出来の良い姉に奪われるばかりだった人生ですが、初めて手にした愛情に救われて幸せになりました

仲仁へび(旧:離久)

第1話



「ほんっとうに、見ててイライラするわ。あんたなんかが私の妹だなんてね」


「生まれてこなければ良かったのよ」


「生きていること自体が何かの間違いなんじゃない?」


 お姉様に投げつけられた言葉は、私の心を深く傷つけました。


 私の人生は、ひたすら姉に奪われるばかりの人生でした。


 とろくて、要領の悪い私には、賢く聡明・美人な姉がいましたが、そんな姉は何でもできたため、私とは違って多くの人に慕われてていました。


「君のお姉さんはなんて立派なんだろう」


「優しいお姉さんがいて、幸せ者だね」


「お姉さんは賢くて聡明な人なんだな」


 皆が姉を愛し、褒めたたえました。ですが、その中にいる人は一度も、私に同じ事をしてくれませんでした。


 父も母も、そうです。


「お前は馬鹿だな。お姉ちゃんをみならいなさい」


「貴方は本当に顔もよくないし、性格もぱっとしないし、良い所がないわね」


 だから二人ともずっと昔に、私には一切期待しなくなりました。


 全て彼らの言う通りなのです、私はきっと出来損ない。


 おそらく生まれてきた事が間違いだったのでしょう。


「お前なんかに持っていられたら、物の方が迷惑よ。だからこれはもらっておくわ」


 私などの手元にある物は、きっと可哀想。

 だから、みんなみんな姉に譲ってしまいました。


「お前なんかと一緒にいたら、あの人達の迷惑だわ。だからお前の代わりに私があの人達と仲良くしておくわ」


 友達もいましたが、姉の言う通り私と一緒にいても楽しくないはずです。むしろ迷惑ばかりかけてしまうはず。

 だから、みんなみんな、姉の友人になっていきました。


 その結果。


 今の私は何も持っていません。

 今の私はいつも一人ぼっちです。


 でも、それは当然の事なのです。

 仕方のない事なのです。


 だって、私のような人間は生きていること自体が間違いなのですから。








 桜の花の蕾がふくらむ頃。


 校舎の中、目の前を学生たちが行き来しています。


「これで卒業ね」

「寂しくなるわね」


 貴族のお嬢様達が通う学校。

 ここで三年間様々な事を学んだけれど、青春らしい出来事は何一つ経験していませんでした。


 卒業式を終えても、思い出を語る相手は一人もいません。


 そんな私が、誰にも話しかけられず校門を出たら、目の前に私の家の馬車が止まっているのが見えました。


 誰かが迎えに来てくれた、などという思い上がりはとうの昔に捨てました。


 きっとこれはゴミ箱なのでしょう。


 要らない人間を捨てるための、動くゴミ箱なのです。


 こんなゴミ箱にされた馬車が可哀想です。


 こんなゴミ箱を走らせなければならないお馬さんや、御者さん、乗り込まなければならない使用人さんも可哀想。


 こんな私が貴方達を煩わせてごめんなさい。


「お嬢様、御父上と御母上からの伝言です」


 馬車に乗っていた使用人さんがおりてきて、私に伝言を伝えてくれます。


 要訳すると、学校を卒業した私は、このまま嫁ぎ先の貴族の屋敷へ追いやられるようです。


 世間体が悪いからこの年まで育ててきたけれど、これ以上手をかけるのは面倒になったため、家の為にどこかへさっさと嫁いでほしいという事でしょう。


 貴族同士のパイプつなぎに貢献しなさいという事ですね。


 私に拒否権は在りません。


 だから、別れを惜しむ学生達の声を聞きながら、静かにその馬車に乗りこみました。








 やってきたのは、評判の悪い貴族の家でした。

 

 夫となる人物は、あまり人と交流のない私にすら悪い噂が聞こえてくるような人です。


 耳に届いたその内容の中身は、その家の貴族は暴君で、よく人を罵倒している人、だとか。そういった類のものばかり。


 それでも一応礼儀を、と私が挨拶をしたら、「何だ捨てられた女か、もう来たのか早いな」と言われてしまいました。


「面倒だが、貴族同士のつきあいのために、お前を貰っておいた。部屋は自由に使うがいい。食事も風呂も用意してやる。だが勝手な事はするな。良いな」


 ドライン様という名前のその人は、そうそっけなく挨拶をして、自分の部屋にこもってしまいました。


 私は、彼の邪魔にならないように部屋に引きこもる事にしました。


 けれど、使用人さん達は放っておいてくれなかったようです。


「お嬢様、良かったですね、ドライン様があんな家から救い出してくださって」

「えっ?」


 その日の夜、食事を運んできた使用人たちにこんな話をしてもらいました。


 ドライン様は、私の家の中での状況を知って、私を伴侶に選んでくれたそうです。


「ドライン様は色恋にはあまり興味ないけれど、優しい方なんです。『貴族として血を残さなければならないなら困っている人を助けたい』と、そうおっしゃっていました」


 私はその瞬間から、夫となったドライン様を見る目が変わりました。







 ドライン様は不器用な方です。


 何かを伝えるときも言葉たらずなので、冷たく聞こえてしまうのでしょう。


「部屋が殺風景だな。つまらん。(訳:もっと物があっても良いんじゃないか?)要る物を思いつくまで、俺に話しかけるなよ。(訳:欲しいものがあったら、どんどん俺に伝えてくれ)」


