第40話

「湯築さん! 蓮姫さんの怪我は今はまだ浅い! 早く!」

「すぐに行くわ!」

 すぐさま高取は近くの湯築に加勢を頼んだのだ。実は、まだ蓮姫は長槍で魚人たちのモリを次々と弾いて戦っていたのだが。

 つまりは、予知である。高取は蓮姫が怪我をするのを予め知ったのだ。そして、落雷を蓮姫を囲んだ魚人たちに複数降らした。灰となった魚人の囲みの中から、蓮姫が自力で抜け出そうとした時、湯築が蓮姫の助太刀に走るが……。


「え!」

「……!」


 湯築と蓮姫が驚いて呆けた。

 いつの間にか、蓮姫を囲んでいた全ての魚人たちの首があらぬ方向にずり落ちていたのだ。


 タケルである。

 タケルは居合い抜きで、いつの間にか蓮姫を中心に弧を描いたのだ。

 剣に宿った気が、忠実に魚人の首だけを斬り飛ばしていたのだ。

 その後、魚人たちは音もなく皆崩れ落ちた。

「武! まだよ! 向こうから来るわ!」

 高取は天鳥船丸の両端で、龍に弓を射っている巫女たちの方を指さした。

 伏兵の魚人たちは、居場所を暴かれ驚いて武に捨て身の突進をしてきた。

「任せて!」

 タケルは構えるが、湯築がなんなく長槍を振り回し魚人たちの中心へと踊り込んだ。ものの数秒後には、立っている魚人は血潮を巻き上げ皆、倒れていた。


「湯築。君は強いな。ありがとう」

 タケルが湯築に礼を言うが、湯築は武が好きだったのだろう。

「安心していいわ。私があなたを絶対に守るから……」 

 湯築はこんな戦地でも微笑んでいた。

「もうそろそろです! 見えてきました! 四海竜王です!」

 甲板の先頭に立つ光姫が皆に声を張り上げた。

 暗雲が綺麗に消え去り、天鳥船丸の進路が晴れ渡った。

 変わりに身の毛のよだつ咆哮がこだまする大海原に、四海竜王のそれぞれの巨体が見えてくる。


 東西南北と四海竜王がそれぞれ陣取り。優に五千歳を超えた龍が居並んでいた。魚人たちの一万の大軍も海上にモリを構え陣形を敷いていた。

 タケルが甲板の先頭の光姫に聞いた。

「こちらの戦力は?」

「巫女と武士が約千人。それと私たちです」

「それならば、こちらの勝ちだ。俺一人で十分だ」

 光姫の言葉に、タケルはしっかりと頷いた。

 タケルはまず龍の気を開放した。

 優しい風が大海原全てを包みこむかのようだった。荒波が静まり返った。白き雲が途端に散り散りとなった。数多の龍や魚人まで、そして四海竜王も途端に一時だけ静かになった。


 この海の上で、四海竜王の東龍は更に面白がったようである。犬のように尾を海中で大きく左右に振り、嬉々とした咆哮を上げた。

 天鳥船丸の甲板の中央には、虚船丸の代表の巫女と武士が十人と来ていた。鬼姫と蓮姫、湯築に、タケルが集まった。

 光姫と高取で、皆に作戦を伝えた。

「虚船丸の方々は主に魚人との戦いに徹してください。龍は、蓮姫さんと鬼姫さん。高取さん。湯築さん。四海竜王はタケル様です。ですが、皆々様の命が一番大事です。それぞれ加勢に加勢。援護に援護を重ねて下さい。お願い申し上げます」

 光姫は頭を皆に深々と下げた。


 高取は、タロットカードを地面に広げていた。

 一枚取り出すと、それは塔のカードだった。

 続いて、もう一枚引いた。


 高取はそのカードをじっと見つめてから、こう言った。


「武。これから、あなたはこれ以上ない危機に瀕するの。でも、意外なところから物凄い助けがくるわ。でも、その助けは戦況を変える程の強力な何かなの。絶対、細かいことにも注意していてね。それに、その助けが受けられないと、この戦い私たちの負けよ」

「わかった」

 タケルは、高取の手を掴んだ。

 優しい気が高取の体内を充満した。

「ありがと。私、あなたが好きよ。きっと、いつまでも。迷惑かも知れないけど、こんな女がいてくれるんだな。って、いつか必ず思えるはずよ。私の想いをいつまでも大切に覚えていてね」

 やはり高取も武を好いていたのだろう。

 高取の最後に引いたカードは後々、話そう。

 これが、正真正銘の最後の戦である。

 だが、よほどのことがない限り勝ち戦であろう。

 轟々とこの海域を巨大な気が充満した。


 皆の気である。


「さあ、行って」

「武。頑張ってね。この戦が終わったら麻生さんのところへみんなで戻りましょう」

 高取と湯築がタケルに新しい二本の神鉄の刀を渡した。万が一の刀が折れたためである。そのため、タケルは刀を二本腰に差した。

 タケルはコックリと頷くと、四海竜王のところまで、走った。

 タケルはすぐさま敵陣のど真ん中に辿り着き刀を構えた。

 全ての魚人がタケルの足の速さに仰天し、震え上がった。怯んでいる隙を見逃さず虚船丸から鬨の声が上がり、千の武士が怒涛のごとく魚人の大軍へと雪崩れ込んだ。


 龍と巫女が海で舞う。

 高取と光姫の轟雷と竜巻の間で。


「さあ、鬼姫。私たちも負けてられないね」

 蓮姫たちも敵陣の中で美しく次々と血潮を巻き上げる。


 だが、武が心配でこれから集中して見てみることにする。

 タケルは西龍と南龍との戦いの真っ只中であった。


「でや!」


 力任せに西龍の首を一本斬り飛ばすと同時に、超巨大な南龍の大口が迫るが、タケルの刀はすでに鞘に収まっていた。

 南龍の口が四方向に裂ける。

 目にも止まらぬ瞬間的な居合い抜きであった。

 南龍は血を吐きながらの咆哮を上げ、今度はその巨体で体当たりをしたが、タケルは難なく躱した。タケルがいた場所の海の上には当然、西龍がいた。


 強烈な重さで西龍が半分潰れた。南龍の頭部をタケルは大きく飛翔すると同時に剣に宿る気で切断した。

 切断面からは脳髄が見える。

 南龍と西龍は海の藻屑となった。

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