3-2

 同じ待機場所に志保がいないことに安堵していた。会場内に入る。階段を降りてフロアへ入ると真ん中の位置に志保ともみじが二人で肩を並べて立っているのを見つけた。今だったら。

「志保さん、もみじさん!」

 元気良く志保の肩をタッチした。ここで初めて会ったもみじが小さな声で挨拶したが、振り返った志保は不思議そうな顔でリョウを見つめていた。

「あっ、リョウくん」

 くん付けで呼ばれた。気がつけば十二月のライブで知り合った絢香もそこに居た。

「あっ絢香さん、お久しぶりです。来てたんですね」

 絢香と初めて会った十二月のライブ。そのバンドのドラマーが今日のライブではサポートメンバーとして参加している。その縁で志保とリョウもそのドラマーのバンドも好きになった経緯がある。今度は絢香が逆にサポートをしているバンドを見に来ていたのだ。

 志保と絢香、リョウともみじのペアで会話が弾んだ。十分ほど経った時に背後に背が高く長い髪を三つ編みに結んでいる女性が小走りでやって来た。それに気がついたもみじが軽く首を縦に動かした。会釈をしたようである。その女性とはRicoであった。

「今、流れている曲、知っています。デペッシュ・モードのエンジョイ・ザ・サイレンスっていうんですよ」

「へぇ〜そうなんですか」

 最近になって洋楽を聴き始めたリョウは初めて自分が知っている曲が流れてきたので、興奮気味にもみじに教える。

 立っている位置からもみじはリョウと話しやすいのだが、たまに後ろを振り向き背後に居るRicoとも話している。

 さらに小柄の女性があまりスペースが無いほど満員になりつつなる中、やや強引にリョウの前に入ってきて志保に話しかけてきた。どうやら先ほど自分が避けた集団が再び集まって来ていると察した。

 今は志保ともみじが居るということで、ここに立っているが前を見てもステージ正面ということもあり、人が集中して見えずらい。ライブが始まったら端に寄り視界を確保しようと思ったリョウ。開演時間は間もなくであった。


 まさかの前日とセットリストを大幅に変えてきた、これにはファンも大喜びである。リョウも当日券で後ろの方で見ていた昨日とは違い、最後は中心に入って大いに盛り上がった。客電が点いた時、絢香が目の前にいてリョウから背を向けていた。人を掻き分けて出ようとする人に押されて半ば弾かれそうになっていたので、それをリョウは受け止めてつまずかないようにしてあげた。

「大丈夫ですか? ライブ良かったですね」

「あっ……ありがとう」

 絢香は興奮しながら今日の感想を語った。何やら個人的に一番好きな曲が音源とは大きくアレンジされていたのが泣きそうになるくらい良かったらしい。その流れでドリンク交換をして出入り口付近まで戻るとまた嬉しい知らせがあった。

 今年の九月下旬から十一月初旬にかけてまたツアーがあると出入り口前に張り紙が貼られて告知されていた。

 これを見たファンの中には歓喜のあまり「ありがとう!」と大きく叫ぶものもいた。

 今日はアルバムを出して初のツアー最終日、早くも次のライブが決まったとはいえまだ三月下旬、次のライブまではまだまだ先の話といってよいだろう。

 次、隣に居る絢香と会えるとしても夏を過ぎて秋、志保やもみじとも。

 ライブハウスを出ると外に志保ともみじ、もう二人、リョウの周りに居たRicoと、よく見たらまだ学生であろうあの小柄な女性も居た。

「あっ、リョウさん、次のツアー決まったね〜」

 そのまま今度は志保と歩きながら話した。前には絢香ともみじが話している、後ではキャーキャー叫びながら、ユウスケくんのおへそが見えた、脇毛がどうのこうの、途中から脱いだ汗が染み込んだシャツを嗅ぎたい……という傍から聞いたら若干ひいてしまうようなトークが繰り広げられていた。

