048.継承。

 ほう、あれが新しい空ですか。


 これはまた随分と幼い。


 不意に空気を揺らした音に、誰かが嘲りを隠そうともせずに続けた。口火が切られた後はもう、堰を切ったように不満が溢れ出す。


 まだ道理の分からぬ子供だろう。色は見誤ったのではないか。


 しかし宝珠に認められたのは事実。


 我らの子を差し置いて、な。


 痛いぐらいに突き刺さる、声と視線。誰もが皆、品定めでもするかのように不躾に見てくる。その中で、空はただ虚ろに笑っていた。


 先代が亡くなると同時に生まれたらしいが、あんな子供に何が出来る。しかも、あそこの出自という話だろう。


 色の指示を受け、虹が教育に当たっているそうですね。


 師が良いからといって弟子までそうとは限らないさ。


 己らの子が空に選ばれなかった妬みか嫉みか、悪意にも似た視線が空を取り囲む。聴覚は休むことなく音を拾い、雑音と相まって、ざわざわと空気がざわめく。


 うるさいよ。


 カツン――と、革靴の音が響き、同時に聞こえた声に、辺りはしんと静まり返った。空の鼓膜を揺らしていたざわめきさえも、静寂の海に沈む。現れたのは、空よりも二、三ばかり年嵩の少年だった。金とも銀ともつかない曖昧な色の髪が、さらりと揺れる。

 久しぶりだね、小さな世界の不適合者。

 そんな囁きが聞こえた気がしたが、空の見る限り、少年の唇は動いていない。ただの空耳であろう。


 くだらない話はそこまでにしな。君たちのお喋りに付き合えるほど、僕は暇じゃないんだ。


 場の空気を一変させた少年は、そう皆に言い置くと、空いている席に腰かけた。


 そ……それでは雲も来たことですし、始めましょうか。


 え、ええっ、そうですね。


 慌てたように誰かが言って、他の誰かがそれに賛同する。そうして、彩達による会議が始められた。話の主旨は、七賢者の代替わりを決める事である。


 嵐と雲はすでにいるから、残りは四人ですか。


 確か、山と水瀬、森、それに聖都から一人ずつ選ぶのだったな。森はいささか難しそうだが、山には見所のある領主がいただろう。


 空は資料に載っている人物名を自分の知る情報と掛け合わせて吟味していく。この世界の人々に関する情報なら、空はとうに頭に叩き込まれていた。


 ええ、まあ。そうかもしれませんが……なにしろ世界の柱の一端ですから、慎重に決めませんと。


 慎重に、そう口にした者の顔が、奇妙に歪んだように空は思う。資料から目を離して、ざっと周囲を見渡す。誰も彼も、何かがおかしい。ふと、真正面に座る少年と、空の目が合った。


 あ……。


 無意識に空の口から音が零れ、幾対もの視線が一斉に空に向けられる。


 どうしましたかな、空。


 何かよい考えでも浮かびましたか。


 空は首を振りかけて一度動きを止め、再び少年へと目を向けた。無表情のまま口を噤んでいる少年へ、空が言葉を投げかける。


 雲、お前の意見も少し聞きたい。お前は各地を回っているから、彼らの性格を知っているかと思うが。


 彩達が眉を跳ね上げる。それから空の言葉をよくよく己らの中で確かめて、それもそうかと皆一様に頷いた。


 雲の意見は、確かに参考になりましょうな。我々もぜひともお聞きしたい。


 それは含みのある言い方であった。その意を正確に理解しながらも、空はそれを指摘することはない。空自身に向けられる悪意など、全て笑って受け流せばよいだけの話であったから。


 砂漠に嵐が巻き起こり、聖都は神の元にて晴れ渡る。高き山に轟く雷、水瀬に注ぐは恵みの雨。森を覆う霧は深く、人は惑い彷徨わん。


 抑揚のない声が、昔話のような詩を淡々と紡いでいく。少年の、凪いだ海のように静かな双眸が、空を見すえる。


 それぞれの役割は変わらないさ。今も昔もね。全ては受け継がれてゆくものなのだから。


 そう締めくくり、少年は口を閉ざした。しかし依然、少年の目は空に向けられたままでいる。

 空の心臓が、どくりと大きく脈打つ。


 変わらない……?


 少年の言葉を小さく呟いて繰り返し、空は目を閉じてその意をよく考える。しばし沈黙した後、空は彩たちに呼びかけた。


 すまないが、この件は色と私の方で預からせてもらう。


 なっ……。


 もちろんお前たちの意見も参考にする。が、本会議では、ある程度の候補者を出すだけにしようと思う。世界の柱なら、より慎重に決めるためにも、色の意見があった方がいいだろう。反論のある者は挙手してくれ。


 自ら投げた言葉が返り、一度は空に対して声を上げかけた者も含め、彩たちは押し黙っている。


 では、まず晴に関してだが、これは聖都から――。


 場の沈黙を了承と取った空が、話を先へと進めていく。

 この時、空は知らずにいたのだ。空に向けられる視線の内、一対の瞳が空と同じで虚無を孕んでいることを。

 全ては受け継がれてゆくもの。

 少年の口にしたその言葉が示す真の意味を、もっとずっと先で、空は実感することになる。

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