VRな事件

 今日は、盛大なる日だ。我々はこの世界から一時的に抜け出す画期的な方法を思い付き、実行した。それは仮想世界の開発だ。今日という日のために、人々は続々と施設に集まる。施設に用意されたこの椅子こそ、彼らを仮想世界へと誘う発明品だ。皆次々と座り、その体は椅子から出される機械類により見えなくなる。しばらくして機械類が収納されると、皆はこっくりと頭を下げているのだ。この反応こそ仮想世界に行った合図だ。仮想世界とは、ある意味夢と言うものに近いものだ。実際には何もしてなさそうでも、仮想世界の中ではしっかりと意識がある。ただ違うのは、夢よりもずっと明晰で、自由ということだ。


 続いて、私も腰かける。自身の体を覆うように複雑な機械が私を囲む。その次の瞬間に私の意識はふっと無くなり、気付くと見渡す限りの白い部屋の中で、私は一人座っていた。回りを見ると、点在する椅子の姿と、この大きな部屋で呆ける人々の姿があった。見たところ気分が良いものでは無いらしく、その内の数人にどうしたのかと話しかけると、皆は口を揃えてこう言った。

「どうやって帰るんだ?」

至極簡単な問いだったが、今までにない焦りを感じる難問だ。再び椅子に座る。…何も起きない。これはまずい事になった。純粋に、そう思うのだ。


 まず、私たちは外に出ることにした。この世界の土地は基本ランダム形成なのだが、最初に配置される場所はこの場所と決まっている。よってこの空間においては私が一番知っているのだ。見辛いドアを、手触りで確認し開ける。次はもう少し分かり易くする必要があるようだ。次があるか分かったものでは無いが…。


 外は思っていたより普通だった。ランダムとは言っても、現実に寄せる形になるらしい。と、外の風景に感心している場合ではなく、私は皆にある目標をたて、旅をする事を告げた。

「文明の発達している国に行くこと」

土地と同時に、生物もランダムに形成される。文明が発達している生物がいれば、私がもう一度、帰る専用の椅子を開発出来るはずだ。言語は統一しているから、私たちの言わんとしている事はきっと相手に伝わるだろう。そうして、私たちは旅を始めた。


 旅を始め、体感的には一年が経った頃。ようやく文明が発達した国に行くことが出来た。数人気が触れ、どこかへ去っていった者も居たが、大半の人間が生き延びた。そこから話はトントン拍子に進み、とうとう人数分の帰る椅子を創る事が出来た。皆は安堵して座り、意識を失って行く…。いや、仕方ない事だろう。現実には戻れない事など、とっくの前に知っていた。皆の体がここから消えていない事がそれを確定づける。かなり寄せたつもりだが、気に入って貰えるだろうか。今度の世界はランダム形成じゃない。私が全て作った世界だ。つまり、私が全てを知る者となる訳だ。それもまた良いじゃないか。現実から完全に逃げ切った今日は、盛大なる日だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る