「あれ、今僕たちどこへ向かっているのですか?」

 会話に夢中になっていてあまり気にならなかったが、明らかに駅とは違うルートを歩いてることにようやく気が付いた。

「あっ実は今日の荷物、Ricoさんのホテルに置かせてもらっているので今からホテルに向かいます」

 ホテルに入るRicoと志保。その出入り口前で待たされる絢香ともみじともう一人の女性。

「どうも遅れましたが、初めまして私、美羽って言います」

「あっこちらもすみません、リョウです、初めまして。もしかしてまだ学生さんですか?」


 美羽みうはやはりまだ大学1年生であった。今年四十歳になるもみじは倍の歳の差にめまいがするといったリアクション。三十代前半の絢香もその若さに羨むような目で見る。様々な世代が今、こうしてかいする事ができているのはやはりネットがあったからこそだ。インターネットの登場は間違いなく世代の壁を取り払ったとしみじみ思うリョウ。

「良かったらツイッターで繋がりましょう」

 待っている間に美羽ともフォローしあった。そんなやり取りをしている間にRicoと志保が戻ってくる。

「今から打ち上げの場所に行きますけど、男性の方はどうしますか?」

 若干、力強い声でRicoがリョウに聞いてきた。あの時、自分を睨めつけていたかもしれない女性。

 もしかしたらここに自分が居るのは不相応と思っているのかもしれない、一応、志保とかと仲良いみたいだし、仲間外れという形にはしたくないから建前上、聞いているけど……そんなことを思うと喜んで行きますとは言えなかった。

「残念ですけど、今日は時間ないので」

 深々と頭を下げて断った。

「そうですか、それは残念」

 打ち上げに行くのはRico、絢香、もみじの三人であった。美羽と志保は帰るというのでとりあえず駅まで全員で向かった。その駅までの道のりではもみじと話した。

「では、ここでお別れですかね。また会いましょう」

 改札が目の前に迫ると後ろを振り向き、輪を作るように互いを見合った。数秒、無言が続いたのでリョウがたまらずこう言葉を発する。

「あのっ、お別れの前に、私のアカウント探しておいてくれますか?」

 うわずったような声でRicoがいきなりリョウにこんなことを言ってきた。この言葉が意味することを瞬時に理解することはできなかったがその前に美羽とのやり取りがあったので、なんとなくツイッターで繋がりましょうということなのかと解釈した。

「えっーと、お名前は?」

「りこ、ローマ字表記でアール、アイ、シー、オーでRicoと言います」

 そう言いながらスマホの画面を見せた。

「分かりました、あれですよね、志保さんとかもみじさんのフォローしている中から探せば見つかりますよね?」

「はい、見つかると思います」

 最後の最後でRicoとも繋がった。志保と会ってからというもの、ライブに行く度に繋がりが増える。嬉しいことでもあったが、彼女は自分の存在をどう捉えているのか、いまいち分からなかった。

「私、こっちの線なので、また!」

 改札に入り美羽とは早くも乗る線が違うということで別れた。リョウと志保が途中まで同じ線で帰ることになる。

 電車を待つ合間、こんな会話をした。

「志保さん、フォロワーさんの顔って覚えるの大変じゃないですか?」

「そうですね、まぁでもその内、覚えますよ」

「僕、ちょっと他人より人の顔と名前を一致させるの苦手なんですよね。ましてやこういうライブでお会いする方って三、四ヶ月に一回しか会わないじゃないですか」

「確かに。ちなみに私の顔は覚えました?」

「そこは、もちろん。だって最初に会ったんですから流石に覚えますよ」

「よかった!」

 そう言いながら無意識に出た左こぶしにリョウはハイタッチの仕草をしてそのまま流れるように手のひらを重ねた。


 ……このままリョウとの繋がりが広がったらいずれライバルが増えることになるかもしれない。

 現にもう察知していた。同性と話す時は冗舌だが、男性と接するのは下手で助かったが、はっきり言って見た目では敵わない。


『リョウさん、フォローありがとうございます!今日は一緒に打ち上げできなくて残念でしたが次のツアーは全通するつもりでいるのでまたどこかで会ったら今度こそ打ち上げしましょうね!』

 Ricoから返事が返ってきた。正直、世間体を保つためにフォローし合いましょうと言ってきたと思っていたがいつか打ち上げしましょうと付け加えられていた。嘘でもこんなこと言うだろうか。やっぱり女性の気持ちは分からない。それでもリョウは自分が思っているほど嫌われてはいないかもしれないと思い一安心した。

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