二章「妄言懐古譚」

#1

「ねえ、君にはこの絵が何に見える?」

 ぺとり、ぺとり。

 二人きり、少しばかり窮屈な部屋の中。静かに絵の具を置いていた彼女は不意に、そう問いかけてきた。キャンバスに向かいながら首すらも動かさなかったので、ともすれば自身の作品に話しかけているのかと勘違いしてしまいそうになる。

 けれど、それは間違いなく僕に対しての質問だった。他の誰でもない、背後で彼女をぼんやりと眺めていた、愚鈍な僕への問いかけだった。

 彼女が描いていたのは、一匹の鳥だった。嘴から尾羽の端までが、真っ黒に染められた一羽。背景は青一色で、まるで大空を飛んでいるかのように見える。

「何って、黒い鳥だろ。空を飛んでる、黒い鳥の絵だ」

 僕の答えを聞いて、君は微笑む。僕の愚かさを哀れむように。そうでなければ馬鹿にするように。口角を上げて静かに笑う。

「そう、そうだよ。これは黒い鳥の絵だ。きっと多くの人がそう言うだろうし、描いた私自身にもそう見えているよ」

 ばいばい、ぶらっくばーど。彼女は小さく言った。

「なんだよそれ。また難しいことか?」

「難しくはないよ。カラスは不幸の象徴って、それだけだよ」

「……それで、この絵がどうしたんだ?」

 僕には彼女の言いたいことがわからなかった。カラスが、というのなら、この鳥はそうなのだろう。だが、それが意味するところは一向に掴めそうにない。

「そうだね」彼女は僕の方に振り返る。「じゃあもう一つ聞こうか」

 そのまま立ち上がって、彼女はキャンバスの前から退いた。そして、くるりと踊るように絵の裏側に回りこんで、僕と視線がぶつかる。一枚を挟んで、僕らは隔てられた。

「君にはこの絵が『鳥にしか見えない』かい?」

「鳥にしか……?」浮かぶ疑問符。確かに外側の輪郭以外に線は描き込まれていない。真っ黒なシルエット。鳥の形をした黒い塊なので、こじつければ別の形に見えないこともない。

 しかし、先程彼女は言っていた。自分でも鳥に見えていると。ならばこれは他の何物でもなく、鳥の絵なのではないだろうか?

「ふふ、そうだよ。君にとって、これはどうしようもなく鳥の絵だ。変えようもなく、きっとそうにしか見えないだろう、けれど――」

 ――彼女は、あの時何を言おうとしていたのだろうか。

 もしかするととても大切なことだったのかもしれないし、いつもの僕を煙に巻くような冗談だったのかもしれない。だが、いずれにせよ気にしても仕方のないことだ。

 もう確かめる術はないのだから。

 死人に口は、無いのだから。


***


 がたん。一際大きな揺れが、瞼の向こうの世界ごと僕を揺さぶった。

 呻きながら、ゆっくりと目を開ける。途端、日光が鋭く僕の眼球を貫いて、思わず顔をしかめた。長く眠っていたわけでもないだろうに体が重い。もしかするとまだ頭は完全に覚めてないのかもしれないな、と、僕は目を擦った。

 奥瀬町へと向かう電車の中。ボックス席の向かいは空であり、当然というか、僕の隣も空いていた。眠る前から空席だったので、余程利用者が少ないのだろうか。

 時計代わりのスマートフォンを手に取る。僕がこのローカル線に乗り換えてから、まだ一時間と経っていなかった。事前に調べた情報通りなら、まだもうしばらく電車に揺られなければならない。

 僕は座席に深く掛けなおす。そのまま首を倒せばもう一度眠りにつけそうだったが、それで乗り過ごしてしまったのでは洒落にならない。

 僕はぼんやりと車窓の向こう、流れる景色に目をやりながら僕はぼんやりと考える。

 奥瀬町。

 僕の住んでいた町からは、電車とバスを乗り継いで数時間。人口約二千人弱の小さな町で、漁業が盛ん。芸術の神様を奉っているという『絵空神社』と、夏の始まりを告げる『空想祭そらごとまつり』が有名。少なくともインターネットで仕入れられた情報はそこまでだった。

