第42話 竜宮城伝説

 空はこの上なく快晴だった。

 カモメも飛び交い。

 虹が空をまんべんなく彩っていた。


 なんとも美しい限りであが、この星は生きながらえ、もはや本星は死に絶える運命だろう。それはもう揺るぎない事実なのだ。

 ああ、私の望郷は終わりを告げるのだな。

 見上げると、遥か上空の天鳥船丸と虚船丸は、竜宮城の巨大な城下町をゆっくりと通過していた。下方には魚人たち庶民全てが空に浮かぶ大船の群れを見つめている。皆、諦め顔をするもの、絶望すら漂わせているものである。それもそのはずで、もう雌雄が決しているのだから。

 どうやら乙姫も完全に降伏をしているだろう。

城の城門を開けているのだろうな。

 もう敵らしい敵は皆無であろう。

 おや?

 天鳥船丸で治療を受けた武は、一人甲板の先端で竜宮城を見た。

「綺麗だ……」

 武は前方に聳える四季彩るそれはそれは美しき竜宮城をいつまでも見つめていた。今は竜宮城は夏の葉が城に舞い落ちている。

「あれが、竜宮城……」

 隣に佇む湯築が来て髪を掻き掲げ、呟いた。

「ほんと、美しいわね」

 その隣の高取は四海竜王との戦いの時に引いたカードを思い出しているのだろう。俯き加減で複雑な顔をしている。

 武の怪我はどうやら道中で治療を受けたようだ。片腕を包帯で吊っていた。

 もう、これから戦うことは永久にないのであろう。

 だが……。

 幾ばくかの不穏さが城に充満しているのは私の気にしすぎであろうか?

 はて? 鳳翼学園はどうであろうか?

 地姫がこちらに来たのだ。

 麻生と卓登が心配になってきた。

この先、何かが待ち受けているやも知れぬ。

 



 ここは鳳翼学園。


 武たちが城下町を通過している際に、少しだけ寄ってみた。

「地姫さん……なんだか……嫌な感じがするの……」

 麻生が2年B組の窓際で一人空を見上げている。

 四海竜王との戦いは、もうすでに終わっているのだが、麻生も私と同じくじわじわと胸にくる不穏な空気を吸っているのだろうか。

「なんか嫌な空気だな……武は大丈夫か?」

 卓登が麻生の隣に来て同じく空を見上げた。

 教室内は皆、寝静まっていた。今はすっきりとした満月の深夜である。どうやら不穏な空気で二人は起きだしたのだろう。

「どうしてかしら……武がもう戻ってこないような感じがするの……」

 麻生は気が付いていないだろうが、自然と涙を流していた。

「そんなはずはないよ。武なら心配することは何もないって。だって、あの学園一不思議な女の高取も付いているんだしさ」

 卓登は咄嗟にハンカチを取り出そうかと考えたようだが、止めたようだ。武と麻生の二人の間には、何人たりとも入れないのをよく知っていたのだ。

そういえば、武たちはもう竜宮城内部に入城しているはずである。

サラサラとした白き月の夜に、二人と私はどこからかくる不穏な空気に呑み込まれていった。

 今はこの学園には自衛隊もいない。

 確かに静かすぎる夜であった。

 何やら得体の知らない空気に呑みこまれ、私は再び竜宮城へと急いで戻った。


 


