2-1

 このダイレクトメッセージを受け取った時には遂にきたか、そんな予感していた事が現実になった心境になる。ここまである日をさかいにライブの前後、それどころかいつの間にか普段から頻繁に絡んでくるようになって、もしかしたらとは思っていた。なんならいつかのライブでこっちから言ってみるべきだったかと思うも、それでもリョウがその気になれなかったのは過去の経験に起因していた。

 断る理由はない。向こうから声をかけてくれて嬉しくも思う。ネット上で知り合った人と実際に会うのはいつぶりだ? いや『初めて』だった。ライブまで一ヶ月を切っているとはいえまだ先のこと、それでも今からやや緊張した面持ちでその日を迎えた。


 気の早い人が仮装をしていた。もしもハロウィン当日とライブの日が被っていたらと思うとゾッとする。ライブでは子供のようにはしゃぐリョウも渋谷駅周辺で行われるハロウィンという名のコスプレバカ騒ぎにはうんざりしている。この渋谷の地ではここまで数々の思入れあるライブが行われてきた。そういう意味では渋谷は好きな場所であるはずなのだが、複雑な心境を胸に今日のライブハウスへと向かう。

 このライブ前、4日前にニューアルバムをリリースした。そんなレコ発ライブの側面もあった今日のライブはやはりいつもと流れが大きく異なった。アルバム収録曲全12曲を演奏して、バンドのこれからの方向性が示された。今まではインダストリアル・ロック、そこにノイズの色合いが強かったが、新作にはシンセポップな曲調、ニューロマンティックを思わせる曲が大半を占めて大胆な方針転換をした。このいつもと違うライブを目の当たりにしたリョウは来年の3月からのアルバムツアーが早くも楽しみになっていた。まだバンドの新しい姿に慣れていなかったが、間違いなく良い変化だと確信していた。その想いをいつもだったら早速ツイッターに長々と書くのだが今日は志保と会う約束をしている。簡単な感想をツイートして、先ずは一旦、渋谷駅に戻ってロッカーに入れた荷物を取りに行くことにした。


『ライブお疲れ様でした、良かったですね!僕は一旦、駅に戻ってロッカーに預けた荷物を取りに行くのでまたご連絡します』

 そう志保にDMを送り駅へと向かう。なぜライブハウスに備え付けられているロッカーを利用しなかったのか? リョウには心の準備が必要だった。


 中にはネット上で知り合った人となんの躊躇いもなく会える人もいるらしいがリョウにはその度胸が理解できないでいた。

 確かにこうして夢中になっている趣味を語り合える友達が欲しい、周りにいないなら今の時代ならネットから探して、リョウもそう思って高校生の時からmixiに手を出したがどうしても直接、会いませんかと声をかける勇気が持てなかった。

 しかし実は以前も、志保のように別の人物が向こうから今度のライブで会いませんかと声をかけてくれる人がいた。ここでも、これはありがたいと思い喜んでライブ当日に会う約束をしたのだが……。

 その誘った人物はある日いきなり毎日のようにしていたmixiの更新が急に途絶えてしまうのであった。

 それは約束のライブ当日を迎えても、その後もずっとであった。

 その人はうつ病を患っており今は療養中だとは普段の更新から知っていた。親がいまいち病気のことを理解しておらず喧嘩したとも明かす。

 この背景からリョウは嫌でも悪い想像をしてしまった。

 昨日まで普通に画面を通して話していたはずの人が、前触れも何もなく関係が切れてしまう危うさを知るリョウ。それがなんだか怖くてmixiを思い切って退会してしまった。

 本当は直ぐに、いとも簡単に切れる大した関係でもなかったと思うと虚しくなり、無言で……。


 あれから7年が経つも、好きなバンドのライブ通いはやめていなかった。

 そしてリョウはまたネット上に姿を現してライブの感想などを今度はブログで発信することで再開した。大学でも誰も同じ趣味を持つ人とは出会えなかった。やっぱりこの想いを胸の中だけにしまっておくよりもどこかに吐き出したい、という欲求が再びリョウを駆り立てた。

 就職してからはツイッターも始めた。今は速報的な感想をツイッター、それらの感想を長文に書き直したレポートをブログにと使い分けている。ブログには定期的に読んでくれる人が付いたし、ツイッターも少しづつ繋がりができ始めている。それでもまだ自らお会いしませんか? とは言えないでいたのは変わらなかった。


