【G③-1】オモテウラ
これは、今よりちょっと昔の話。
……え?『きたぐに』が実況はじめた年?アタシもう覚えてないよそんなの。そうだなー。オリンピックしてた気がする。あと、ノーベル賞とった人がいっぱいいたような気がする。アタシは大学生だったかな。あ、そういえば『新選組』のコンドーさんとコテツと冬に遊んだっ!あれは楽しかったなぁーっ!あれって実況始めた年だったっけ?え?違う?あ、セソーを反映するようなこと?セソーって何?あー、お堅い感じってことか。じゃあ、あれはどう?「あなたとは違うんです」ってやつ。ダメ?ネットでめっちゃウケてたよ?え?もういいって?なんで?
「ねー、イウ。スマイル動画って知ってる?」
講義の最中になにかと思ったらこんな質問。正直、やば、と思った。
「……うん。なんで?」
名前もよく覚えてない友達がにやりと笑う。
「最近さ、そのスマ動を家でよく観てるんだけどチョー面白くてさ。時間も忘れて夜中まで観ちゃって。今日、ちょっと寝不足……」
目をこすりながら、彼女は続ける。私は、ちょっとビクビクしながら、
「あ、ああー。面白いよね。私は、音楽とかよく聴いてる。ええっと、歌ってみました、だっけ?」
なんて、ホントはゲーム実況ばっかり見てるのにそう答える。
「あー、そっち派?私はゲーム実況ってジャンルばっかり観てるんだけどさ。『新選組』だったかな。男の人と女の人がゲームしてるんだけど、ずっと漫才みたいでさ、夜中に爆笑しちゃった」
心臓が高鳴る。
『新選組』の動画は私も大笑いしながら観た。特にスマブラの動画はお気に入り。最初は優勢の『近藤さん』が調子に乗って高笑いしていたのに、急に『虎徹』さんが残機1から本気を出して『近藤さん』がボコボコにされちゃうヤツ。あれはすでにミリオン再生を記録的な早さで突破した。
「あと、『きたぐに』ってグループの『アス』さんと『マサ』さんって人の、アヲオニってゲームの動画もほんと面白かった」
ヤバい、って気持ちと、ありがとー!って気持ちが同時に来た。動揺する自分を隠すのに、私は汗をかきそうになるくらい必死になる。
「うーん、ちょっと知らないなぁ……」
「イウも観てみなよ。絶対おもしろいから。『アス』さんが女の子なのにすっごいうるさくて下品で面白くてさ。他にもそのグループは、カンちゃんさんとエーちゃんさんって人がいて、その人たちも個性があって面白いの。ぜったいハマるよ?」
「そ、そうなんだ……。下品なのはちょっとなぁ……」
コホンと、遠くで教授の咳払いが聞こえた。私たちは慌てて配られたA4用紙に視線を移す。私の心臓は早くなったままだ。どうやら友達にはバレてはいなかったらしい。
「『新選組』も『きたぐに』も北海道の人たちらしいよ。どっかで私らと会ったりしてるかもね」
隣から彼女は小声で、最後にそんな耳打ちをしてくる。私は聞こえなかったフリをして無視しながらも、
そうだね。隣で講義を一緒に受けたりしてるかもね。
なんて、頭の中で返答しておいた。
講義終了の時間だ。今日は午前中の予定はコレだけで、このあとの予定はない。まっすぐにカンちゃんのアパートに向かうとしよう。
◇
「ってことがあってさー」
「あってさー、……じゃないっしょ。あれ?『アス』とイウ、声似てなーい?とか言われなかったの?」
高校の同級生で芸大に通っているカンちゃんが半笑いで聞いてくる。大学から帰るその足で、いまは彼の実家にお邪魔してる。二人で動画を撮るための準備をしてて、録音や録画はまだしてない。
「……うん」
準備というか、練習という名目でゲームをしてるだけ。私の生返事にカンちゃんの操作するキャラクターの動きが止まった。
「お前ってさぁ、ほんっと撮影中と普段でキャラ全っ然ちがうよな。なんで清楚系お嬢様が録画はじまると下品でうるせー女になっちゃうんだよ。詐欺かよ。二重人格かよ。素顔知っててもビックリするわ。そりゃ気付かれねーって」
「そだねー……」
