の取り方がわからない、仕事一辺倒の彼には当然の結果だったのだが、だからと言っても上げて落とす方が心にくるというものだ。

 今では、そのしわがれた手で昼間は銃を、夜は酒のグラスを握る生活となった。

 幸か不幸か、今ではその仕事ぶりだけは評価されて中佐に昇格している。

 それが何かの救いになっているかと問われればノーと答えざるを得ないのだろうが。



 そんな、アンラッキーな男が俺だ。



 森の中、辺りは静寂に包まれていた。

 背の高い木々に陽の光は遮られて薄暗く、小鳥の羽ばたく音がかすかに聞こえるのみ。

 そんな森に、ゆらゆらと音もなく動く人影が複数。

 別に、幽霊ではない。

 どの人影も黒色のボディアーマーと双眼のサーマル暗視スコープが外付けされているフルフェイスヘルメットに身を包み、カーキ色のバックパックを背負い、深緑に塗られたライフルを持っている。

 彼らはドイツ軍の特殊部隊「KSK」に所属する、れっきとした人間だ。

 先頭に立つ男が手を上げて全体を立ち止まらせる。

 男たちはそれぞれが木陰や茂みの陰に隠れて周囲の警戒を行う。

 先頭に立っていた男は左耳に指を当ててその低い声を出す。

「HQ、こちらアルファ=1。ポイント”シュラッフサル”に到着。目標、”スタビル”も視認可能。突撃準備よし」

 彼の視線の先には範囲にして50mほどの周りが切り開かれた場所にポツンと立つ、二階建ての一軒家がある。

『こちらHQ、了解。アルファは航空支援部隊の視界閉鎖が行われるまでそこで待機』

「こちらアルファ=1、了解。……ヴェルナー、航空支援まであと何分だ?」

 彼の声は、先ほどまでの機械的な声と打って変わって親しい同期と世間話をするような口調に変わっていた。

『あと、3分だ。……なあ、リリウム』

 彼の同期であるヴェルナーは、呆れたような、それでいて怒っているかのようなトーンで話し始めた。

『本当に無茶をしないでくれ。よりにもよって前衛とは……。なあ、何度も言ってるがお前を失うことはKSKにとってもエリーザベトにとっても大きな損失なんだ』

 左耳のインカムから流れるヴェルナーの声は友人を心の底から心配している声だ。

「さあ、どうだかな。俺はもうすぐ40だ。死んだって大した損害にはならないだろう」

 ヴェルナーはひどく冷めたその声に若干の憤りを覚えたようで怒りの混じった声で言い返す。

『何度も言ってるだろ。経験のある奴は貴重なんだ。特に、実働部隊はな。それにエリーザベトはどうするんだ』

「あいつとはもう他人だ。それに俺が死んだら喜ぶんじゃないか?娘のセウムが死んだのも俺のせいだからな」

『…………』

 ヴェルナーは唇を引き結ぶ。

 リリウムは苦笑いを漏らしながら口を開いた。

「冗談だ。まあ、俺の遺言くらいはちゃんと聞いてくれ」

『……ああ、もちろんだ』

 頭上からわずかなエンジン音が聞こえてくる。

『全隊員に告ぐ。航空支援部隊が20秒後に、視界閉鎖を開始する。各班の班長の指示に従い、”スタビル”内の敵性存在の無力化を行え。状況に応じて発砲、殺害を許可する』