 大した魅力を持たない、言うのもなんだが、過疎化の進んだ田舎町という印象を受ける。そして、それに違わず、建物が少しずつ低く、少なくなっていく。

 あの町から遠ざかっていく。

 恩を返すべき相手も、裏切ってしまった友人もいない。

 奥瀬。その土地に、僕は何の柵も持っていない。

 たったひとつを、除いては。

「…………うっ」

 ズキン。

 頭の端が、疼くように痛んだ。そしてちらつく赤色。一瞬だけ浮かべた彼女の顔が、すぐに靄に覆われていく。このままではまずい、僕は頭を振って、どうにか赤色を追い出した。

 そのまま、シートに深く沈みこむ。脱力。ほんの少しだけ彼女のことを思い出しただけでこれだ。こんな調子で大丈夫なのだろうかと不安になる。

 何せ、僕が向かっているのは彼女の生まれ故郷だ。もしかすると、僕らの暮らしていたあの町よりずっと、色濃く影が残っているかもしれない。

 それでも僕は、自分を保てるのだろうか?

 顔を伏せながら、一つ息をするのと同時だった。

「なあんだ。貸切かと思ったら、一人いるじゃない」能天気な声。唐突に上から降ってきたそれは、僕が面を上げるより早く、向かいの空席に座り込んだ。

「それも色男。どうしたの、俯いて。お腹でも痛くなったの?」

 声の主は、僕と同じくらいの年回りに見える若い女だった。つまり二十代前半。肩口まで伸ばされた脱色した髪。服装は黒いTシャツとハーフパンツというラフなものであったが、足元に置かれたキャリーバッグはそれなりに大きいものだった。僕と同じ、遠方から来たのだろうか。まっすぐに見つめてくる大きな猫目が印象的だった。

「いや、大丈夫だ。ありがとう」僕は適当に返して、ふたたび車窓に視線を戻した。正直、今は一人にしてほしかったのだ。そのうち飽きて席を立つだろう、と思ったが、目の前の女性からその気配は感じられなかった。

「そう、それならいいんだけどさ、あんた、どこまで行くの?」

「どこまで、って。関係ないだろ、そんなの」

「いいからいいから。別に言ったって何がどうなるってことでもないじゃんか」

 僕はしばらく黙っていたが、「つれないなあ、そんくらい教えてくれたっていいじゃん」と、繰り返し聞いてくる彼女に押し負け、「奥瀬ってとこだよ……」と小さく答えた。

「へえ、奥瀬か、珍しい。じゃああたしと同じだね」少しだけ嬉しそうに言った彼女は、しかしすぐに眉をひそめた。

「でも、何で奥瀬なの? あたしが言うのもなんだけど、あそこホントに何にもないよ?」

「そういうあんただって、今から行くんじゃないのか?」

「あたしは行くんじゃなくて、帰るの。『空想祭』は近いけど、あんなの他所の人が見たって面白くもなんともないし」

「知り合いの手伝いに行くんだ。何でも急に人手が必要になったとかで」

 知り合い、でいいのだろうか。一瞬だけ疑問に思ったが、それ以上に適切な表現を、僕は持ち合わせていなかった。それに、例え何か思いついたとしても、彼女にそこまで事細かに教える必要はないだろう。彼女も相槌を一つ打っただけで、それ以上は訊いてこなかった。

 僕は再び背もたれに体重を預けた。ほんの少しだけ広がる視界。さすがに彼女が起こしてくれないことはないだろうから、今なら居眠りしても問題なさそうだ、と思ったが、会話によって冴えてしまったのか、嘘のようにまどろみの波は引いてしまっていた。

