第二十四話 魔法使い


 ユウキがニヤリを笑ってから、少女と大人たちに告げる。


「挨拶の代わりに・・・」


 少女は、握られた手を見ると、少しだけ不思議な暖かさを感じた。


『聞こえますか?』


 少女の頭の中に、目の前に居る男性・・・。ユウキの声が響いた。

 びっくりした表情で、ユウキを見つめる。


『あっ手を離さないでください。すぐに終わります』


 少女は、身体から倦怠感が抜けるのが解る。濁っていた視界もはっきりとしてくる。そして、同時にモヤがかかっていた思考がはっきりとしてくるのが解る。そして、目の前に居るユウキを見つめてしまった。


 ユウキは、見られていると認識して、自分の口を指で塞ぐ仕草をする。

 少女は、ユウキの仕草の意味がわかって、頷いた。


『状況はよくありませんね』


 少女は、頭を縦に降って、”Yes”の意思を伝える。


『そうですか。分析はしていませんが、複数の薬物ですか?』


 また、一度だけうなずく。


『首謀者はわかっているのですか?』


 今度は、横に首を振る。


『わかりました。私たちは、貴女を歓迎します』


 ユウキが手を離すと、ユウキの後ろに今まで居なかったはずの女性が現れる。


 少女の護衛として着いてきている男性の二人が、剣呑な表情を浮かべる。しかし、ユウキがにこやかな表情を崩さずに、少女に対して危害を加える様子がない事から、護衛もスーツに入れた手を戻す。武器が胸元にあるのは、ユウキたちは理解している。自分たちは、護衛が持つ武器程度では、傷つけられないことはわかっている。


「この二人は、ヴェルとパウリ。この場所を案内させます」


『私は・・・』「大丈夫です。名前は名乗らないでください」


 少女が、名前を名乗ろうとするのをユウキが止めた。

 もともと、少女が何者でも待遇を変えないという意思表示でもある。


「貴女が立てるようになって、元の生活を取り戻してから、もう一度、私たちに貴女のお名前を聞くチャンスを下さい」


『・・・。わかりました』


 やけどで喉を痛めてしまっている。

 そのために、少女は、声を出すのも辛い。変わってしまった声が好きには・・・。もちろん、執事や護衛もわかっている。


 ユウキが、少女のやけどの状況を知った上で、”元の生活を取り戻す”と言った言葉を信じてみたくなってしまっている。


 ヴェルとパウリが、少女の案内を行うために、執事と護衛に挨拶をする。護衛は、そのまま少女を護衛するようだ。ユウキたちから見たら、必要はないが、ユウキたちを信頼する以前の問題として、護衛は必要なのだ。


 少女に付いてきた人間は、執事が1人と護衛が3名。身の回りの手伝いを行う者が2名。少女を含めて、7名だ。

 ユウキは、人数を確認して、セシリアに監修を頼んでよかったと考えていた。それまでは、大きな部屋と、護衛とメイドの部屋だけを作っていた。執事が付いてくる可能性と、同時に父親が付いてきたら、貴賓室は別に必要になると言われて、部屋を整えた。護衛の人数は、セシリアの予想では5名だったが、3名と少なかったのは、父親が同時に来なかったからだろう。メイド(侍女)の人数は予想通りだった。