 ヴェルナーの声が優しき友人から優秀な司令官へと変わる。

 リリウムは肩にある無線の受信機を各班長、司令部、そしてアルファ班全員に通じるチャンネルに変える。

「アルファ班、全隊員暗視スコープを装着しろ。」

 全員が無言でヘルメットの上に装着されていたサーマル暗視スコープを回転させて両眼の前で固定する。

 視界が白黒に染まる。

『全員、死ぬな』

 ヴェルナーの言葉と同時に、彼らの頭上で小さな破裂音。

 その瞬間、周囲は白く濁る。

 作戦開始だ。

行けGehen行けGehen!」

 暗視スコープを通して見える家に向かって真っ白な煙の中を俺たちは走り抜ける。

 ログハウスの側面の壁に張り付く白い人形がいくつか見える。

 ブラボーの連中だ。

『こちらブラボー=1。全隊員、所定の位置についた。オーバー』

『こちらHQ、デルタはアルファの突撃と同時に行動開始。アルファの合図を待て』

『こちらデルタ=1、了解。待機する』

『こちらチャーリー=1。狙撃準備完了。合図を』

『こちらエコー=1。スタビルの包囲が完了した』

 無線に様々な声が流れる。

 そして、50mほどを走り終え、少し乱れた息を整えながら一軒家の玄関先へと向かう。

 暗視スコープを外し、ドアの材質を確認する。

「木製だ」

 一応、ノブをひねって開けられるか試してみるが案の定鍵がかかっている。

 だが、木製ならショットガンでも開けられる。

「こちらアルファ=1。所定の位置についた。3カウントで突撃を開始する」

『こちらデルタ=1、了解。後ろは任せろ』

「アルバン、頼んだ」

『了解』

 アルバンは背中に回してあったセミオートショットガンを構え、木製ドアの鍵がある部分を狙う。

 銃声。

 大量の木片と共にノブが消し飛ぶ。

 その間に全隊員が自分の持っている銃のセーフティを解除し、リリウムはその後にスタングレネードのピンを抜いた。

「やれ」

 アルバンがドアを蹴破る。

 アルバンが一歩後ろに下がり、入れ違いにリリウムが中にスタングレネードを投げ入れる。

 すぐに全員が家の内部から姿が見えないように隠れ、耳をふさぐ。

 直後、家の内部から閃光と耳栓をして手で耳を塞いでもわかる耳をつんざくような大音響。

 3秒ほど待ってからリリウムは、耳から手を離し、アサルトライフルの初弾を装填する。

 中からは幾多ものうめき声が外に漏れていた。

 リリウムは一度の深呼吸の後に、口を開く。

「突入、開始」

 先陣をリリウムが切り、家の中に入る。

 まず、リリウムの目に入ったのは正面にある大きな緑色のソファーと横倒しにされた木製テーブル、そしてその後ろにある二階へと続く階段。

 足元は象牙色の毛足の長いカーペットで、足音はほとんどしない。

「ぐぁああああ!クソがぁあああああ!!」

 大方、スタングレネードのフラッシュバンをまともに見たのであろう大柄の男が、両目を左手で押さえながらソファーの裏で立ち上がり、こちらにおぼつかない右手で自動拳銃を向けてくる。