「……なあ」僕は訊く。「どうしてそこに座ったんだ? 他にも空いてる席があるだろうに」

「何? あたしの向かいじゃあ不満だっての?」

「そうじゃない、こんだけガラガラの車内で、どうしてわざわざ相席する必要があったのか、気になっただけだ」

 彼女の荷物は少なくない。空いているボックス席を広々と使えるなら、そのほうがいいに決まっている。なのにどうして、僕に絡んできたのだろうか。

眉間に皺を寄せた彼女は、ほんの少しだけ考え込むような素振りを見せた後、ぽつり。「なんとなくかなあ」

「は?」裏返ってしまった声。呆れと驚きが七対三で混ざった僕に、彼女は続ける。

「うん、だから、なんとなく。ほら、あたしさっきまで隣の車両にいたんだけどさ。端のほうで居眠りしてるオヤジのいびきがうるさくって、耐えられないからこっちに移ってきたのそしたら――」

「たまたま、僕を見つけた、ってことか」遮るように、僕はその先を続ける。どうやら間違えてはいなかったようで、彼女は弾んだ声で「ピンポーン」と言った。

「つまり理由も目的も、無かったんだな」

 呆れの割合が八割を超えた。もうじき端までが塗り潰されるだろう。大した意味も無く、見ず知らずの他人に話しかけるという行為がひどく異質なものに見えるのは、僕がコミュニケーション能力に乏しいからなのだろうか。どうだろうと自問しながら、僕は視線を外そうとした。が、それを咎めるように唇が動く。

「いいんだよ、理由なんか無くたって。あたしはただ、直感的にあんたと話したくなった。それだけ」

 女はそう言って、腰元に抱えたペットボトルの蓋を開けた。傾けて、流れる蛍光色の緑。喉が脈打って、少しずつ減っていく。派手な色のロゴが印刷された、見たこともないラベルの清涼飲料水だった。

 おおよそ飲料には適さない色に見えるが、どんな味がするのだろうか。訊いてみようか、と、そこまで考えて、ふと、これと同じなのかもしれないと思った。

 僕が飲んだことのないペットボトル飲料に興味を抱いたように、彼女はたまたま見つけた僕に興味を抱いた。

 ボトルに何かを訊いたところで、答えは返ってこないだろう。しかし、僕は人間だ。質問に答えることくらいの愛想は持っている。口にするまでわからない飲み物とは違って、話せばわかる相手だから。さながら、味見のつもりで話しかけたということだろうか。

「……いや」僕は首を振った。さすがにそれはないだろう。あまりに馬鹿げてる。そんな下らないことを考えるくらいに、僕は擦りきれているのだろうか。

「ん、どうしたの?」覗き込んできて、猫目と一直線。「なんでもない」と誤魔化した声は、たぶんほんの少しだけ震えていた。

「ふーん、まあ、いいけどさ。あんまり難しく考えない方がいいんじゃないの? 一度でも話したことがあるなら、もうあたしとあんたは顔見知りなんだし」

 他人じゃ、ないでしょ?

「いや、そんな風には考えられないって。僕はそこまでおおらかな人間じゃないんだ」

「本当にめんどくさい性格してるね、あんた。じゃあ、そうだなあー……」

 語尾を延ばしながら、ほんの少しだけ細めた目。それにかぶさるように一房、色の抜けた髪の束が落ちてくる。キラキラと日光を反射したそれは、ふわりと跳ねる。

 いつの間にか、僕は言葉の続きを待っていた。煩わしかったはずのやり取りに感じた楽しさを、まだ自覚できていない。しかし、それでも偽ることなく、僕は次の言葉を求めていた。

「あんたの名前、教えてくれない?」

 しばらくの後、彼女は言った。まるで名案だ、とでも言うように。

「はあ? どうして名前なんか……」

「いいじゃん。お互いに名前を知ってれば、流石に知り合いってことになるでしょ?」

 そういう問題ではない。しかし、彼女と言い合うだけの気力が、僕には残っていなかった。しばらくの間は黙っていたが、じーっと見つめてくるその視線に根負けして、仕方なく「在原、在原幸輝ありはらゆきてるだよ」と、名乗ることにした。

