第18話 決戦、田手畷!(後)歯がゆい勝利



主な勢力、登場人物


龍造寺氏 …肥前佐嘉郡を中心に勢力を張る国衆。少弐氏に従う

龍造寺家兼いえかね …主人公。龍造寺分家、水ケ江みずがえ当主 一族の重鎮

龍造寺胤久たねひさ …家兼の甥(兄家和の子) 龍造寺惣領にして本家、村中龍造寺当主。

龍造寺家門いえかど …家兼次男


少弐氏 …龍造寺家を傘下に置く北九州の大名

     大内氏に滅ぼされたものの再興を果たす

少弐興経おきつね …少弐家当主 家兼を嫌悪している

少弐資元すけもと …興経の父、隠居の身

馬場頼周よりちか …少弐重臣 興経の後見

江上元種もとたね …少弐傘下の国衆 興経の後見 


大内氏 …山口を本拠に、中国、北九州に勢力を張る西国屈指の大名     

筑紫氏 …東肥前大身の国衆。少弐傘下だったが、大内に攻められて降伏する

朝日頼貫 …東肥前の国衆。少弐傘下だったが、大内に寝返り、その軍に加わる



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 田楽の村祭りの者達と思われた一団。

 その背後から現れたのは、赤の長髪を頭頂部に付けた兜、赤熊しゃぐま兜の集団だった。その手には、刀や槍が握られていた。


「敵じゃ! 出会え、出あ── がはっ……」


 気づいた大内の兵の叫びが周囲に響き渡ろうとしたが、すでに時遅し。

 至近距離まで詰め寄られていた彼らは、たちどころに骸と化してしまったのである。


 演奏の賑やかさから一転、周囲は静寂に包まれた。

 高地の南から侵入した赤熊武者の集団は、密かに分散して北上を始めた。狙うは大内勢の側面である。

 そこは背丈以上の木々や、体の幅以上の草木が生い茂る雑木林。身を隠し、相手の不意を突くには持ってこいだった。

 

 長い髪を振り乱し、鬼の形相で戦う赤熊武者がいきなり現れれば、誰でも驚かないはずがない。

 各地に出没した赤熊武者達によって、大内勢はたちまち撹乱された。



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 大内勢の混乱は龍造寺の陣にも伝わった。


 だが報告を聞いても赤熊武者など知る筈もなく、皆怪訝な表情を浮かべざわつくばかり。

 その中で家兼一人がほくそ笑んでいたので、不思議に思った胤久が声を掛けた。



「叔父上、その赤熊の武者達は、まさか……」

「我らの手勢にござる。これを待っていた」

「戦が始まる前から考えておられたのか?」

「万が一に備えての策にござる。惣領、今こそ好機、すぐに反撃に転じよと下知をくだされ!」


 胤久は家兼の進言通り龍造寺全軍に指示を飛ばすと、さらに他の少弐勢諸将にも伝えさせた。


「これで良うござる。混乱した大内勢は撤退を決めましょうが、背後は川。容易には参りませぬ。徹底的な追撃を加えて壊滅させ、二度とこの地に踏み込ませぬようにしてやりましょうぞ!」 


 齢七十を超えた家兼が、珍しく顔を赤らめて嬉々として語る。

 なにせ自分が作戦立案し、思惑通り戦闘が進んでいるのだ。しかも相手は強敵、大内勢。気分を高揚させるなと言う方が無理だった。


 さらに届けられた吉報が気分を後押しする。


「申し上げます! 水ケ江勢、筑紫勢大将、筑紫尚門を討ち取りましてござりまする!」 


 龍造寺陣中からたちまち歓声が上がる。

 もう大勝利は疑いようがない。積年の鬱憤をようやく晴らす事が出来る。

 

 そうなるはずだった──



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「おお父上、ここにおられたか。如何なされた? すでに大内は蜘蛛の子を散らすように撤退しましたぞ。もはや眺めていても何もござりますまい」


 

 一刻(二時間)後の、龍造寺の陣を離れ、高地の戦場が一望できる所。

 そこで家門は黄昏る父を見つけ声を掛けた。

 しかし返事が返ってこない。


「如何なされた?」

「聞こえておるわ。全く……不甲斐ない者共め」

「え⁉」

「いや、そなたの事を申したのではない」


 それだけ言うと、彼はとても高齢とは思えない健脚でスタスタと戻り、陣幕の奥へと引っ込んでしまった。



 怒りの矛先は最後に生じた誤算だった。 

 確かに少弐勢は反撃から追撃へと転じたのだが、龍造寺以外の諸勢は、それまでにあまりにも押し込まれ過ぎていた。

 なので想定していた程の、大きな戦果を挙げる事が出来なかったのである。 


 討ち取った兵は八百。これだけ聞けば上々と思えるだろう。

 しかしそのうちの多くは筑紫、朝日勢、先陣を任された寝返り組なのだ。 

 また大将クラスの戦死者も、筑紫尚門と朝日頼貫、横岳資貞のみで、大内本軍では誰一人としていない。


 結局のところ、大内勢に確かに一敗を喰らわせたのだが、その被害は、今後何年も軍事行動を起こせなくなる程では無かったのである。


 しかしそんな実情を知る筈もない、少弐勢の陣はどこも浮かれるばかり。

 彼らが大内の肥前再侵攻に驚くのは、翌年を待たなければならなかった。


 

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 戦後、家兼は、赤熊武者を率いた者達を胤久に引き合わせた。


「惣領、ここに控えておりますのは与賀本庄の地侍、鍋島家の当主清久とその倅達。隣は飯盛いさかいの石井党の者達でござる」

「そうか、此度の働きまことに見事であった。礼を申すぞ」


 そう述べた胤久に鍋島、石井の者達は頭を下げる。

 すると、兜の赤髪が甲冑に当たり音を鳴らす。その音が胤久の思った音とは異なり、ザラザラとなったため、胤久は怪訝な表情を浮かべた。


「ん? ずいぶん乾いた音だな。その赤熊の兜は、何の獣の毛を使っておる?」

「これは赤く染めた麦わらにござる」

「獣の毛では無いのか」


「左様にござります。我ら手勢、合わせて百名余り。これだけの者の兜に、獣の毛を使っていれば到底足りませぬ。なので代用品として、それらしく見える麦わらを用いた次第」



 胤久は鍋島清久の発案に感心していた。

 この鍋島、石井勢の出で立ちは、後に肥前において鬼面を付けて舞う伝統芸能「面浮立めんぶりゅう」の起源となった、とする説がある。

 真偽の程は不明だが、そんな説もあって彼らの活躍は、当地に長く語り継がれる事となったのだった。 


 家兼は後日、佐嘉に戻ると両勢に恩賞を与えた。

 特に鍋島勢の活躍を称えて、家純の娘、華渓を当主清久の次男、清房に娶らせ縁戚とし、引き出物として佐嘉郡本庄八十町を与えたのだった。



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 そして大内勢撤退の直後、多久梶峰城に難を逃れていた、隠居の資元が勢福寺城へと戻ってきた。

 

 まずやるべきは論功行賞の内談である。

 彼は大内勢に快勝し、久しぶりに拠城に戻れた嬉しさから、笑みを浮かべて広間に現れると、当主興経とその後見、頼周、元種に大仰に告げた。

 


「千町じゃ。御老公には川副千町を与えようぞ!」




 



 

 

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