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 外に出るだけで決死の覚悟が必要だった。それでも人は外に出る。推しのライブのために。夏といえば音楽ライブをやるのに一番良い季節と思う人もいた。今は不要な外出は控えるようにと勧告が出る、この時期にイベントをやるというのは主催する側、もちろん参加する側も一層の危機管理が求められていた。


 志保の周りには人がたくさん集まっていた。まだ開場どころかグッズ販売すらされていない時間でも気合いの入っている遠征組と言われる層は昼頃には現地に到着している。こうして会いたい人に一刻も早く会いたいがためにも。志保は好評を得た自身の描いたイラストを、この日のライブに向けて描き下ろした。それを印刷して、ツイッター上で繋がっている人に配布することを今回のライブからしていた。それきっかけで会いたいという人が急増したのだ。


「初めまして」と方々から声をかけられる。代わりにお菓子などのお土産をくれる人もいて早くも志保のリュックの中はそれで一杯になりそうであった。


「志保さんですか? 初めまして、ようやく会えましたね、Ricoです」

 予想とは裏腹に可愛いお嬢さんという風貌であった。今日のライブで一緒にチケットを取ったRicoと合流した。Ricoとは志保がツイッターを始めた当初から早い段階で繋がっていた仲であった。最近になってある地元ならではのツイートをきっかけに同じ県出身であることが判明して親近感が湧いた。ショートボブでややぽっちゃりしている自分とは違い背が高く足も長い、眼もぱっちり見開いており、髪の毛も肩まで達していた。アカウント画像はよく分からない動物のイラスト、仕事の愚痴を日常茶飯事に呟いているツイッター上とはえらいギャップであった。

 グッズ売り場の列に並びながらRicoと楽しく会話していた時に、あの男性が会場前に現れた。透過率の低いサングラスをしていても髪型や体格からなんとなく察しがついた。今日は着丈が九十センチは超えている黒い半袖のロングTシャツを着ていた。夏らしくも、こだわりもしっかり見られる服装に毎回感心させられる。いつものように会場に着いたらライブハウスの写真を先ずは撮っていた。


 開演前のSEとしてダフト・パンクの「Get Lucky」が流れていた。あと十分で開演するということでフロアも静かに興奮が高まる。今日は自分の左斜め前にあの男性が居た。左、真横にはRicoがいる、Ricoが話しかけて首を横に振る度にあの男性の横顔が視界に入る。開演が迫っているからか、スマホをポケットの中にしまう。最後にツイッターの画面らしきものが表示されていた。


『もうすぐ開演、楽しみ』

 リョウがそうツイートをしていたのを確認する。


 終演後フロアには衝撃を隠せない人で溢れかえっていた。久しく演奏されていなかった曲を披露したり、アンコールではこのバンドのお気に入りの曲ということでカバーしてシングルのカップリングとして収録されたエコー&ザ・バニーメンの「The Cutter」が披露された。

このカバー曲は去年の対バンライブの最後に共演者のボーカルと交互に歌うという形で初披露された曲である。このたび、遂にワンマンライブでフル演奏された。

 さらに嬉しいことに退場時に配られるフライヤーには10月下旬のライブを知らせるチラシも含まれていた。今宵のライブもこの上ない幸福感に包まれて終演した。

「いや〜志保ちゃん、今日のライブ本当に良かったね! あの曲も聴けたし」

 共にライブを見届けたRicoが興奮冷めやらぬ様子で話しかける。志保は軽く笑顔で頷きながらも意識は別のところにあった。あの男性が左手にスマホと右手にドリンクを飲みながら幸せそうな表情を浮かべている。


『やっとあの曲が聴けた・・・感無量! それに今日は間違いなく貴重な瞬間が見られたライブ、こういう普段とは違うこともしてくれるからライブ通いはやめられないよな〜』

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