 ……そんな過去を振り返るリョウ。

 今日は今までの人生の中で『初めて』の日となる。今まで踏み出せなかった一歩、結局、自分からは無理だったけど、それでも自分の中では歴史的な日になるのは間違いない。井の頭線乗り場の前にあるロッカーから黒いバックパックを取り出す。スマホを確認すると返事が来ていた。


『お疲れ様です(o^^o)了解しました、ライブハウス前をうろちょろしていますので戻りましたらまたご連絡してください』

 来た道を戻る。道中、思い出したようにバッグからマスクを取り出した。自分がリョウだと外見だけで分かるように何か特徴あるものを身に付けようということで持ってきたぶつであった。これだから顔を見たこともない人と会うのは大変だ。辺りを見回し東急ハンズへと入る。そこのトイレの鏡の前でマスクの装着具合を確認した。東急ハンズから出る前に志保にもう直ぐ着く旨を伝える。


『あと5分くらいで着くと思います。茶色いジャケットに、マスクをしているのが僕ですのでそれっぽい人を見かけたら声をかけてください!』

 ライブハウス前にはまだ今日のライブをみた人であろうファンが2、3人くらいの塊を幾つか作り楽しそうに話しをていた。道の端に所々、人がぽつんと立ってもいるが誰が志保なのかもちろん分からない。2、3回、首を左右に動かして周り見る、視線を正面に戻した時に、右斜めから、その塊から抜け出して誰かこっちに向かって来た。


「リョウさんですか?」

「あっ、志保さんですか?」

「はい!」

「初めまして、リョウです」

 先ずは無事に会えたことに安心した。ネット上の言動からその容姿をつい想像してしまうがそれが当たることはそうそうないと今日、志保と会って実感した。学生ではない、仕事をしてて、転職もしたらしいから大人の女性かと単純に思ったが背はこちらから見れば若干、見下ろさなければいけないほど小柄であった、服装からまだ大学生と言われても疑われないような見た目だった。これは歳は近いかもしれない。

「これお土産です、どうぞ」

「ありがとうございます。こっちもお菓子があるのでもらってください」

「あっ、すみません、ありがとうございます〜今日のライブやばかったですね」

 会うとはいえ志保は色んな人にこのお土産を配っている人。この界隈のファンの中でも知名度がある方だ。もしかしたらお土産を渡して、軽い挨拶を済ませて、さようならということもあるかもしれないと想定しておいたが志保は今日のライブの話題を振ってきた。

 ここから15分ほど談笑することになる。一応風邪気味というていのつもりでマスクをしていたが、そのマスクも途中から外した。リョウは本当に自分と親しくなりたくて会いたいと言ってきたのだと感じた、その嬉しさが遅れて、じわじわとこみ上げてくる。


「お知り合いですか?」

 もう一人、三十代後半くらいの女性が話の輪に入ってきた。

「あっ、もみじさん、リョウさんだよ。確かお互いフォローしあっていますよね?」

「えっ、もみじさんですか?」

「わぁ、リョウさんでしたか。あの、これお土産です、もらってください、できれば全部配りきりたいので」

「どうも、ありがとうございます」

「志保さん、そろそろ打ち上げ予約している時間ですよ」

「そっか。リョウさんも来られます?」

「僕は、ちょっと明日も仕事なので、残念ですけど、時間ないですかね」

「そうですか。ではまた次のライブで」

「はい、いずれまた」


 志保、そしてもみじと別れたリョウ。数メートル先には4、5人の女性が集まっていた。やはり志保の交友関係は広い。その行動力に感心した。

 今まで足りなかったものがようやく満たされたようだった。楽しかったライブをこうして直ぐに、直接、誰かと語り合う、これがしたかったのだと改めて確認した。

 今まではずっとスマホの画面が相手だった。今となってはツイッターにツイートするのはどうでもよくなっていた。ライブはまさに生だから良い、人との触れ合いもそれと同じだった。志保に感謝した。今思えば濃くも一瞬のひと時、その志保の、そしてもみじの顔を次、会う時も覚えていられるのか、いささか不安であったが今度は自分から声をかけようと決めた。

 今日はいつも以上に気持ち良く眠れそうだと遠ざかっていく二人を見送りながら思うリョウであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る