 リリウムは消音器が装着されたアサルトライフルの銃口をその男に即座に向け、セレクターをセミオートに変えて撃発。

 抑制された銃声が家の中で反響する。

 放たれた5.56×45mm NATO弾は男の右肩を抉り、男を床にひれ伏せさせる。

 間髪空けずに、リリウムはセレクターをフルオートへ変更、そのまま木製テーブルへと発砲。

 木製テーブルが銃弾の当たった場所から削れ、無くなっていく。

 2秒ほど撃って、マガジンが空になる。

 それと同時にリリウムの背中に隠れていたアルバン、フランツがそれぞれの銃を撃ち、ソファー、あるいは階段、あるいはテーブル、床、壁などに銃弾が突き刺さる。

 リリウムはその間にアサルトライフルのからマガジンをリリース。

 左腰のポーチからマガジンを抜き取り、アサルトライフルに叩き込み、ボルトストップを押して薬室に初段を咥えこませる。

 リリウムはその場で左手を上げ、銃撃をやめさせる。

「ぃだぃいいぃ!」

「ぎゃぁぁぁああ!腕がぁぁああ!」

「ぁぁ、目がぁ、目がぁぁあ!」

 この世の終わりのような絶叫が混ざり合い、周囲の空気を揺らしている。

「二階に上がる前に一階の探索だ。この四人をどうするかはデルタに任せる」

『こちらデルタ=1、了解だ。全員を外に出して縛り上げて見張っときゃいいだろ』

「頼んだ。アルバン、ゲラルト、カミル、ケヴィン。四人は残って一階を全部調べろ。カーペットもはがせ。地下室への入り口があるかもしれないからな」

 俺が名を呼んだ四人が一階にあるすべてのものを退かし、何かが隠れていないかを調べ始める。

「残りは、二階のクリアリングに行く。ついて来い」

 階段の前に陣取っていた緑色のソファーと腿と腕、腹にあいた穴から血を流している男を蹴って退かし、残った6人の男たちが階段を登り始める。

 二階にはドアが正面と右側に二つあった。

「ラルフ、ルーカス、オスカー。右に行け。フランツ、ザシャ。ついて来い。」

『了解しました』『了解』

 フランツとラルフが代表で応答する。

 リリウムは廊下を進み、正面のドアのノブに左手をかける。

「行くぞ」

 静かにノブを捻り、ドアを少し開ける。

 ノブから離した左手でアサルトライフルを保持し、左足でドアをゆっくりと押していく。

 人の気配は、無かった。

 完全に開ききったところで後ろの二人に「待機」のハンドサインを送る。

 二歩、リリウムが踏み入れたその時。

『動くな!その手榴弾から手を離せ!』

 インカムからラルフの声が流れる。

『おい!やめろ!馬鹿な真似はよせ!』

『構わない、殺せ!』

 刹那、数発の銃声が鼓膜を刺激し、それよりもはるかに大音響の爆轟で搔き消される。

 その爆炎と衝撃波は右の部屋に進んだ隊員と正面のドアに進み待機を命令されていた二人を襲い、彼らに火傷と破片による切り傷を与えた。

 しかしながら、他の隊員に比べて重装備だったラルフが先頭に立っていたことで、爆風や破片からの盾になり全員が致命傷には至らずに済んでいた。

 だが、もちろんそんなことを知る由も無いリリウムは隊員の安否を確認するために振り返る。

 彼の目に映ったのは閉まったドアと隊員でない男、そしてショットガンの銃口。

 彼の意識は二つの乾いた破裂音、後頭部と腹部への強烈な痛みともに薄れ、消失した。


 リリウムが意識を失っていたのはほんの一瞬だった。

 うつぶせに倒れたリリウムが目だけを上に上げると、二組の靴が見える。

「こいつら、ドイツ軍だ」

「どうするんだよ、一階にいる連中が地下室を見つけるのも時間の問題だぜ!?」

「まあ、待てよ。アレもあとほんの少しで終わる。アルバンがなんとかしてくれるさ」

 リリウムの右手はゆっくりと腿のナイフへと向かい、柄の先に指が触れていた。

 朧な意識の中で、リリウムは絶好のタイミングを狙っている。

「それでこいつをどうするんだ?」

 男はリリウムの脇腹を小突く為にリリウムの身体の右側に移動した。

 リリウムはその瞬間にナイフの柄を握りしめ、思い切り男の右くるぶしの上あたりに突き刺す。

「……っ!」

 感情的に向いたショットガンの射線を、反射的に男に突き刺さったナイフを抜かずに体を左に転がすことで避け、空いた両手で自分の体を思い切り押し上げる。

 二度目の銃声の後に、先ほどまで自分のいた場所が抉られていく中で、もう一人の男がようやく状況を理解したと言わんばかりにショットガンをこちらへ向けてくる。

 リリウムの体勢は起き上がったばかりでかなり不安定だったために尻餅をつく形で座り込んでしまい、その頭上を九粒弾が飛んでいく。

 即座に抜いた9mmの自動拳銃を先ほど撃ってきた方に向け発砲。

 放たれた9×19mm パラベラム弾は男の眉間に突き刺さり、息の根を止める。

 次弾をもう一人の男に撃とうとすると、リリウムの肩を強烈な衝撃が襲い、拳銃を後ろに飛ばされてしまう。

 九粒弾が当たったのだ。

 リリウムは舌打ちをこらえつつ、男が次弾を打つために排莢し、次弾を装填する。

 4度目の発砲を妨害するために立ち上がって、男に近寄りショットガンの銃口を掴んで左側に射線をそらす。

 引き金を引かれた直後の銃身加熱も気に留めず蹴りを男の腹に入れて、ショットガンを奪い去る。リリウムは持った銃の重みで残弾がないことを理解し、男の頭を狙って思い切りショットガンを振るが、かがんで回避されたことによってすっぽ抜けたそれが壁にぶつかって鈍い音をさせる。

