第三十一話 復讐?


 前田果歩さんの記事が雑誌に載ってから1週間。

 前田教諭が学校を辞めてから2週間が経過した。


 仕込みも終わっている。

 手間はかかったが、状況は面白いほどに、想定していた方向に動いた。


 俺は、拠点に作られた学校で働き始めた女性に話しかけた。今の所は、リハビリを兼ねた作業が多い。拠点の周りは、徐々に人が増え始めて、働き手が少ない状況になっている。今は、十分に回っているが、今後は人が足りない状況になると考えられている。


 意思確認は既に済ませているのだが、最終確認だ。


「果歩さん」


 まだ、俺と話すのは緊張するようだ。

 馬込先生には慣れたと言っているのに・・・。理由が解らない。最初が悪かったのか?


「はい?」


 手を止めて、俺をしっかりと見つめてから返事をしてくれる。


「俺の都合に合わせて頂いてもうしわけありません」


 果歩さんにも、前田教諭と同じ内容の話をしている。

 復讐相手も教えてある。方法だけは、教えていない。まだ決めかねている状況なのも、事実だが、それ以上に、前田家に問題があると困ると考えている。


「いえ、就職も出来ましたし、兄も前よりも楽しそうにしているので・・・」


 起きたばかりの時には、”アニキ”と呼んでいたが、ここで仕事をするようになってから、”兄”と呼ぶようになった。

 これから、違う場所で仕事をする場合もある。


 果歩さんは、”記者”になる未来を考え始めている。俺たちが出した注文は、”中立”な記者になることだ。今川さんは、俺たちに浸かり切っている。馬込先生の関連企業にはマスコミがある。弱小だが、雑誌を販売している。身体のリハビリが終了してから、本人が望むのなら、雑誌社に就職できるように取り計らっている。


 現在は、拠点にある学校で事務作業を手伝ってもらっている。


「疲れませんか?」


 まずは、気になることを指摘しよう。

 俺が疲れてしまう。


「え?」


 果歩さんは、何を言われたのか解らないようだ。


「言葉です。俺は、気にしませんよ?それに、果歩さんの雇用主は、馬込先生です。俺ではない」


 まずは、言葉遣いから変えてもらおう。

 俺の方が年下になっている。敬語を使われるのは、気分的に良くない。それに、記者になるのなら、気にしなければならない人は少なくしておいた方がいいに決まっている。

 果歩さんが就職予定の雑誌社は、馬込先生が出資して作った雑誌社だが、完全に独立している(らしい)。


「そうですが・・・。わかった。気にしない事にする」


 果歩さんも、俺の話を聞いてくれた。

 俺も、丁寧に話されるよりも、仕事の依頼がしやすい。まだ、俺たちに”恩義”を感じているのかもしれないが、十分に返してもらっている。


 それに、復讐を俺に委ねてくれたことが嬉しい。


「ありがとうございます。それで、復讐ですが、本当にいいのですか?」


 最終確認です。

 必要はないことだとは解っています。果歩さんの中では既に終わっていることです。そして、俺が行うのは復讐でもなんでもない。


「あぁ奴らに思う事はあるけど、もう昔の話だ。それに、これから、奴らは死んだ方がましだと思うくらいのことが待っている。そうだろう?」


 果歩さんが言っている通りだ。

 既に仕込みは終わっている。


 さて、復讐の幕を上げよう。


---


 小池彩佳は自分の部屋で布団を被って震えていた。


 最初の躓きは、高校受験に失敗したことだ。そのあとも、怠惰に過ごして学校での成績が、中学ほど上位ではなくなってしまった。


 小学校では天災だと言われていた。勉強もスポーツもなんでも一度で覚えてしまった。クラスでも学校でも一番だった。

 親から、先生から褒められるのが嬉しかった。同級生からの羨望のまなざしも凄く嬉しかった。


 中学生になり、自分が”可愛い”と気が付いた。男子からちやほやされるのが楽しくなった。

 親の職業を知った。地方では名前が知られている。祖父が、学校の偉い人にも繋がっていると知って、学校で我儘に振舞うようになった。学校の成績も落ちては来たが上位をキープしていた。


 高校は、地元で難関校と言われる高校の受験を希望したが、基準を満たしていないのに、受けて受験に失敗した。入ったのは、祖父の勧めで、祖父や両親の会社と繋がりがある。議員が理事をやっている学校だ。