 ユウキは、部屋に残った執事をソファーに誘う。


『ユウキ殿とお呼びしても?』


「はい。呼び捨てでも大丈夫です」


『ありがとうございます。私は、ミケール。今回のお取引の全てを任されています』


「わかりました。いくつか、質問をさせてください。もちろん、問題がない範囲で構いません。答えられないことは、答えられないと言って下さい」


『わかりました』


 それぞれが、母国語を話しているのに、会話が成立している不思議な空間で、ユウキが質問を始める。


「まずは、ミケール殿は、彼女の味方ですか?」


『当然です。旦那様から、お嬢様のことを頼まれる以前に、私は・・・。お嬢様に、命を救われました。私の命は、お嬢様の物です』


「差し支えなければ、事情を教えていただけますか?」


『ユウキ殿は、お嬢様の事情をどこまでご存知なのですか?』


「事故で”やけどを負った”としか知らされていません」


『その”事故”のことは?』


「いえ、何も・・・。お取引には、関係がないことだと、調べても居ません」


『わかりました。ユウキ様のご質問に答える前に、質問をしてよろしいですか?』


 ユウキは、ミケールが”殿”から”様”に敬称を変えたのに気がついたが、より自分たちを信頼してくれているのだろうと、気にしないことにした。


「はい。”必ず、答える”とは言いませんが、答えられる質問には、真摯に返答します」


『ありがとうございます。ユウキ様は、グレアムとの取引がありますか?』


「グレアム?初めて聞く言葉です。会社ですか?人ですか?」


『お嬢様の伯父にあたる人物です』


「そうですか?そのグレアム殿とは、付き合いはありません」


『神に誓えますか?』


「信じる神が居ないので、神には誓えませんが、私が心から信頼する親友たちに誓います」


 ユウキは、ミケールから視線を外さずにまっすぐに見つめながら宣言する。嘘を言う必要はない。


『ありがとうございます。ユウキ様。失礼な質問をしてもうしわけありません』


「いえ、大丈夫です。必要なプロセスなのでしょう」


『はい。お嬢様は、今でも命を狙われています』


 ユウキは、先程の握手の時から感じていた。保険として、二人を付けたが間違っていない。


「・・・。そうですか・・・」


 父親や保護者が一緒ではないのは、裏で蠢いている者たちを始末するか、おびき出すのが狙いなのだろう。ユウキは、口には出さずに、執事を見つめるだけに留めた。


『ありがとうございます』


「私は、何もしていません。取引が無事に済むことを望んでいるだけです」


『お嬢様の怪我の状況と、事故のお話をいたします』


「お願いします」


 必要があるとは思えないが、状況を知っておく必要があるかもしれない。

 ユウキたちの拠点に攻め込める者はいないとは思うが、警戒をしなければならないのなら、敵が誰なのか知っておく必要がある。


 執事は、事故の状況から話を始める。

 ユウキの想像以上に酷い状況だった。


 執事と身の回りの世話をする二人は、少女の機転で命を救われた。詳細な説明を、執事はしなかったが、執事と二人の侍女が、少女の味方であると印象づけることは出来た。実際に、3人は少女を害する理由がない。

 護衛の3人は、古くから少女の父親に仕える者で、こちらも少女を害する理由が見つからない。


「わかりました。この拠点に居る間は安心してください」


『ありがとうございます』


 ユウキは、執事から聞き出した少女の症状を聞いて眉を潜めた。


「手を握った時の違和感は、”それ”だったのですね」


『はい』


「ミケール殿。正直に言います。ポーションだけでは、お嬢様の症状は完治しません」


『・・・』


「なので、守秘義務を課すことが条件ですが、提案があります」


『守秘義務?』


「はい。お嬢様への施術を行う時には、ミケール殿ともう1人だけの付添でお願いします。そして、部屋で行われたことを他言しないことを条件にしたいと考えています」


『・・・。わかりました。お嬢様が治るのでしたら、私の命を差し出せとおっしゃっても承諾するつもりです』


「私は、悪魔ではありません。ただの”魔法使い”です」


 ニヤリと笑うユウキの顔を不思議そうな表情で眺める執事は、この少年ならお嬢様を治してくれる。何件もの病院から断られた。火傷の跡を消すために何度もメスを入れられて、その度に、心を削られてしまった。お嬢様を救ってくれるかもしれない。


 ユウキが執事に告げた、”魔法使い”という言葉に縋ってしまいたくなる。


 執事は、渡された守秘義務が書かれた紙を読む。英語で書かれている。


 不思議なことに、守秘義務には違いはないがペナルティに繋がる文言が記載されていない。ユウキは、”問題はない”と執事からの質問を一蹴する。

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