第88話 談冬社

 俺は横山さんに提案をしようと思っていたことが一つあった。


「撮影のカメラマンってもう決まってますか?」

「カメラマンですか。いつも決まった人はいますが、決定というわけではないですね。あの、カメラマンが何か?」

「実は、ご紹介したい人間がおりまして」


 スーツのポケットに手を突っ込んで、名刺ケースを取り出した。

こっちのケースは主にもらった名刺が入っているものだ。


 俺は名刺ケースを二つ持ち歩いており、自分の名刺入れともらった名刺のケースを分けているのだ。

もらった名刺も膨大な数になるので、よく紹介する人や最近会った人にとどめている。


「この方をカメラマンとして起用しては頂けないでしょうか?」


 『石井貴雄』と書かれた名刺を横山さんの前に置いた。


「石井貴雄って、あの有名なプロカメラマンですか!?」


 横山さんはその名刺と俺の顔を交互に見て、驚きの表情を浮かべていた。


「はい。その通りです。彼ならWhiteの魅力を存分に引き出してくれると思うのですが」


 貴雄はほぼ、Whiteの専属カメラマンのようになっている。

慣れているし、腕はその辺のカメラマンよりは遥かに高い。


「石井さんにやって頂けるならぜひ、お願いしたい。彼は雑誌の撮影などの仕事はほとんど受けていないようなので」


 確かに、貴雄は雑誌の撮影などはほとんどしない。

元々、人物を撮るのはそこまで得意ではなかったし、今や国際的なカメラマンだ。

世界の超が付くほどの有名企業から引っ張りだこ状態なのである。


 貧乏生活を送っているわけでもない貴雄は仕事を選べる状況んにあるということだ。

貴雄の過去の実績を見ても、ほとんどが一度は名前の聞いたことのあるような企業の案件ばかりであった。


「分かりました。石井にその旨をこちらから伝えさせて頂きます」

「ありがとうございます。四宮さんの人脈は凄いとお噂は伺っていましたが、本当のようですね」

「恐縮です」


 俺の人脈チートの噂はこんなところまで広がっているらしい。

一体、誰がそんな噂を流しているのだろうか。

名前が一人歩きしている状態にはたまに驚かされてしまう。


「他に四宮さんの方からは何かありますか?」

「いえ、私の方からはこれ以上は」

「分かりました。では、今日はこの辺にしておきましょうか。荷物になるかもしれませんが、よかったらお持ちください」


 横山さんは先週発売しているエリースを手渡してくれた。


「ありがとうございます。いただいて帰ります」


 俺はそれを受け取ると、カバンの中に仕舞った。


「では、撮影のスタジオ等は四宮さんのメールにお送りさせて頂きます。今日中にはお送り致しますので」

「分かりました。では、引き続きよろしくお願い致します」

「はい。本日はご足労頂き、ありがとうございました」


 横山さんに見送られて俺は談冬社の本社ビルを後にするのであった。

そして、ビルを出たところで貴雄のスマホを鳴らした。


『お疲れっす。兄貴』

「お疲れさん。今、大丈夫か?」


 相変わらずおちゃらけた様な貴雄がすぐに電話に出てくれた。


『大丈夫っすよ』

「お前に伝えてあった談冬社の件、お前さんにカメラマンの依頼が行くことになったから」


 俺はあらかじめ、貴雄に伝えてあった。

貴雄はそれをあっさりと了承してくれたのである。


『マジすか! 了解っす! またWhiteちゃんたち可愛く撮っちゃいますねー』

「ああ、よろしく頼むよ。お前の腕は信用してるからな」

『腕はのところ強調しなくてもいいじゃないですかぁ』

「だって、他はチャラいじゃん」


 貴雄は確かに権威ある賞を受賞しているのだが、見た目がチャラいのだ。


『これが俺っすからね。あー、兄貴すみません。ちょっと次の現場があるんで失礼します』

「ああ、忙しい所悪かったな。じゃあ、当日はよろしく頼む。詳しい場所はメッセージするから」

『了解です! ではまた』


 そう言って、貴雄との通話を終了させた。


「さて、事務所に戻るか」


 俺は事務所に戻って残してある仕事を進めることにした。

ここから、事務所のある秋葉原まではそう遠くはない。

電車で10分ほどで到着するだろう。


 10分と少し電車に揺られて秋葉原に到着する。


「お疲れさまです」


 事務所には何人かデスクに座って仕事をしてした。

社長室の電気は点いていたので、望月さんはまだ仕事をしているのだろう。


 俺は社長室へと向かった。


「社長、少しよろしいでしょうか?」


 社長室のドアをノックしながら言った。


「ああ、入ってくれ」

「失礼します」


 望月さんは資料に目を落としていた。


「ちょっとここだけ片付けちゃうから、座って待っていてくれ」

「分かりました」


 俺は社長室のソファーに腰を下ろして、数分待っていた。


「お待たせお待たせ。それで、何か進展があったのかい?」

「ええ、例の談冬社の件がまとまりました。来月末のエリースに掲載される予定です」

「おお。もう、まとめてきたのか。さすがだな」

「ありがとうございます。それでは、僕は早速動きますので」

「分かった。期待しているぞ」


 望月さんはなぜか談冬社にこだわりがあった様なので、報告を済ませたのであった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る