 高校では、中学以上に男子からの視線を集めた。女子が少ない学校だったのも影響していた。

 小池彩佳は、遊び快楽を覚えた。学校外で覚えた遊びを学校の同級生にも行った。トイレだけではなく、更衣室に連れ込んだこともある。

 遊びを覚えたことで、成績はみるみる落ちて行った。

 しかし、親も教員も祖父母も彩佳を叱らない。


 彩佳は、2年生に上がっても同じことを繰り返した。今度は、下級生にも手を出した。下級生の女子で、自分よりも可愛いと思える子を、自分の取り巻きに襲わせたこともある。親や学校(理事)の力で揉み消した事案は、両手では足りないくらいだ。


 そんな傍若無人な彩佳だが、関わらないようにしている人物が二人居る。女帝と言われる生徒と、王子と呼ばれる生徒だ。二人は、いとこ同士だ。本当は、いとこではなく、腹違いの姉弟なのだが、本人も学校側も認識をしていながら、”いとこ”として通っている。

 女帝と王子は、彩佳の両親や祖父母の上になる人物を親に持っている。


 ある意味では、順風だった小池彩佳の人生において、初めて明確な”負け”を経験した。

 小池彩佳が内定していた就職先を、前田果歩に奪われた。もちろん、奪われるだけの理由は有ったのだが、結果として小池彩佳は”前田果歩”に恥をかかされた格好になった。

 学校側は、些細ないじめがあったと発表はしたのだが、イジメは、犯罪だ。恐喝であり、暴行であり、殺人未遂だ。


 怪我が治って、意識を取り戻した前田果歩のインタビュー記事が掲載されると、小池彩佳の立場は一気に悪くなった。


 いままで抑えていた物が噴出した。

 最初は、周りに居た男子が居なくなった。そして、取り巻きにしていた女子が理由をつけて離れた。


 前田教諭のインタビュー記事が出ると、一気に風が強くなった。

 学校側の不手際だけではなく、”殺人未遂”と取れるような動画まで出回り始めた。雑な加工で、自分だけを消していたことも問題になった。


 小池彩佳の取り巻きだった女子や男子にも、冷たい目が向けられるようになり、女子と男子は自分たちが悪くないと証明するために、小池彩佳の悪行の数々を語り始める。自分たちが行ったことも全て、小池彩佳に命令されたと言い出した。当然の流れだ。弱い立場の人間がスケープゴートになるのだ。


 取り巻きだった女子の一人が、学校で怪我をした。

 怪我は、偶然だったのだが、怪我が悪化して女子は学校を退学した。元々、周りの冷たい視線に耐えられなくなっていたことも影響している。


 悪いことに、この女子は最後に学校に来てから、行方不明になった。

 それから、小池彩佳の周りに居た女子と男子が順番に姿を消した。警察も動いたのだが、証拠どころか、行方も掴めていない。防犯カメラや監視カメラに一人で写っている状況を最後に忽然と姿を消している。

 友達と一緒に遊びに行って、友達がトイレに行った間に居なくなってしまった男子も居る。商業施設の監視カメラを調べても、男子が友達以外の誰かと一緒に居る所や、商業施設から出る姿が確認されなかった。商業施設を警察と警備員が半日以上探したが見つからなかった。


 小池彩佳は追い詰められていた。

 警察だけではなく、マスコミも連日小池彩佳の下を訪れている。

 自分が知らない間に、極悪事件の犯人にされている気分になっていた。両親も、祖父母も、世間体を気にして、彩佳を家から放り出すことを考え出している。彩佳も敏感に悟っている。今まで、味方だと思っていた両親と祖父母の裏切りを知った。世間では、誰一人として自分を助けてくれる人が居ないと知った。


 そして、死のうと考えた。

 死のうと手首を切ったが、死ねなかった。血が出て、気を失うが死ねない。睡眠薬を飲んでも、死ねない。海に飛び込んでも死ねなかった。車に刎ねられても死ななかった。事件を起こす度に、警察も両親も祖父母も彩佳に辛く当たる。


 小池彩佳は、警察やマスコミが見ている前で、姿を消した。

 マスコミに追いかけられている状況で、それこそ、角を曲がったら姿が見えなくなっていた。

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