 男はそのままリリウムの腰に手を回しリリウムを背負う。

 リリウムは男の背中を殴って抵抗するが、虚しくもその行動は何の意味も果たさず、リリウムの巨躯はそのままガラスを突き破り、外へと放り出される。

「ぐぅっ!」

 地面に衝突した苦痛に耐える叫びを堪えながらリリウムの頭はかなりの速度で回っている。

「チャーリー=1!今割れた窓だ!撃て!!」

『オーケーだ!』

 チャーリー=1からの応答の直後に窓から顔を出してこちらの様子を見ていた男の頭から血が噴き出す。

「すまん、助かった」

『そのための後方支援だ。気にするな』

『リリウム。さっきの爆発だが、誰も死亡していない。心配しなくていい』

「ああ、よかった」

 リリウムは嘆息してから立ち上がり、再び玄関に向かっていく。

 家の前では、五人の男たちが傍にヘルメットを置いてベータ班の衛生兵に手当をされている。

 先ほど、爆発に巻き込まれた隊員達だ。

 その中の一人、ルーカスがリリウムに気づいて声を上げる。

「隊長!ご無事でしたか!」

「それはこっちのセリフだ。怪我の具合は?」

「ラルフがほとんど受けてくれたのでかすり傷ですよ」

「そうか、良かった。これ、借りるぞ」

 リリウムはルーカスのそばに置いてあるスライドの下のレールにフラッシュライトが装着されたルーカスの45口径の自動拳銃を拾ってから、再び家に入る。

 リリウムは首を左右に振ってアルバンを探す。

 フルフェイスのヘルメットで顔は見えないが、軍服の左肩についたワッペンに書かれた名前を確認すればそれが誰かはわかる。

 アルバンは、床のカーペットを剥がしているところだった。

 リリウムはゆっくりとアルバンに近づいていき、突如としてアルバンの顔を蹴り上げた。

『がっ……!』

『隊長!?』

「こいつはこのカルト集団に傾倒している。裏切り者だ」

『マジか……』『嘘だろ……』

 リリウムは起き上がろうとするアルバンの頭を右手の拳銃で撃つ。

 45スーパーACP弾はヘルメットに弾かれるが、その衝撃は殺しきれずにアルバンの脳へ伝わりアルバンを再び床に伏せさせる。

「こいつの処理はデルタに任せた。HQ、話は聞いてたな?」

『もちろんだ。ただ、アルバンは貴重な情報源となり得る。早急に本部へ連れ帰ってくれ』

「わかった。……ケヴィン、そこの本棚を動かしてくれ」

『了解』

 ケヴィンは部屋の隅にある本棚を動かすと、その裏に隠れていた地下へと続く階段が現れる。

 そして、リリウムの耳にはぼそぼそとした人の声が聞こえる。

 なんとも言えない不快感にヘルメットの下で顔を歪めるリリウムにケヴィンは声をかける。

『下に続いてます。行きますか?』

「ああ。よし、三人ともついて来い」

 リリウムは同じ班の三人に呼びかけて、拳銃に装着されたフラッシュライトをオンにする。

「行くぞ」

 リリウムは暗い階段を、拳銃を構えて進む。

 下から聞こえるはずが、反響しているせいか耳元で囁いているような聞き慣れない言語は、教会の礼拝のようにも聞こえるが、それ以上に何かの呪文のように聞こえる。

『ブリーフィングで聞いてたより雰囲気違うな。もっとおどろおどろしい感じだと思っていたんだがなぁ……』

『新興の過激派カルト教団だよな、ここ。確かにちょっと整いすぎてる感じあるな』

「まあ、後でアルバンを絞れば何か吐いてくれるさ」

 会話を強制的に終わらせると同時に階段を下り終え、全員がそれぞれ違う方向を照らして索敵をする。

 リリウムの持った拳銃のフラッシュライトが照らした地下室は大量の木の梁が乱立している。

『あれは……?』

「どうした、カミル」

『そこの壁、ちょっと違和感があるんです』

『あれ、布じゃねぇか?』

 カミルはリリウムの左隣にいて、壁をポンプアクションショットガンのバレルの横に取り付けられたライトが照らしている。

「入るぞ。全員即座に撃てるようにしておけ」

 リリウムは布に手をかける。

 バリ、と思い切り布を引き剥がした先の2m四方の部屋でリリウムが見たのは壁の魔法円と大理石製のテーブルの縁に沿うように置かれた大量のろうそく。

 そして。

『これは……』

「ついさっき、って感じだな」

 テーブルの中央に突っ伏している血まみれの死体の首筋を触って脈を取ったリリウムは呟やく。

『見てて、気分がいいもんじゃないのは確かですね』

 ゲラルトの独り言にリリウムは心の底から同意する。

 だが、リリウムは抜けない不快感と違和感を覚える。

 声が止まっていない。あの、呪文のような声が、むしろ先ほどまでよりも鮮明に聞こえる。

「何故だ……?」

 リリウムがなんとも言えない恐怖に背筋が凍っている、その時だった。

『アルバンがいない!』

 デルタ=1の叫びが、リリウムの無線を介して頭に響く。

 そして、階段が一瞬軋む音が地下室内に響く。

 だが、その音は耳の奥に響く声に掻き消され、リリウムが認識することはできなかった。