「へえ、幸輝くんかあ。いいじゃんいいじゃん、いい名前」

「感想なんて求めてないよ。ほら、僕は名乗ったんだから、そっちも名前を教えてもらわなきゃ、フェアじゃないぞ」

 そうだね、と、彼女は笑う。その表情に見覚えがあるような気がしたが、その正体は掴めないまま、僕らは時速八十キロで、線路の上を運ばれていく。

 次の停車駅まで、あと五分。この話題が途切れるまで、後二十分。

 止まっていた僕の物語が再起動リブートするまで、あと――、

「じゃあ、改めて。あたしは黒木くろき黒木澄香くろきすみかだよ」

 あと、五時間。


***


 僕は車の運転が苦手だ。高校を出てすぐに普通免許を取ったものの、忌避感が強く、結局ほとんどまともにハンドルを握っていない。

 なんというか、緊張してしまうのだ。手元の動き一つで、この大質量がどうにでも動いてしまう。それはつまり、ほんの少し誤っただけで事故を起こすかもしれない、ということだ。もちろん、僕は教習所にはまじめに通っていたし、筆記も実技もきっちりと合格した。しかし、あくまでもそれは試験であって、『もしかすると』の不安を拭ってくれるものではない。

 つまり、何が言いたいかというと。

「いやあ、今日はほんっと暑いよね。クーラー効いてなくない? もうちょっと風、強くしよっか?」

 よくもまあこんなに雑に車に乗れるな、ということだ。

 あの後、目的の駅まで電車に揺られた僕たちは、何とか乗り過ごすことなく下車することに成功した。改札を抜けると、僕の住んでいた町よりも三割ほど数と高さが足りない町並みが広がっており、それらを追い越した遠くに、真緑の山々の稜線が控えめに浮かび上がっている。良し悪しなんてわからないはずなのに、何となく空気が済んでいるような気がする。

 心配していたが、この調子なら大丈夫そうだ。と、安心したのも束の間。すぐに僕は頭を抱えた。

 黒木いわく、奥瀬行きのバスは本数が少ないらしい。朝と夕、それぞれ二本ずつの計四本しかなく、一本逃すと次は数時間後、なんてことになってしまうとのことだ。

 というか、なっていた。

 まさかバスがないなんてことはないだろう、とタカを括っていた僕は、当然バスの時刻表を調べてなどいない。だから黒木に別れを告げ、バス停に向かおうとして引き止められたときは、どうしたものかと途方に暮れそうになった。

「まあ、しゃーないよね。ここ田舎だし。あんたがどこから来たか知らないけど、奥瀬ってむちゃくちゃ辺鄙なとこなんだよ?」と、呆れ顔の黒木。しかしすぐに歯を見せてをらうと、「心配すんなって。あたしが送ってってやるからさ」と、楽しそうに言った。

 聞けば、近くに車が用意してあるらしい。「行き先は同じなんだ、遠慮しないで」という彼女の言葉に甘えて、僕はその黒いミニバンに乗り込むことにした。

 した、所まではよかった。

 すぐに、僕はその選択を後悔することになる。

「あー、これ、冷房切って窓開けたほうがいいかも。ユッキー、そっちも開けていい?」

 黒木の言葉に生返事を返しながら、僕は喉の奥で次第に強くなる吐き気を必死に堪えていた。

 彼女は立てた膝を倒し、半分胡坐をかくような体制で座っていた。左手だけでハンドルを握り、空いた右手は窓の淵を肘掛のように使い、その上に寝かせている。世辞にも、行儀の良い乗り方とは言えなかった。

 それだけならまだいいのだが、加えて、彼女の運転は荒っぽい。僕は乗り物酔いには強いほうだと思っていたのだが、現に今もこみ上げてくる嘔吐感と格闘している。道は悪くないはずなのに、絶えず揺れ続ける車体。これから山道に入れば、さらに振動は強くなるだろう。