一生懸命になってるカンちゃんには悪いけれど、私はいつも通り軽くあしらう。
「雑っ!雑な返事っ!」
そう。お気付きかとは思うけど、私はゲーム実況者。ゲーム実況者集団『きたぐに』の下品でうるさい紅一点『アス』だ。本名は
雅人は『きたぐに』のリーダーでハンドルネームは『マサ』。単純。そしてフリーターである。
ちなみに隣に座ってるカンちゃんはそのまま『kun《かん》ちゃん』。ツッコミ役で、私の行き過ぎた発言なんかを編集でカットしたりピー音を入れたりしてくれてる。
メンバーはもう一人いて
「……もういいわ。そろそろ撮るべ」
「りょ」
了解。略して「りょ」。チャットやメールでは「ry」なんて書く。さあ、視聴者のために気合を入れなおそう。
「じゃあ、3、2、1……」
いつも通りのカウントダウンが始まる。ハードディスクが繋がれたテレビは、すでに録画ボタンが押されている。スタート、とパソコンの録音ソフトのボタンを、カンちゃんがクリックした。
「アぁータシにぃっ!ボォーコボコにぃっ!されたい奴はっ!どぉこだぁあああーーーーっ!!!いぇええええーーーーぃ!!」
コントローラーを握る手が大きな声のせいで一緒に動いた。数秒の間があって、カンちゃんが口を開く。
「ははは…………、こわっ」
テレビの画面から目を離して、私は隣で胡坐をかいて座ってるカンちゃんをにらんだ。
「んだよ、ノリわりーなぁ。そんなんだから彼女もできないでドーテーのままなんだよっ!」
打ち合わせの通りに私がカンちゃんに嚙みつくと、カンちゃんは視聴者に見えもしないのに手を振って否定する。
「いやいや、彼女ならいますから」
「はあ!?オメー、いっつも彼女ほしーって言ってたじゃんか。どこにいんだよ!まずアタシの前に連れて来いよっ!あることないことそいつに言ってやっからよぉ!」
「あることないことのないことは、ただの嘘なんだよなぁ。……あのね。パソコンがあります。電源を付けます。ソフトを入れます。はい、彼女に会えます」
「それ、ギャルゲーのヒロインだろーがっ!オメー、ホントにボコボコにすっぞ!」
「………………」「………………」
数秒の間。本当にいまのが面白かったのか、ちょっと不安になるくらいだったけど、とりあえず私たちは画面に視線を戻した。
「……というわけで、ストツーを『kunちゃん』としまーす」
「いい茶番だったねー。すごい満足」
私のちょっとした不安を、カンちゃんはフォローするかのようにそんなことを言う。蛇足なんだよ、と思う自分と、ちょっとした感謝の気持ちを述べる自分がいたが、どっちも無視する。
「kunちゃんさぁ、いまのぜってースベってっから。あと、茶番とか言うな。今日はマジでアタシのダンでボコすからね」
「女の子がボコボコにするとか言っちゃいけませんっ」
「言ってませんー。ボコすって言ったけどボコボコにするなんて言ってませーん。間違ってますー。謝って下さーい。……てかさー『kunちゃん』。このゲームやったことあんの?」
「うーん、あるような、ないようなってくらいかな。『アス』は?」
私もあまりないけれど、バカ正直にそう言ったら面白いものも面白くならない。ビッグマウスというのは、試合を面白くするために吐く嘘だと私は思っている。だって、勝っても負けてもあとで盛り上がるじゃない?
「アタシはねえ!マジでこのゲーム、アタシのために作られたんじゃないかってくらいやりこんでっから。絶対ボコボコにして挽肉の粗挽きハンバーグにしてやっからな。見てろよ、マジで。ごちそうさんでーすっ!」
「あ、ボコボコって言った!『アス』が謝ってくださーい」
カンちゃんがしっかりと揚げ足をとるツッコミを入れてくる。ちょっとイラっとした。
「うっせーなぁ。男がみみっちいこと言ってんじゃねーよ。早くやるぞっ!キャラ選べっ!」
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