不要な外出

今、とある国で感染症が流行っていた。最初こそ軽い咳などの症状のみだが、次第に咳は酷くなり、熱も急激に上がり始める。最悪死に至る事も珍しいことではない。感染力も凄まじく、日に日に感染者は増えていく。しかし未だワクチンは完成していない。なので皆警戒し、対策を練っているのだ。


 ——今日は330人。先週に比べ、約3割程の増加が見られており、政府は対応に急いでいます——


 テレビの中にいる四角い機械がまるで時報のように今日の感染者数を数えている。その機械的な声は皆毎日のように聞いていたし、とっくに飽きた情報だった。国民がテレビを前にし、何も進展がないこの情報を聞くのは、正直滑稽とも言えた。


 博士もまたその一人で、呆けながらテレビのニュースを見ていた。そして特に悲観とも達観とも言えない溜息を一つつき、こう言うのだ。

「なんとも愚かしい。政府の優しい呼びかけは、あくまで政府自身の不要な外出を擁護しているようだ。そのままでは当然、減る訳もあるまい」

博士は職業柄外に出ることはあまりしなかった。必要な買い物はネットで頼み、何とも便利な配送用ロボットが運んできてくれるのだ。だから博士はかかっている訳も無く、この感染症は博士にとってはノーダメージと言えた。

 

 だからこそ、今の状況は納得し難いものがあった。幾らでも改良できそうな職場環境や人の出歩きを少しも改良しない。最近ようやく遠距離で仕事をし始める企業が出たぐらいだ。中には娯楽や仕事上の集まりと装い密かに集まる者たちまで現れた。政府は他の国にだけは行かない様厳しく取り締まってはいる。しかし、いざ国内での感染対策はと言うと、どこまでもあやふやではっきりとしない、穴をすぐ見つけられそうな取り締まりしかないのだ。


 そこで博士は一つのウイルスを使うことにした。以前偶然見つけたものだが、なにぶん使い勝手が分からず、保留にしていたのだ。感染力はとても強く、現在のウイルスを上回る程だ。半ば強引に助手に試し、その症状を確認した後、博士は遠慮せずそのウイルスをばら撒いた。


そんな事をし始めて一週間が経った。感染者数は横ばいになってきている。

「博士、あのウイルス大丈夫ですか?まさか、僕死んだりしませんよね?」

若干の咳をしながら助手はそう聞く。助手は症状が治ってきたが、依然顔には不安の色が残っている。それとは対照的に、博士はマスクの一つもつけず、余裕そうに笑っていた。

「なに、安心したまえ。あのウイルスは軽い風邪の症状を引き起こすのみで、大して強いウイルスでもない。一週間もすれば治る、大したことないウイルスさ。しかし、不要な外出をする奴には十分なウイルスだ。……どうだね助手」

博士は助手にこう問いた。


「とても、外に出る気分じゃないだろう?」

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