ぼくらはみんな配信者っ!~Streaming (love) stories~
東北本線
【U①-1】うたってみた
これは、今よりちょっと昔の話。
合法・違法も含めて音楽ダウンロードが社会に浸透してきたからCDの売り上げがどんどん下がっていて、ミリオンセラーなんてほとんど死語になりつつあった頃。AKB48はまだ活動を初めて数年しか経っていなくて、握手会や総選挙のためにCDを買うなんて発想、誰にもまだできなかった頃のこと。
「……………………」
面倒見がいい性格、なんてよく言われている。
クラスではうまく立ち回れている方だと思う。友達から悩みを相談されたり、恋バナなんかも聞かせられたり。その実、それが苦になることもない。相談される側のコツはちゃんと聞いてあげることだし、人の話を聞くのは好きだ。もしアドバイスを求められたら、一般常識的な返答の中に、少し社会のルールを破ったりするようなちょっとしたスパイスを加えるだけで、相手は納得してくれたりする。
特に悩みもないし、勉強の成績もこの進学校で中の上という位置。
順風満帆というほど上手くいってるワケではないけれど、なにも問題はない。
問題はない、ハズだった。
今日までは。
「え?どういう………」
私はいま、何をされた?目の前のクラスメイトの女の子に。
なにを間違えた?どうしてこうなった?
頭を整理しようとしても心臓が痛いくらいに鼓動を早めて、油断するとだらしない呼吸をしてしまいそうで、苦しくて考えがまとまらない。
なのに私は自分のキャラの方が大事だから、努めて相手に平静であるというふうに見せたくて、
「どういう、冗談?」
なんて、冗談のわけがないのにちょっと乱れた長い髪をかき上げながら返してしまう。相手の気持ちを、ほんの少しだけ理解しつつも。
そりゃそうだ。音楽室から動画サイトで聞いた女性同士の恋愛の曲の、拙いピアノとすごく上手な唄声が聞こえて。興味があって入ったら体操服姿の
大友さんはクラスで少し浮いてて、ちょっとボーイッシュで綺麗な顔立ちだけど、どこか近寄りがたい雰囲気で。なぜかいつもジャージだし。
イジメとはいかないまでも無視されがちっていうか、グループになりなさいって先生に言われたりすると余っちゃうとか、そういう感じの子で。
「あの……、なんか……、ガマンできなくて」
だから、ピアノの前で唄う彼女の姿が、意外だなー、なんて思ってピアノに近寄って。
いま思えばそれが罠だったのかもしれない。魅惑の唄声で絡めとられた蝶だったのかもしれない。
いやいや、なに言ってんだ私。
それで、相手が目を合わせてもくれないから、上手だね、ちょっと意外、なんて声を掛けて近寄ったら彼女は立ち上がって、急に……
「ガマンできなくて、他人にキスしちゃ、ダメでしょ……」
ショパンもモーツァルトも、ベートーベンも、ブラームスも見てるんだよ?うしろの壁のあたりで。自画像が微笑んでんじゃねえよ。なにが可笑しいんだバッハのじいさん。
大友さんはすごく顔を赤くしている。耳まで真っ赤だ。なんだか可愛い。可愛いとは思うのだけれど、私には、
「しかも、女の子同士で……」
そう。私には同性愛、俗に言う百合、レズビアンの趣味はない。いや、ちょっと今ので揺らいでいないといえばウソになるけれど。
もしかしたら自分も耳まで真っ赤どころか、頭から蒸気が出てるかもしれない。でもその湯気が羞恥からのものか、怒りからのものかがわからない。
よく頑張ってる方だと思う、我ながら。脳内独白がちぐはぐで、しっかりまとまっていない。小論文のテストなら30点ももらえなさそう。100点満点で。
「うん……」
女の子同士、という言葉で明らかにショックを受けた顔をする大友さん。ちょっとこの子はショックを受けてもいいだろ、と思っているイジワルな私と、もう少し優しくしてあげて、と訴えている私がいる。どっちの言うことを聞いたものか。
私はだんだんと頭の中の落ち着きを取り戻していく。
つまり大友さんは私のことが好きな同性愛者ということで認識は間違っていないだろう。もしくは褒められるとキスしたくなる素っ頓狂な性格か。またはいまだこの人生において遭遇したことのないキス魔か。
さて、私はどうやって彼女の気持ちに答えればいいだろうか。いや、付き合ってと言われたら断るしかないのだけれど。
そもそも大友さんが手順を間違ってしまったのがよろしくない。淑女たるもの、嗜みをもって行動せねば。相手も私も女なわけだけれど。
「でも、君が好きっていう気持ちが、ガマンできなかったんだ」
「だからそれがダメなんだって。もし大友さんが男だったら、私は大声で叫んで人を呼んだかもしれない。そうなったらあなたの人生終わりじゃない?」
いやいや、レディの礼儀作法のれの字も知ったことではない。相手の気持ちを慮るには私はまだ子供だし、キスひとつで大人の階段を昇れるとも考えていない。
まだ彼女の唇の感触が残る私のそれから、取り繕うことのない言葉が漏れ出てしまう。
だけど私が言ったことが間違っているとは思わない。彼女のしたことは、やっぱりどう考えても普通じゃない。
制服のスカートの裾を握る私の手に力がこもる。
ため息を吐いた私の、その呼気の熱さに自分でも驚いた。あれ、おかしいな?そんなつもりはないのに。平静なはずの両目に、熱が帯びてくる。
「私の、……ファースト、キス」
ぽろぽろ、と音が出てきそうなくらい、私の双眸から涙があふれ出てくる。
変なの。
自分でも思う。
泣くことなんてないのに。
ちょっとクラスメイトの女の子に、急に初めてを奪われただけなのに。
「…………ッ!」
だっ、と音が出そうなくらいに、私の唇を奪った犯人はグランドピアノの蓋も開けっ放しのまま駆け出していった。
そうするなら、私が泣きだす前にもっと早く逃げ出してほしかった。いや、そもそも逃げ出してしまうくらいの覚悟で、キスなんてしなければよかったじゃん。
午後からの授業どうしよう。
保健室いって早退しようかな。
ていうか、早くとまれよ。涙。
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