わたしたちには顔がない。

一ノ瀬からら

 

 私たちが、学校の校庭に咲いた満開の桜を見ることや、その匂いを知ることはありませんでした。

 初めて見た同級生の顔の半分は、白色で(たまに黒や、カラフルの子もいましたけれど)。

 数日間は、同じクラスの生徒の顔をまったく覚えられないまま過ごしました。


 私たちは会話に苦労しました。目元でしか人となりを判断できないし、昼食も距離をとって口元を見せないのが当たり前だったから。


 でも、そう悲観している時間は、私たちにはなかった。


 数年前までは髪色は黒で当たり前だったものを、しかし顔が同じでは判別がつかないからと、自分の好きな髪色に染めることにしました。マスクにも、メイクや絵の得意な子が率先して、恐竜や、白雪姫や、色んな絵を描いてくれたのです。


「まるで、みんながキャンバスみたいね」


 叱るのが普通だというのに、担任の若い先生は笑いながら褒めてくれました。正直、辟易していたのかもしれません。女の子も男の子もメイクさえしてしまえばほとんど同じ顔になるから。

 他のクラスの先生は怒っていたけれど、彼女は素知らぬ顔で生徒の表現を楽しんでいるようでした。


 今の私たちはもしかしたら、どの時代の誰よりも“個性”なんて持ち合わせていないかもしれない。でも顔を描くことで、好きな色を主張することで。自分らしさを表現できる。


 それに、内緒なんだけれど。私達だけの楽しみがあるんです。


「あ……桜井……」


 ピンクベージュに染めた髪の色で判断してくれたのか、話しかけてくれたのは青髪の男の子。マスクには牙みたいな模様がジグザグに入ってる。


 私の、好きな人。


「あのさ、桜井。俺――」


 “人前で、マスクを外しちゃいけない――”


「うん……っ」


 お酒や煙草のように、私達がしちゃいけないことが増えました。


 でも、それでも、この感情は止められない。


 マスク越しじゃ分からない、あなたの香りを知りたくて。


 伸ばした手が、唇に触れられたら。私はきっと幸せを感じられるから。



 ――ねぇ先生。私は、いけない子?

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わたしたちには顔がない。 一ノ瀬からら @Ichinose_Karara

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