第3章 大内の脅威

第20話 天才剣士

この回の主な勢力、登場人物


※今回、龍造寺家の登場人物はなし


少弐氏 …龍造寺家を傘下に置く北九州の大名。大内氏と敵対

少弐資元すけもと …当主興経の父、隠居の身

小田資光すけみつ …神埼蓮池を本拠とする少弐傘下の国衆


大内氏 …山口を本拠に、中国、北九州に勢力を張る西国屈指の大名     


西千葉家 …肥前中部の小城おぎ郡に勢力を持つ。東千葉家と対立中

千葉胤勝たねかつ …西千葉家当主。少弐氏と友好関係にある


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※  



「はあ? 何故我らが軍勢を出さねばならんのだ?」


 田手畷の戦の翌年(享禄四年、1531)、肥前小城おぎ郡、晴気はるけ城でのこと。

 この城を拠城とする西千葉家当主の胤勝は、白い目で嫡子胤連たねつらを睨んでいた。



 事の発端は西千葉家に届けられた、小田資光からの書状だった。


 かつて胤勝は少弐から大内へと寝返り、討伐を受けて逃亡。

 後に大内の客将として少弐討伐の軍勢に加わっていたものの、望郷の念が強くなった。


 そこで再び少弐氏に寝返る事を決め、少弐傘下の小田家に手引きをしてもらい、大内の陣から脱出。晴気城への帰還を果たしたのだった。


 ところが脱出の際、小田一族の四郎左衛門しろうざえもんが捕らわれてしまう。


 書状には、彼の居所を筑前にて突き止めたので、救出のために当家と共に、西千葉家からも手勢を出してほしい旨が書かれていたのである。


 しかし話を聞いた胤勝は明らかに呆れ顔。

 書状を披露した胤連は、そんな父の眼差しを平然と受け流し、はきはきと答えた。



「何も軍勢を送る訳ではございませぬ。捕らわれている館に忍び込むため、手練れの者を十数人送るだけの話。救出の恩に報いる、良い機会ではござりませぬか」

「すでにわしは帰還を果たした。それで終りだ。以後の面倒事など知ったことか」


「では、ここに少弐の御隠居(資元)からの口添えの書状もござりますが、断りの返書を送っても宜しゅうござるか、父上?」

「御隠居の書状⁉ 馬鹿者、それを先に言わぬか、早くよこせ!」



 資元に小田を手助けしてやれと促されては、胤勝は従うしかなかった。


 後日、小田家と西千葉家の者達、合わせて数十名は小城にて合流。

 北の背振せふりの山々を越え筑前に入ると、四郎左衛門の捕らえられている某所に向かったのである。


 後は救出して戻ってくれば、めでたしめでたしであったのだが──



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



「何っ、しくじっただと!」

「はっ。残念ながら我ら家中の者、数名が捕えられてしまった模様」

「たわけ! わしが大内に歯向かったことが露見したではないか!」


 折りたたんだ扇子で胤勝は机上をバンバン叩きながら、報告にやってきた家臣をなじる。


 しかしもはや後の祭りであった。

 同年八月、胤勝の裏切りに怒った義隆は、筑前博多津の代官にして、岩屋城督の飯田興秀に西千葉攻撃を指示。

 田手畷の敗戦からわずか一年で、大内は再び肥前へと攻め込んできたのであった。



「飯田勢は北の山々を越えて南下中! 加えて松浦まつら氏など西肥前の国衆が呼応し、西から当地に向かっておりまする」

「父上、それと東千葉家も動きが怪しゅうござる。おそらく兵を集めているものと思われまする」


「どうしろと言うのだ! 我らは袋のネズミではないか!」


 籠ってもこの城だと陥落は必至。出撃しても兵力差に潰されるだけ。

 家臣や胤連の報告を聞いた胤勝は、上座にて頭を抱えるしかなかった。


 それでも出来るだけの手は打たなければならない。

 彼は覚悟を決め、傘下の地侍達を招集して手勢をまとめると、迎撃するべく小城北部に向かった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 そして西千葉勢が、陣を構えた翌日のこと。

 胤勝の陣の前に突然、百名余りの武士達が現れた。軍勢に加えてほしいと志願してきたのである。

 喉から手が出る程戦力が欲しかった胤勝は、喜んで彼らの頭領との対面に応じた。


 しかし彼らの姿を見たとき、胤勝の表情は曇った。

 皆とにかく若い。中には元服を終えたばかりではないかと思われる程、体が細い者もいる。


 加えて色落ちした甲冑に身を包む者、兜や籠手やすね当てなどが無い、簡易な甲冑姿の者などが混じっていて、まるで浪人集団の様。


 そして何より胤勝の目を引いたのは、彼らの中心で平伏する頭領だった。


「拝謁賜り恐悦至極。それがし、頭領の浮田善兵衛と申しまする。我ら武芸者百名余り、戦場において功を成さんと志しておりました。是非とも御味方の軍に加えて頂きますよう」