「食事を残す奴は嫌いだ。(訳:食事はちゃんと食べてるか?)俺の家のシェフが出した品物は好き嫌いせず食え。(訳:シェフが可哀想だろ。あと健康のためにちゃんと栄養を摂取しろ)」 


 と、こんな感じなのです。


 自分ですら忘れていた、自分の誕生日プレゼントを、ドライン様がくれた時なども。


「お前の為じゃないからな(訳:お前のためにわざわざ選んだんだ)」


 このような感じでした。


 そのたびに周りにいる使用人さん達から、温かい視線をもらって、少しいたたまれなくなってしまいます。


 彼等が言うように、ドライン様は心の優しい方でした。


 おかげで、何もない事が当たり前だった私の日常は、あっという間に色づき、部屋の中が思い出の品物であふれてしまいました。







 不器用な夫との結婚生活が、数か月過ぎた頃、


 姉が様子を見にやってきました。


 おもてなしのために、ドライン様が挨拶したのですが、案の定です。


「近くもないだろうに、様子見ごときでわざわざ来るな。(訳:遠い場所からわざわざご苦労。何か用事がある時は無理をしてこなくても良いんだぞ)」


 と言ってしまわれています。


 さすがのお姉さまも、これにはたじろがれたようでした。


 けれど、多くの人に愛されているお姉さまは、巧みな話術で会話を盛り上げ、あっという間にドライン様に好印象を与えてしまいました。


 家族とドライン様が仲良くしている事は良い事です。


 でも、ドライン様まで他の人達のように私を見限って『妻にするなら姉の方が良かった』などと言い出さないか、心配になってしまいました。


 私が魅力に欠けた女性であるという事は分かっているけれど。








 何度目かの訪問。


 お姉様はドライン様の本心を見抜いたようです。ドライン様は、そう冷たいお方ではないという事に気づいてしまわれました。


 それからお姉様は、綺麗なドレスで来るようになって、しきりにドライン様と二人きりになろうとしました。


 だから、私はドライン様にこう言ったのです。


「私との結婚が嫌でしたら、すぐに離婚してください。きっとお姉様の方が、ドライン様を幸せにできます」


 けれど、ドライン様は翻訳のいらないセリフで、怒ってしまいました。


 眉を逆立てたドライン様はこうおっしゃいます。


「お前、本気で言っているのか、その頭は、その瞳は飾りか? 俺が本気であの姉を選ぶと思っているのか?」

「ですが」

「あの姉は、いつも俺としか会話をしたがらない。お前の様子を見に来ているのに、お前の顔なんてロクに見ずに帰っていく事もあるだろう。そんな人間に俺が惹かれるとでも」

「しかし、何も良いところがない私と一緒にいるより、お姉さまの方がドライン様を幸せにしてくださいます」


 怒りをとかないドライン様は、私の唇をうばって、こう言いました。


「妹の幸せを願えない奴と姉の幸せと夫の幸せを願える奴、どちらをとる? 分かりきった事を聞くな。お前は一生俺の妻だ」

「はっ、はい」


 そこで私は、ようやくドライン様の事を愛しているという事に気が付きました。


 たとえ私よりすぐれているお姉様が相手でも、ドライン様を渡したくありません。







 次の日、綺麗なドレスを着てやってきたお姉様に、ドライン様が飲み物をぶちまけました。


「女性にこんな事をするなんて、ドライン様! いったい、何をなさるの!」

「今まで、妻の顔に免じて出入りさせてやったが、我慢の限界だ。お前は金輪際、我が屋敷に足を踏み入れるな」

「なっ、一体どうして。貴方の妻は何のとりえもない女じゃない! どうしてそっちを選ぶのよ!」

「それが分からないから、こういう展開になったんだ。いつまでも喚いてろ」


 そして、ドライン様は屋敷からお姉様をつまみだしてしまいました。


 お姉様を乗せてきた馬車はありません。


 ドライン様が、御者さんに「妻の姉と一日じっくりお話がしたい。だから帰ってほしい」と言ったためです。


 これではお姉様は、汚れのついたドレスで歩かなければなりません。


 お姉様は、自分がはめられたことに気が付いてこちらを睨みつけてきましたが、どうする事もできずとぼとぼと帰っていきました。


「これで邪魔者はいなくなったな。晴れて両想いだと判明したんだ。今日は食卓を豪華にしてみるか」

「はい、ありがとうございます。ドライン様、私は一生貴方の妻でいます」


 私はドライン様の心遣いが嬉しくて、胸がいっぱいになりました。


 そしてほっとしました。


 手を繋いで、その場から離れていきます。

 その力は強くも弱くもなくて、手つきは優しい。


 私はドライン様が好きです。誰にも渡したくありません。


 こんな素敵な旦那様と出会えた事が、とても嬉しい事に思えました。


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