世界最後の希望

 「巨大な隕石が地球に近づいています。このままでは数日後にこの地球は終わりを迎えるでしょう…」

博士はテレビの声が喧しかったので、電源を切った。博士は幾度となくその情報を聞いていたし、テレビもこれしか報道が出来ない状態だったからだ。皆が『最後に何か』、『最後の~~』と言う決まり文句を言い続け、中には悪行に走るものもいた。博士はそんな中ずっといつも通り研究を続けていた。


 暗く冷えた研究所では、博士が巨大な宇宙船をを造るべく試行錯誤して部品を造っていた。中には非常に高価なもの。貴重な物もあり、目玉が飛び出る程の材料費がかさんだ。それを調達するのは助手で、毎日と言って良いほど金融会社に行き、荒廃していく世を見るのだった。勿論金融会社も頼れるところは少なく、終わりだからと言って無茶苦茶にしてくれる会社を探して行くしかなかった。

「博士、もう金はここらでは借りれません。もう研究なんてやめましょうよ」

助手は悲痛な願いを震えた声で、そしてか弱く叫んだ。電気会社も運営していない中でさえも、博士は研究を続ける。その寂しい白い背中を見続けるのは限界だった。

「助手。…もう機体は完成した。もう君は何もしなくていい」

博士は冷たい声で言い放った。助手は突き放された気分になり、むしゃくしゃとしながら外に出た。遠い空には黒い小さなシルエットが見える。冷たい風が、木々を通り抜けた。


 終わりの日まで、あと二日だった。博士は今度はPCに向かってひたすら何かを打ち込んでいる。助手は博士を惨めに思った。そこまでして自分の命が助かりたいかと。我々の愛すべき星に、愛は無かったのかと。助手は外へ出向き、青天なのにどんよりとした商店街に行った。やけに人が忙しなく歩く。道行く人々はまるで普段通りの日常のように歩いている。まるで空の上の異物は無いもののように。しかし空元気な店主や、真面目な顔をして歩いている学生も、腕時計を見て走るサラリーマンも、皆顔に陰りがあった。それでも今日をのうのうと生きていくしかなかった。それが彼らに与えられた最後の行動なのだと。皆が悟っていた。


 残り一日には、博士は外で機体の準備をしていた。助手は今日も外を見回る。もう外には誰もおらず、皆大切な人と最後の一日を過ごそうとしているようだった。涼しい風が一陣通り抜ける。無数の烏が電線に止まっては一勢に飛び、終わりを告げるラッパの代わりとなる。助手はとうとう自分が惨めになった。仕方なく一人寂しく研究所に帰り、最後の発明品を見物することにした。

 博士は助手を見るや否や、すぐ助手の体に付けていた小型カメラを取り外した。助手は驚き、博士の行動は理解できないと言う。博士はふっと微笑み、機体の中に入ったあと、また出てきて、機体の扉を厳重に締めた。突如として爆風が吹き、宇宙船はみるみるうちに見えなくなる。助手はまたしても驚き、こう言った。

「何故です。この星はもう終わるんですよ」

博士は消え行く宇宙船を見上げ、言った。

「私が他の星へ逃げようと、この星を言葉で伝えることは出来ない。言語も違うのだから当然だ。そこで私は考えたのだよ。言葉が無理なら画像や動画、絵でも良い。視覚的な情報を与えようと。君がこの数日間集めてくれた日常の日々もね。そして理解してもらうんだ。もう消えるこのちっぽけな星を。アホ臭い文化を。そしたらもう、私なんていらない。あの機体が、我々の希望を乗せてくれているのだから」

博士は笑っていた。その顔には何かの自信や、未来を感じさせた。遠くから轟音が鳴り始める。熱風が吹き付ける。それでも彼らは、はるか彼方の空を見上げていた。

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