形式番号
鉄道ファンは日々、いろいろな形式の機関車を目にする。
EF510とか、DE10とか、C58とか。そういう形式番号のお話。
C58の「C」が動軸数を表していることは、よくご存知であろう。DE10のEなら、5動軸。
ところで、蒸気機関車の歴史を眺めると、よくもまあこれだけ多種類を作ったもんだと感心したくなる。
タンク機を除いて、
C50からC62まで、13種。
D50からD62まで、6種。
ここで問題。
旅客用のC型機たちであるが、C50からC62まで、はたしてこの番号通りに製造されたのであろうか。
製造年を調べてみると、そうでないことが分かる。
C50 1929
C51 1919
C52 1926
C53 1928
C54 1931
C55 1935
C56 1935
C57 1937
C58 1938
C59 1941
C60 1953
C61 1948
C62 1948
C50からC51、C52あたりで多少の混乱があることがお分かりいただけよう。
(C60も順番が前後しているが、これは改造車だからね)
ここで、1928年現在で国鉄に存在していた機関車リストを作ってみると、奇妙なことがある。
D50 C51 C52 C53
あれれ? えらくきれいに並ぶではないか。
想像ではあるが、当時の国鉄当局は、機関車を命名するに際して、一つの数字を別のアルファベットで2度使いする気はなかったのであろう。
仮定の話ではあるが、もしもここで新型貨物機が登場していたなら、それはきっと「D54」と呼ばれただろう。
だが史実としてはそんな貨物機は登場せず、翌1929年、新型機関車として、1台のモーガル機関車が登場する。
もしもルール通りに続けるなら、
D50 C51 C52 C53
の続きで、このモーガルはおそらく「C54」と命名されたであろう。
しかしここで、誰かが言ったかもしれない。
「おいおい、新型とはいえあんな中型モーガル機が、わが国で最大最速を誇るC53よりも大きな数字の形式番号をつけるのかい?」
「ううむ、それはちと問題であるな」
だからルールを変更して数字の二度使いを許すことにし、
D50 C51 C52 C53
C50
↑
new
となったと筆者には思える。
その後1931年にはC54が登場し、
C50 C51 C52 C53 C54
D50
1935年にはC55とC56が登場し、
C50 C51 C52 C53 C54 C55 C56
D50
さらに同じ1935年。
ついにあのミカドが登場する。
C50 C51 C52 C53 C54 C55 C56
D50 D51
↑
new
ああよかった。
世が世なら、親愛なるD51はデゴイチではなく、「デゴハチ」と呼ばれていたであろう。
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