第8話 晴れた地

 日光に照らされサラサラとした海である。ここが、日本のどこかは私も知らない。だが、不思議な場所というよりは、皆知らないだけなのだろう。飛び魚が至る所で跳ね上がり、救命具を付けた一人の男が海に浮かんでいた。


 空は晴れ渡り、遥か向こうに社がある。


 その神社の名はない。

 遥か昔から日本中から巫女が足を運ぶ社。


 一人の巫女が海の水に手を入れ小魚と戯れていた。年は武と同じであろう。あるいは幾つか下のようでもある。とても可愛いらしい容姿で、黒い長い髪の良く似合った巫女である。名を鬼姫ききという。

 そして、鬼姫は遥か向こうの海に浮かぶ救命具を付けた男に気が付いた。

「まさか……」

 鬼姫は、そう独り言を呟いた。


 数刻後


 ここは、神社の最奥。

 朱色の間。


 晴れ渡った空の下。巫女たちが廊下を昼餉の準備に忙しそうに行き来していた。今は昼時で、12時を少し回った頃である。

「その男は?」

 一人の年上の巫女が鬼姫に聞いた。名を蓮姫れんきという。海神を祀る巫女である。茶色い長い髪で、背が高い。美しい顔だが、切れ長の目はやや鋭い。

「はい。海に浮かんでおりました」

「へえ……後方支援の方?」

「いえいえ、きっとそうではないと思います」

 鬼姫は仏頂面をして、慌ててぶんぶんと首を振った。

 布団で寝ている男は、さっきまで救命具を付けていた山門 武であった。


 何故か巫女姿の高取 里奈は幾つもある朱色の間の一つまで足早に歩いていた。

 途中、湯築も朱色の間の一つに布団で寝ているのをしり目に、真っ先に武のいる場所へ向かっていた。

 

 何やら武は起き出して、周りを探していた。

 そう、麻生を探しているのであろう。

「御目覚めましたか?」

「君は?」

「鬼姫という名です」

 武は再度、周囲を見まわしてから驚いていた。

 ここから見ても、武は真っ青だ。

 きっと、心配しているのだろう。

 決して怪我のせいではなかったのだろう。

 恐らく、麻生は無事なのだから……杞憂に終わるが……。


「おれと同じような年恰好の黒の長髪の女はここにいますか? 名前は麻生 弥生っていうんだけど」

 武の必死さに鬼姫は即座に首を振った。

「え!」

 武は立ち上がろうとしたが、足と腕を怪我していた。

 廊下から複数の巫女が昼餉の準備も忘れて、こちらを覗いていた。

「大丈夫ですか? 後生ですから、しっかり寝ていてください」

 武はそれでも、立ち上がろうとするので、鬼姫は慌てたようだ。

「麻生さんなら無事よ! 大丈夫?!」

 高取である。

高取は廊下から巫女たちの間から武の布団まで駆け付けた。

きっと、ここへ来てから武の麻生を想う心情を察していたのであろう。

 武は高取の巫女姿を見ても、再度立ち上がろうとした。その拍子に腕から鮮血を上げた。

 すぐさま鬼姫は、高取と共に武を押さえつけ、薬箱を用意した。


 武は武道の達人だったが、鬼姫という巫女は不思議と武と同じくらいの年なのだが、あっという間に武を元の布団の中に落ち着かせた。

「君は?」

 武は驚きの眼差しをしたようだ。

 武にとっては、師匠の一人である麻生の父よりも強い人を初めて見たのだろう。

 それもそのはず。この巫女の社で鬼神を祀る鬼姫は一番強いのだ。

 

「落ち着いて聞いてね。あの後、麻生さんと卓登は、みんなの家族たちと一緒に学園内にとどまっているの。何故なら危険だったから……なの……そう、ここは危険な場所……龍神を鎮めることや、時には戦う場所なの。そう、母から聞いたわ」

 高取は少し俯きがちだが、武をなんとか落ち着かせようと努力をしてくれていた。

 そう、この神社は遥か昔から竜宮城と深く関わる不思議な神社であった。勿論、龍神を祭り、また鎮めてもいた。雨も降らず。歴史も関係ない。

「あの龍は?」

 武にその深い傷を負わしたのは、数多の龍であった。

「たんに麻生さんを庇った時に、気を失ったからわからなかった。安心して。あの後、龍から逃げながら私たちは救命具を付けて、渦潮に入ったの。命からがらね……」

「救命具? 渦潮?」

「ええ。渦潮には、空間転移をすることができる不思議な力があるわ。そのことも私の母から聞いたの」

 高取は、武の寝ている布団の横に、ボロボロとなった救命具を指差しながら、淡々と説明している。やはり、不思議な女である。

「武の分は、私が付けた。それに、海に落とすのが大変だった。ちょっとは、軽くなる努力をしてほしい。それと、今では怪我を治すことに専念した方がいいわ。ゆっくり休んでね」


 武は幾らか落ち着いてきたようだ。いや、ただ混乱と怪我による疲労でぐったりしているのであろう。武は何気なく木枠から晴れ渡った外を覗いている。外には、海と山に囲まれたこの社に、山には宙に浮かぶ大船が幾つもあり、海の至る所にある紅い橋には、大勢の袴姿の男たちが武芸に精を出していた。


「麻生……」


 武は麻生の名を再三呟いていた。

 だが、麻生は無事で、武たちの方にはこの先厳しい試練が待っているのだ。

「無事って、さっき言った。みんな私たち以外は学園内にいるから。その方がここよりも遥かに安全なのよ。必ずしっかりと寝ていてね」

「水の脅威は?」

「それは……」

 高取は、傷口に新たに包帯を巻いている鬼姫に顔を向ける。その目は何やら鬼姫を観察しているかのようにも思われる。それもそのはず。ここから見ても、鬼姫は武をかなり大事にしてくれているようだ。

「初めまして、私は高取 里奈。この人は同じ学園の同級生の山門 武よ。あの……巫女さん。この世界の大雨を何とかできるのよね? どうかお願いします」

 高取は面と向かって深々と頭を下げるが、鬼姫は武の傷をよく確認してから高取にそっぽを向いて、まるで他人事のように冷たく言った。

「竜宮城の乙姫を説得するの。そのために稽古よ。あなたには不思議な力がある。その稽古。それと、武道の稽古も。武ともう一人とあなたは武道の稽古。後の三人は……わからないわ」

 あまり、高取とは距離を近づけないようにとしているかのようである。

 それと、ここには武と高取と湯築と……美鈴と河田と片岡がいるのだった。


 湯築は目を覚ました。

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