 そう言って顔を上げた善兵衛と、胤勝は目が合って慄いた。

 甲冑の下から分厚い胸板や、腕周りの太さがはっきり見える。とても並大抵の体躯ではない。加えて若輩とは思えない程の威厳が備わっている。

 そして不遜と思われかねない程、彼の顔は自信に満ち溢れていた。


「よ、よかろう。大内勢は明後日には山越えして小城に入るはずだ。我らに加わり粉骨砕身励むがよい」

「明後日、承知仕った。ではその日に片を付けてきても、よろしゅうござりますな?」

「何だと?」


 善兵衛はそう宣言すると口元で笑みを浮かべた、胤勝にはっきりと分かるように。

 明らかにこの戦を軽侮している。そう思った胤勝は、脊髄反射の如き速さで彼に嚙みついた。


「戦の恐ろしさを碌に知らぬ若造が何をぬかす。そなた達は黙って我の采配従っておけばよい」

「小城は我らの庭にござる。ここはお任せ願いたい。頃合いを見て狼煙を上げます故、機を逃さず攻め込んで下さりませ」


「そなた、わしに指図するのか!」

「ではこれにて御免」


 そう言い残すと、善兵衛と手下の者達は何食わぬ顔で去っていった。

 唖然とした胤勝は止める事が出来ず、後になって地団駄を踏んで憤るばかり。


「おのれ、何たる傲慢! 主を主とも思わぬあの態度、許せん!」

「父上、この辺りの者達ならば、むしろ好都合ではございませぬか。ここは奴らに任せてみてはいかがでござる?」

「ふん。わしはもう奴らを味方とは思わん。そなたが気に入ったのなら好きにするが良い」

 

 捨て台詞を吐くと、陣の奥に胤勝は引っ込んでいった。

 胤連はそれを平伏して見送る。しかし彼の頭の中では引っ掛かっていた事があった。


(あの頭領、どこかで見た事があるような……)



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 二日後、飯田勢の先陣はすでに背振の山を下り、小城へと侵入。しかし後続の部隊はいまだ山道の中にいた。


 飯田勢の将兵達は皆注意を怠っていた。

 小城から佐嘉、神埼の各郡にまたがる北部の山岳地帯は山内さんないと呼ばれ、小豪族が点在する所。

 なので、とても我らに歯向かう命知らずなどいる訳がない、と彼らは決め込んでいたのである。


 その弛緩した様を崖の上から眺めていた善兵衛は、静かに配下の武芸者達に告げた。



「放て」


 武芸者たちの放った弓が、たちまち数人の兵を射倒す。

 彼らは隠れていた木々から姿を現すと、獲物を定めて飛び降りていった。


 功を成さんと威勢良く暴れまわる若武者達と、弛緩していて慄くばかりの将兵。

 どちらがこの場を制するかは言うまでも無い。

 飯田勢は身動きの取りにくい隘路で、たちまち大混乱に陥った。


 さらに拍車を掛けたのが、善兵衛の剣だった。


 苦し紛れに襲い掛かる敵兵の槍を、彼は難なくかわすか、払い流して封じてゆく。

 そして敵の槍を捕まえて引き寄せ、態勢を崩す。これで終いだった。

 「しまった」と敵が思った瞬間、すでに鎧の隙間に善兵衛の剣が突き刺っていたのである。


 恵まれた体格に、ずば抜けた腕力と俊敏。そこに加わる修行で会得した剣技。

 無類の強さを誇る彼の剣は、立ちはだかる者を次々と屠り続け、飯田勢を恐怖のどん底に叩き落していった。



 やがて善兵衛達からの狼煙が上がり、それを見て胤連は飯田勢先陣に強襲。

 すでに背後で奇襲を受け、動揺していた彼らに出来る事は、退却だけだった。

 

 西千葉勢は寡兵ながらも、土壇場で撃退に成功。

 これを受けて、東千葉家も軍を動かすことは無く、また西肥前の国衆達も小城に乱入することなく引き揚げていったのだった。

 


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 戦後、喜び勇んで帰陣してきた胤連は、すぐに善兵衛を呼びつけた。

 しかし陣中に善兵衛達の姿は無かった。

 彼は胤勝から恩賞として、所望した銭を受け取ると、すでに姿をくらましていたのである。


 胤連はそれを知って、慌てて胤勝の前にやってきた。


「父上、何故善兵衛達を、仕官に誘わなかったのでござるか?」

「仕官? あのような太々ふてぶてしい態度の輩、家臣になど出来るか! すでに去った者だ。そなたもすぐに忘れよ」


「あれ程の剛の者、忘れる事など出来ますまい。家臣達と何者だと話していて、ようやく分かり申した。彼は善兵衛と名乗っておりましたが、あれは偽名にござる」

「偽名?」



「真の名は神代くましろ新次郎。山内にで道場を営む剣術師範にござる」

 



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る