第9話

 やはり、辺りを見回していた。こんな状況で辺りを気にしないのは、高取だけであろう。布団越しから傍に居座る蓮姫に気が付いたようだ。

「あ、お目覚め?」

「ええ……ここって? どこなのかしら?」

 湯築は自慢の足の足首を少し怪我していた。

 救命具を付け、海へと落ちる時についたものだ。皆、龍によって、命からがら海に落ちたのだ。

「私は海神を祀る巫女の蓮姫というの。あなたの稽古役よ。みんなこれから稽古」

「みんな?」

「そう、みんな」

 湯築は驚いているようだ。

「武はいる? あの後、みんな龍から逃げるために、海に落ちて……」

 蓮姫はしっかりと頷いたようだ。

「みんないるわよ。あなたの友達の高取っていう人が率先して、全員助けたようね。彼女は地姫じきが稽古をするようね。地姫が稽古役なんて凄い友達よね」

 地姫は白蛇を祀る巫女で、この神社で随一の口寄せなどの不思議な力がある巫女なのだ。


 この広い神社の境内には、鳥居。社務所。修練の間。国中から呼ばれた大人の男たちのいる各部屋や、特別な朱色の間などがある。

 修練の間は、後にわかるだろうが、ここ存在しないはずの神社で龍脈が集まる場所で龍神と戦い乙姫を説得する上では必要な場所である。

 武たちはこれからどうなるのだろう?

 私の知っていることにも限界があるが、武たちがこれから龍神と戦うのはもうすでに決まっているのだろう。

 サンサンと照り続ける中庭に、高取がいた。よく掃除された庭で、小鳥が木々の間からさえずって、飛び跳ね、雨に濡れることもなく。まるで、ここだけが別世界のようである。

 高取は武を寝かすと、何かを考えながらトボトボとここまで一人歩いてきたのだ。巫女装束であるが、胸元からタロットカードを取り出したようである。

「お止めなさいな」

 高取は声のした方に、即座に振り返った。

 地姫である。

 地姫は腰まである銀髪のことのほか美しい巫女である。静かな足音で他の巫女を連れ廊下を歩いていたのだ。

 丁度、もうすぐ昼餉なので、その道中である。

「何かしてないと、いけない気がしてきたの」

 高取はタロットカードを固く握りしめて頭を左右に振っている。

 きっと、これからのことで混乱しないようにと占いたいのだろう。

「そんなに心配しなくてもいいのですよ。この先のことは自然に任せましょう。きっと、あの男は大丈夫。修練の間は、確かに龍脈から龍の気を得るためと、龍神と戦う上では必要な場所です。あなたたちにはまだ早いとも思いますし……。でも、武という男はそれらも乗り越える力を得るでしょう」

 そう話すと、地姫は連れの巫女たちと共に、再び廊下を歩いて行った。

 修練の間は、龍退治のための命に危険な修行をするための道場のような場所なのである。

 高取も武に興味を持っているのだろう。あるいは、やはり好意を寄せているのだろう。何かしらの嫉妬を抱いているのだろうか?


 違うかも知れないが。

 きっと、武にこれ以上邪魔が入らないようにと。

 そんな一心で、この先には自分と武の間には障害物は幾つあるのか?

 なんとか、障害物を取り除いていかなくてはならない。

 などと、武と自分の運命の全てを占ってみたかったのだろう。

 だが、これからの武には武運が必要だった。


 昼餉の時間には、大広間に武の姿はなかった。

 今も朱色の間で寝ているのだ。

 時々、うなされているが、怪我のせいだけではない。

わけは後に話そう。

 それぞれ1000人ほどが集まった昼餉の席の一端に、湯築はいた。

 なにやら辺りを見回しているが、致し方ないことである。だが、やはり隣の席の高取に聞いたようだ。

「これから、どうなるの?」

 高取は黙々と食べながら、少し離れた地姫と蓮姫と鬼姫の方を見つめている。

「今は、巫女たちと一緒にいよう。これからかなり危険だけど、きっと、武がなんとかしてくれるから」

 高取は色々と心配気な顔になっているのだが、努めて普通の声音で湯築と話している。さすがと言えるのだが、私も高取もまだ知らないところが多いのだ。

「高取さんは何を知っているの? あるいはどこまで? 稽古って一体なんなの?」

 湯築は和食で彩られた昼餉を、ちょいちょいつまんでは、疑問だらけの頭の整理をしたかったのだろう。

「多分、龍神と戦うのよ。これから……」

「え?」

 湯築はオーバーに目を回したようだ。

「あんなのと戦うの? 自殺行為じゃなくて?」

「ここは、そういうところ……でも、心配いらないわ。昔から戦っているといわれる存在しないはずの神社なの」

 湯築は大きな溜息を吐いて、黙々と食事を平らげていった。

 不思議なことが、連続して起きている。だが、湯築も高取もいい勝負である。

「この料理。美味しいわ」

 湯築は、これからのことをあまり考えないようにしているようだ。あるいは混乱を静めたかったのだろう。黙々と料理に箸を運ぶ。

「ええ。そうね」

 対照的に、高取は不安でいっぱいなのだろう。

 


 武は目を覚ました。

 夢を見ていたのだ。

 悪い夢とまでは言えないが、やはり悪夢に近いのである。

 


 武のさっきまで見ていた夢は、さすがに私も夢の中までは見えないので、あの日曜日のことを話そう。


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