八章

第68話「伏線回収」



 昔、心優しい青年がいた。

 彼は誰に対しても公平に接し、皆から愛される要素全てを兼ね備えている。

 彼の表情や言動、体格に声、彼を形成するもの全てが魅力的で、彼と接した全ての人は彼に魅了され、彼は性別を問わず全ての人間から愛されていた。


 青年の名は沢田智明。


 そんな完全無欠な彼には、親友がいた。

 誰に対してもいい顔をし、接した人皆が苦手意識を持つような人間だ。

 表情は地味で陰険で、彼を形成したものはすべて偽物だった。


 親友の名は松田龍馬。僕だ。



 一人称が変わったのが始まりだった。

 自分の事を「りゅうま」と名前で呼んでいた僕。

 成長するにつれ自我が芽生え、名前で呼ぶことに恥じらいを持った僕は、小学校に上がるくらいのタイミングで、自分を表す漢字一文字を決めることにした。



「俺」



 冷ややかな視線。


 僕は、可愛かったらしい。


 それから始まった


 母親の


「智明君の真似か」


 その言葉から全部変わっていった。


 智明は、小さい頃から背が高くて、器用で、でも内気で。

 僕とは正反対だったから、二人でよく言っていた。


「中身が反対だったらいいのに」


 いつの間にか、そうなっていた。


 でも、でもさ、一つだけ言わせてくれよ。

 僕はまだいい。智明だよ、問題は。

 智明はただ背が高かっただけ。

 筋肉質だっただけ。

 なのになんでみんな智明に強さを求めんだよ。

 どうせお前らこれ読んで笑ってんだろ?

「作家になりたいとか言ってたくせにこれか」とか思ってんだろ?



 キーボードを強く叩く。

 唇に髪が触れた。

 人の真似をできる自分に気付いた。


 なんだ、僕、チート能力持ってる。


 主人公みたい。


 僕、もう泣く必要ない。



 てか、今思ったんだけどさ?智明はなんで俺と同じ高校通ったのかな?

 俺みたいな根暗と一緒で…とか言ったらあいつ怒るかな。



 内気で、アリにすらビビってた智明が、怒って、俺の顔面ぶん殴ってくれるのかな。




 もし、そうなら。


 そうなったら、僕は。




 頭に響く朱里さんの言葉。




「もしもし晶さん?ちょっと、良いかな?」


 この行動で、何もかもが変わると信じて。




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