第26話

 武は古ぼけたスチール製のディスクでパソコンとやらをいじりだした。

しばらくして、正面の壁面にある緑色のランプが幾つも点灯すると武は立ち上がり、疲れ顔からの汗をぬぐった。

「これで大丈夫です。後は、湯築たちが気付いてくれれば」

「本当にあの乗り物が動くのですか?」

「ああ。大丈夫です。親父と何度かこういう場所に入った時がありますから。後はこのビルから急いで天鳥船丸までいかないと」

 武と鬼姫は顔を見合わせて、しっかりと頷いた。

 私の知っている限り。

 武の父は機械の保守点検というものをしていたような。


 一方。

 ここはエントランスである。


「へー。さすがだね。これが森羅万象を操ることができる力か」

 武装した蓮姫が光姫と何やら話していた。

「ええ。でも、まだまだ飽きずに上を目指しているんですよ」

「あら、謙虚だね。まあ、私も似たようなものだけど」

 数多の龍をはふれば、竜宮城へ着くまでは更に数多の龍をはふる。鬼姫も蓮姫ももう十分強いというのに、まだ上を目指していたようだ。

 けれど、天鳥船丸や虚船丸にはうかつにはこのビルからは近づけず。1000もの龍の脅威から逃れないといけないのだ。

 いつの間にか武たちはエントランスに戻って来ていた。

 このビルの外を見ると、周辺には固まった龍の死骸の氷柱が幾つも作られていた。

「湯築さんたちが戻って来たら天鳥船丸へ戻りましょう!」

 鬼姫はそういうと、神鉄の刀を抜いた。

 良いタイミングで、再び動き出したエレベーターから湯築たちが来た。三人組は相変わらずだが、私が思うにただ単に危機的状況をあまり直視していないようにも思えた。

 鬼姫は遥か南の宙に浮かぶ天鳥船丸まで、先陣を切って新宿のビルの谷間を走り出した。


 三人組を連れての……これから龍との初めての市街戦である。 

「はっ!」

 鬼姫は居合い腰から刀を逆袈裟に抜いた。

 都会の水没した道路は長く。幅が広いのだが、そこへ一直線に凍った海面が、ガコンと音と共に分かれた。その亀裂から水飛沫が走り出す。

 凍結した海面下にある車をも真っ二つにしてしまう鬼姫の腕前は、未だ武は辿り着いていないように思うが。

 すると、もう一つの亀裂と凄まじいまでの音と共に、凍っている海面が割れ間欠泉のような水飛沫が走り出した。

 武である。

 天鳥船丸は南。龍は四方。だが、南の方だけはすっきりと数多の龍が真っ二つに斬り裂かれていた。

「私も負けてられないね。行くよ! 湯築!」

 蓮姫と湯築も南へと走り出した。

 ここでも光姫はしんがりで、あとは高取と三人組が天鳥船丸に向かって走っている。

 市街戦での初の龍退治である。

 武たちは快調のように思えるが……。

 武たちを囲むビルディングを力押しで倒壊させることができるのが、龍の恐ろしいところであった。

 なので、私の感ではかなり危険な状況での戦であろう。

 いつもの何もない大海原とはまったく違うのだ。

 それに、後方にはいつ倒壊しても、おかしくはないビルがあった……。

 

 数刻後


 はて? 四方には倒壊しそうなビルに、龍。それらが脅威のはずであうが、さほど問題ではないのではなかろうか?

 光姫の竜巻から発せられる風によって、龍の巨体の動きが、まるで泥の入った水の中を進むかのように遅鈍になっていた。

 倒壊しそうなビルにも、雹によって龍が近づけず。ビルディングはグラつくことしかできなかった。

 湯築と蓮姫はいつの間にか鬼姫の先を走り抜けていく。

 林立するビルディングには、未だ大雨が雹と変わり、龍が近づけずにいた。暗雲立ち込める東京の新宿には、脅威が猛威によって、退けられていた。

 湯築が天鳥船丸に辿り着いた。

 天鳥船丸付近には、数多の虚船丸が浮かんでいる。

 ここは、あのビルから南へ28キロの地点である。

 蓮姫も天鳥船丸に乗り、湯築と話していた。

「やっぱり、いい足ね」

 蓮姫が湯築の足の速さに感心していた。

 余裕を見せる湯築はボリュームのある髪をかき上げてから、この船に向かって走っている武たちを見つめた。


「ええ。武はどうかしら? 蓮姫さん?」

 武も足が速い。鬼姫を追い抜いて、今では先頭を走っていた。

「ふーん。鬼姫の足に敵うなんてね」

 鬼姫も速いが武が上をいくようになっていた。

 しんがりを走っている光姫は力をまだ秘めていそうだし、もう武たちは大丈夫であろう。私はそろそろ鳳翼学園を見なければ。

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