心の平和!

 俺は双子から離れ、真壁の方に近付いた。抱きしめたいと思ったから。

 だが真壁はそのとき、範子の胸の谷間で溺れていた。う、うらやましい。

 真壁だけを抱きしめるのはムリ。真壁をひっぺがすのも、なんか違う。


 こうなったらしかたない。俺は範子ごと真壁を抱きしめることにした。

 真壁の背中側に回り込んで、2人まとめてがしっと抱きしめた。

 ぎゅうーっと何かが圧しつぶされる音と、元に戻ろうとする弾性力。


 な、なんか、思ったよりもエロいぞ!

 真壁の背中には、妙な丸みとやわらかみがある。まるで女子みたい。

 そして下着の盛り上がりが帯状にくっきりしてる。真壁、だらしないぞ。


 中シャツはちゃんとズボンの中にインしたほうがいい!

 そうでないと汗をかいたあとになってお腹が冷える。

 見えないところこそ、美しくありたいものだ!


 ま、細かいことには構わず、言った。


「真壁、気にすんな。俺は真壁にはずっと近くにいてほしいと思ってる」

 真壁。俺たち、ずっと大親友しようぜ! 母さんがなんと言ってもだ!

 にしても、真壁の背中はなんてやわらかいんだ。ついでに範子もやわらかい。


 真壁を背中から抱きしめる俺の手は、あくまで自然に範子の背中に達してる。

 範子のメイド服はたしかに重装備だけど、それでも伝わってくるものがある。

 範子の温かい気持ちと、大きめブラジャーの重厚なる布とホックの感触だ。


 あと少しどうこうすれば、そのホックは外れてしまうだろう……外すか?

 不可抗力を装って外してしまおうか? きっとバレない。俺ならできる!

 いや、それはないか。今そんなことして得するのは、どう考えても真壁。


 今、ラッキースケベが起こったとして……。

 イケメンの真壁は笑って許されるに違いない。

 対する俺は、こっぴどく叱られるに違いない。


 袋叩きで済めばいいが、くすぐりやふとんむしの刑まである。最悪だ。

 そんな数秒後が自然と目に浮かぶ。悲しいけど、ここは勇気ある撤退。

 メイド服の上からホックにかかった手を、もう動かさないことにした。


「秋……山……ありがとう。けど……苦しいよ……範子さんも……」

 と、真壁がもぞもぞしはじめた。そりゃ苦しいだろうよ。挟まれてんだから。

 正直に言うと、真壁、俺はお前がうらやましい。代わってやりたい気持ちだ。


 と、今度は範子の様子がおかしくなった。ひと言で表現すれば、エロい!

 顔は真っ赤。瞳には込み上げてくるものが今にも溢れ落ちそう。


 範子ははじめ、息を止めていた。何かをグッと我慢していたようだ。

 けどときどき、我慢しきれずに「んーっ」と息をもらしはじめた。

 そして、我慢しきれなくなったようで、ついには肩で息をする始末。


「はぁ、はぁ。純くん、よかったね。はぁ、はぁ……」

 って、エロい吐息まじりに言うなーっ! 何がよかったか、考えてしまう。

 もちろんエロいことだ。おそらく、みんなの想像より3割エロい!

 

 範子は大真面目で、涙をぽろぽろと流している。

 俺が真壁に『ずっと近くにいて』と言ったことに感動したようだ。


 いやいやいや。そこそこの見せ場ではあったけど、泣くほどじゃないって。

 範子はちょっと感情移入しやすい性格のようだ。

 

「いいか、真壁。俺と真壁は一生大親友だかんな!」

「わ……分かったから……離れてよ……苦しいから……」


 分かってくれれば、それでよし。俺は真壁から離れた。

 けど、範子はいつまでも真壁を抱いていた。

 正直に言うと、真壁、俺はお前がうらやましい。


 シリアスな平和的かつ感動的なシーンもこれで終わり。


 そう。俺たちには乗り越えなければならない壁がある。

 この場合、通らなくてはならない柱の中、だろうか。

 兎に角、先に進む!


 俺は「よし、いっくぞーっ!」と言って階段を降りはじめた。

 それを直ぐにとがめたのは、俺を公式ライバルと呼ぶ女、すばるだ。

 千秋、千春の双子もそれに続いた。息がぴったりだ。


「あれ、どうして下なの? 上にも行けるみたいだけど」

「そうだよ。絶対に上だって! 上で間違い無いわ」

「常識的にいえば、上よね! 上しか考えられないわ」


「え? いや、下でしょう。どう考えても下だよ。ダンジョンっぽいし」

 俺は一応の応戦を試みた。だが、それにはきつーい返しが待っていた。

 野良メイド3人衆だ。『雄弁は銀なり、沈黙は金なり』の言葉を思い出す。


「……」 「……」 「……」


 なんか言えよ、お願いだから! 範子とか、さっきは雄弁だったじゃん。

 冷たい目で見られるくらいだったら、思いっきり罵られた方がマシだ。

 こいつらは、そう言うのが分かってて黙ってやがる。タチが悪い!


 見かねたのか、すばるが助け舟を出してくれた。

 最後通牒でもある。俺はそれに従うしかないと思った。


「じゃあ、多数決、ってことでいいね」

 いいです。それで充分です。だからもう、あの沈黙攻撃は辞めにしてほしい。

 自分の意見が通るかどうかなんて、些細なこと。それより、平和でいたい。


「秋山が言うんだ。僕は下だと思うけど、6対2で上かなぁ」

 真壁のこの一言に、俺は救われた。

________________________

 イケメン大親友の真骨頂。純くんに心の平和をもたらすのはいつも真壁!


 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 これからも応援よろしくお願いいたします。

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