 しばらくして、竜宮城はやはり開城してあった。

 上空の天鳥船丸やその数が減った虚船丸からは、無数の梯子が地へと落ちている。黄金の砂粒の地面に武たちが着地すると、次から次へと鬼姫たちも降りきた。

「待って! なんだか不穏よ! この先には何かある! 武、四海竜王との戦いの時に引いたカードは二枚だったの。塔のカードと……それと運命の輪のカード……」

「運命の輪……?」

「そう、この場合。チャンス、あるいは情勢の急激な悪化のどちらかよ」

 隣にいる緊迫した顔の高取の言葉に武は首をかしげている。

 梯子を慎重に降りてきた光姫や地姫も不穏な空気を感づいているのだろうか。

 私も何やら暗雲のような不穏な空気を胸一杯に吸っていた。

 高取の言うには、竜宮城へと入城した後、そこには形勢逆転の不吉な何かが起ころうとしている。

 これは危ぶんで、石橋を叩いて渡るかのような慎重さが必要であろうな。

 光り輝く砂粒の地に足を着けた地姫と光姫も高取の占いの結果に、それぞれ素直に頷いている。武と湯築、そして、鬼姫に蓮姫もかなり引き締まった顔をした。

皆、それぞれ城の中へと足を踏み入れる。

 私は気になって仕方がないので一足先に、乙姫のところへと向かった。

 武たちのいる正門から、約一キロ半のところに龍王の間がある。温水と冷水の流れる色とりどりの珊瑚の壁面に、時々、真っ直ぐに歩く。人の形の四海竜王や魚人たちを見かけた。四海竜王はどうやら人間の姿では皆、無事のようである。しばらくすると、竜王の間の御前に私は辿り着いた。


 満月のような巨大な大窓の中心に乙姫の玉座があり、そこに乙姫が鎮座している。広い空間だった。壁に埋め込まれた鏡には種々雑多な美しき魚が回遊し、天井からは綺麗な流水が真下へと落ちていた。何やら四海竜王の東龍が乙姫に具申したようで、地に描いてある大きな円の東側に立った。

 憂いを含んだ顔の乙姫の後ろには、広大な窓からここ南極を掘削する数多の黄金の龍が咆哮を上げ舞っていた。

 運命の輪のカードの暗示か……それは御前試合なのだろうか?

 それも、この地球と本星を賭けた。

 この試合は勝つか負けるかで、どちらかの生命の滅亡を賭けるのだろうな。

 武たちが竜王の間へと辿り着いた。

 皆が乙姫の美しさに目を奪われると同時に、東龍の放つ闘気に体中が自然に震えたようだ。

「武。これから俺と一緒に死闘をしようぜ。一対一だ。誰にも邪魔はさせない。これで最後だからな……言っとくがこの際、星のことや生命のことは考えるな。ただ、お互い楽しんでいこうぜ。死ぬときは死ぬし、生きていたら楽しかったでいいんだぜ。なあ、武よ……」

 素直な顔で武に笑顔を向けると、東龍は乙姫に深く頭を下げた。

 それもそのはずで、完全に降伏をしていた乙姫に具申をしたのだ。だが、わざわざ東龍は、いや、あるいは運命は、最後のチャンスを乙姫と本星に与える結果にもなったのだ。そこには、希望はない。あるのは生か死か。それもお互いの星一つのである。


 私は武の方を見る。


 武はするすると静かに腰に差した雨の村雲の剣を、殺気立った鬼姫に渡した。蓮姫、地姫。光姫、高取、湯築をゆっくり見回して「じゃ、行ってくる」と、笑顔で手を振った。

 武自身、命をこの戦いに賭したのだろうな。

 ここで死ぬことを本望とも思ったのであろう。

 だが、武には麻生がいた。

 いつの間にか、乙姫の傍には北龍、西龍、南龍がいた。

「セイッ!」

「ヤッ!」

 竜王の間の中央に描かれた円の中で、二人は殴り合った。

 凄まじいまでの闘気であった。

 おや? 武も東龍も四海竜王戦での傷はほとんどそのままであったようだ。

 二人の死の覚悟とはこれほどまでとは……。

 東龍のアッパーが武の左胸に直撃した。

 強烈な打撃で倒れそうなくらいに血を吐いた武は、咄嗟に正中線を隠した。非常に深いダメージのようである。


「武!」

「大丈夫!」

 高取と湯築が叫んだ。

「いけません!」

 光姫も叫んだ。

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