『後方!階だ』

 重い金属質の銃声と共にケヴィンの声が不自然に途切れる。

 ケヴィンが頽れるその音でようやく状況を理解したリリウムが後ろを振り向くと同時に、カミルがその手に握ったショットガンを階段の前に立った男、アルバンに撃つ。

 しかし、九粒弾は全てアルバンのヘルメット、防弾ベストを貫通することはなく、アルバンにまたそのセミオートショットガンを撃たせる隙を与えてしまう。

 カミルのヘルメットを、アルバンの撃った対防弾装備用の鋼鉄製スラッグ弾が貫通し、カミルの頭蓋骨を、脳を突き破って死に至らしめる。

 ゲラルトはアサルトライフルをフルオートで撃つ。

 だが、冷静さを欠いているためか一発も当たっておらず、三たびアルバンのショットガンが火を吹く。

 しかし、リリウムもそこまで好き勝手やらせるほどバカではない。

 両手で握った45口径、オートマチック式の拳銃の引き金を引き、45スーパーACP弾をアルバンの右腕に当て、スラッグ弾の弾道を逸らす。

 その隙を逃さず、ゲラルトが再びアサルトライフルを撃った。

 それと同時にアルバンがリリウムに、リリウムがアルバンにそれぞれ握った銃を向け、引き金を引く。

「לבסוף הגיע היום לשלוח את הילדים האהובים שנולדו למלך להביא אור לאשת המלך המת.אל תמות, תגיע למלך……」

 リリウムの耳の奥で鳴り響く声はより明瞭になる中、地下室内で銃弾が交差する。

 ゲラルトが撃った5.56×45mm NATO弾はアルバンのヘルメットの左目の防弾アウターレンズに亀裂を生じさせる。

 リリウムが撃った45スーパーACP弾は左目、先ほどのライフル弾で亀裂の入ったアウターレンズを貫通し、アルバンの眼球もその奥の蝶形骨をも砕き、脳を衝撃波でズタズタに引き裂いて、アルバンを即死させる。

 一方、アルバンが撃ったスラッグ弾は超高分子量ポリエチレン製のヘルメットを紙のように容易く貫き。

『隊長!』

 リリウムの魂を連れ去る死神へと変貌した。

『HQ!……らアルファ=4、アル……1が、リリウム中隊長が……ま……た!』

 途切れて聞こえる声。リリウムには、既に誰の声かを判別できない。

『おい!リ……ム!死……じ……い!気をしっ……つ……だ!』

 暗転する意識、その底のない暗闇にリリウムは思う。

 これは、救済か。あるいは、裁きか。


 リリウムの身体を死という名の闇が絡め取っていく中で。

 まだ、あの声は途切れていなかった。


 それは、東洋に伝わる地獄の王がその魂の裁きを決める声のような。

 それは、天使がささやくかのような。


「Fr אור לאu geלבen wu אור לאe.הגיע היום לשVוח את הילדים האהובים שנNולדו למלך להביא Kלדים האig und seך המתr gelהביn המת.Bitte nicht死なずして und triff den König.王のもとへ辿り着けるように

 その声はだんだんと聞き覚えのあるドイツ語へと変換されていく。


 ”死なずして、王の元にたどり着けるように”

 それが何を意味する言葉なのかは、リリウムに考える時間は無かった。




 そして、リリウム・フォーラスという男は「作戦任務中の殉職」により、死亡した。




 閃緑岩で出来た十字架が彼の棺を埋めた場所に立っている。

 十字架には、「安らかに眠れ」という意味のラテン語が記されている。

 隣には「セウム」という名が彫られた墓石。

 その前には、二人の男女が立っている。

 一人は、彼の友人であるヴェルナー。

 もう一人の女性は、彼の元妻であるエリーザベト。

「ったく、こいつは。いつもいつも心配ばかりかけさせやがって」

「本当よ。自分で抱え込んでばっかりで私たちには見向きもしなかったのに仕事にばっかり打ち込んで。挙げ句の果てに、セウムのことなんて……」

 エリーザベトの頬を涙が伝う。

 ヴェルナーは彼女の涙を指で拭う。

「ああ、ひでぇ奴だよ。こいつはな」

 一つ、ヴェルナーの口から溜息が漏れる。

「だが、憎めねぇよ。やっぱりな」

 ヴェルナーはエリーザベトの腰に手を回し、慰めるように言う。

「帰ろうか。リリウムもどうせ、元気にやってるさ。セウムとな」

 エリザベートは弱々しく首を縦にふる。

「そうね、あんまり長居すると彼が地から這いずり出てきそうだから」

 ヴェルナーは違いない、と笑いながら二人で墓地の外へ歩いて行く。

 二人の左手の薬指には同じデザインの指輪がはめられていた。




 残された者たちは、彼の魂が彷徨う場所を未だ、知らぬままだ。


 だが、彼の魂が辿り着く場所が幸福に満ちていることを彼らは願っている。

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