 奥瀬は四方を山に囲まれた沿岸部にある。だから、船でも使わない限りは山を越えなければならない。彼女の運転のまま向かうのは少々心配であったが、かといって僕もほとんどペーパードライバーなので、交替するような度胸はない。

 長い時間乗っているわけではないのだから、我慢するしかあるまい。覚悟を決めて、黒木が全開にした窓を半分だけ閉めた。

 そういえば、秀昌さんに連絡を入れておいたほうがいいかもしれない。黒木から聞いた話では奥瀬まではあと三十分ほどらしい。そろそろ電話をしておいたほうがいいかもしれない、と、僕はポケットを探って、スマートフォンを取り出した。

「お、ユッキーどうしたの、まさかあたしと喋るの飽きちゃった?」

「いや。そうじゃなくて、向こうの人に連絡入れなきゃと思ってさ」

「そっか。そういえばユッキー、どこまで行くんだっけ。聞いとかなきゃどこで降ろしたらいいかわかんないよ」

「あ、そうか、言ってなかったっけ」僕は何と言うべきか、少しだけ悩んで、「帷子って人の家なんだけど、わかるかな。そこまで頼むよ」

「帷子、ってことはセキノさんのとこだよね。じゃあ《赤レンズ》まででいいの?」

「《赤レンズ》?」僕は少しだけ裏返った声で聞き返した。

「そう、帷子さんちがやってる民宿。ていうか、知らなかったんだ?」

 民宿。あの時秀昌さんは団体客が入ると言っていた。そういうことかと合点がいったが、同時に不安になる。民宿の仕事とはどのようなものなのだろうか。自慢ではないが、僕は掃除や洗濯を初めとした家事があまり得意ではない。だが、恐らく求められるのはその辺りの能力なのだろう。迷惑をかけることにはならないだろうか、と、少し不安になる。

「にしても、おかしいな」悩む僕に構うことなく、黒木は前を向いたまま、ぽつり。

「帷子さんち、この時期にお客さんとってたかな……?」

「……どういうことだ?」

「うん、帷子さんちって、毎年この時期何かと忙しいんだよ。『空想祭』が近くなると、何かと仕事を任されるみたいでさ。だからこの時期に泊めるのは物好きな常連さんだけで、団体客なんてとるはずがないんだけど……」

 まあ、昔からよくわからない人たちだから。と、黒木はこの話題を、当たり障りのない言葉で結んだ。そこに違和感を覚えないこともなかったが、形を成さないそのズレを拾い上げようとはしなかった。

 その後は、しばらくの無言が続いた。僕は秀昌さんに電話をかけたが、何故か繋がらなかった。ここは山の中だ、電波が悪いのかもしれない。奥瀬に着いたらもう一度かけなおせばいいだろう。三半規管の苦情を無視しているうちに、自然と僕の視線は外を向いた。

 木々の緑が深くなっていく。広葉が隙間なく広がり、スクリーンのように僕らの左右を固めている。

 上り坂が終わり、道の傾斜が全て下りに傾いて、少しした頃。差し掛かった曲がり角、ガードレールの向こう、一気に開ける視界。

 見えたのは小さな町だった。奥のほうに見える海、陸との継ぎ目に見える港には、何隻か漁船が停まっている。そしてそこから放射状に広がる町並み。それは構図こそ違えど僕の部屋に飾ってある、あの絵の町にそっくりだった。

 奥瀬。

 僕は本当に、来てしまったのだ。

「あ、見えてきたね。本当に何にもないとこでしょ?」黒木が何故か、うれしそうな声で言う。僕はそれに適当な返事をしながら、町が再び木々の幕に閉ざされるまで、見つめ続けていた。

 高度が下がる。僕らを乗せた車が、海水面の高さに少しずつ近づいていく。斜めに傾いだ世界の中で、僕の思考はただ一色に塗りつぶされる。

 君はこの町の、どこにいるのだろう。

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