第9話

そして、夏がやって来た。


7月の半ば頃、梅雨明けしてから最初の週末を迎えたある日のことであった。


アタシは一人で、東門町のフジグランにいた。


フードコートで注文した石焼きビビンバを取ったあと、空いている席に座って食べようとした。


「ここに座っても、いいかな?」


その時、ひとりの男性がアタシに声をかけて来た。


アタシは『いいわよ。』と答えた。


アタシに声をかけて来た男性は、アタシよりも5つ年下の若いコであった。


アタシに声をかけてきた男性は、お好み焼きをテーブルの上に置いて、アタシの向かい側に座った。


アタシに声をかけて来た男性は、アタシに対して『ねえ、ひとり?カレはいないの?』と聞いたので、アタシは『ひとりよ。』と答えた。


「何度も恋はしたけど、長続きしなかった…新しい恋を始めたいとは想うけど…今は、そんな気にはなれない…」


アタシがそのように言うと、男性は『そうですか。』と残念そうに言うた。


しかし…


「ぼくは、あなたのことが気に入りました。」


男性は、ニコニコした表情でアタシのことが気に入ったと言うた。


うそ…


ウソでしょそんなん…


「ぼくの名前は、けいすけ。君の名前は?」

「アタシは、はるかよ。」

「はるかさんね。」

「うん。」

「ぼくと、恋を始めませんか?」

「えっ?」


けいすけさんがアタシにトッピョウシもないことを言うたので、アタシはおどろいた。


恋を始める…


アタシはけいすけさんに『お友達だったらいいけれどぉ…』と生ぬるい返事をした。


けいすけさんはアタシに『ぼくもそれでいいよ。』と返事を返した。


けいすけさんは、富田新港地区にある今治ヤンマー(農機具メーカー)の工場の従業員さんで、お給料は17万円である。


けいすけさんとの偶然の出会いにアタシは戸惑った。


けれど、今度こそは恋を成就させたいと言う気持ちが強かった。


二人は、早速次の日からお付き合いを始めた。


最初は、軽く食事をしながらおしゃべりから始めた。


出会って4回目のデートの時であった。


7月の最後の金曜日の夜、アタシは両親に『友達の家に泊まる…』とウソついて、けいすけさんに会いに行った。


アタシは、ユニクロエアリズムの黒のVネックのブラキャミの上からチェックのブラウスをはおって、下はサムシングのジーンズを着て、白いシューズをはいて、白のトートバッグを持って出かけた。


ところ変わって、喜田村のダイキ(DCMホールディングス・ホームセンター)の入り口にて…


アタシは、ベンチに座ってけいすけさんを待っていた。


けいすけさんが運転している白のトヨタアクアが到着した。


車から降りたけいすけさんが店に入ったあと、アタシに声をかけた。


「はるか。」

「けいすけさん。」

「お待たせ…行こうか。」


アタシは、けいすけさんの運転する車の助手席に乗った。


その後、車は駐車場を出発した。


車は、産業道路から国道のバイパス~高速道路を走り抜けて、松山インターまで行った。


たどり着いた場所は、松前(まさき)の海岸沿いにある小さなホテルである。


ところ変わって、部屋の中にて…


うす暗いルームライトが灯る部屋に、アタシはいた。


けいすけさんは、シャワーを浴びていた。


けいすけさんを待っているアタシは、ベッドの上に座って、足をバタバタとしていた。


シャワーを浴び終えたけいすけさんは、白のバスローブ姿でアタシのもとへ来た。


「お待たせ。」


けいすけさんは、ベッドのそばにあるミュージックプレーヤーの電源を入れた。


プレーヤーからは、1940年代のジャズが流れていた。


けいすけさんは、テーブルの上に置いてあるアルミの入れ物に入っているシャンパンを一本取り出した。


シャンパンを開けて、ワイングラスに注いだけいすけさんは『のむ?』と言うて、アタシにシャンパンを差し出した。


「ええ…いただくわ。」


アタシとけいすけさんは、シャンパンを一口のんだ。


アタシは、けいすけさんに声をかけた。


「けいすけさん。」

「なあに。」

「けいすけさんは、アタシのどう言うところにほれたの?」

「えっ?どこにほれたって?」

「そうよ…まさかあんた、母親みたいな包容力があると言いたいのでしょ。」

「ピンポーン、その通りだよ。」


けいすけさんは、笑ってアタシの問いに答えた。


アタシは、けいすけさんに言うた。


「けいすけさん。」

「なあに?」

「お母さまはいるの?」

「いないよ。」

「いない?」

「ぼくが、20歳(はたち)になったばかりの頃に、病気で亡くなった…オヤジはジョウハツした…姉は結婚して、遠方に移り住んだ…」

「じゃあ、今はひとりで暮らしているのね。」

「そうだよ。」


けいすけさんは、さみしそうな目でアタシを見つめた。


アタシは、はおっていたブラウスを脱いだ。


ブラウスの下は、黒のVネックのブラキャミを着ていた。


「抱きしめてあげる。」


アタシは、さびしい表情を浮かべているけいすけさんを胸にだきしめた。


「はるか。」

「寂しかったのね…」


アタシは、けいすけさんを胸に抱きしめた。


一夜明けて…


アタシとけいすけさんは、松前から伊予市の市街地の道路を経由して、双海(ふたみ)の海浜公園までドライブした。


場所は、シーサイド双海(海浜公園)にて…


二人は、なにも言わずに海をながめていた。


その時、アタシはけいすけさんに声をかけた。


「けいすけさん。」

「なあに?」

「アタシね…けいすけさんのことほっとけないわ。」

「えっ?」

「好きになっちゃったわ。」

「はるか。」

「けいすけさんは?」


アタシの問いに対して、けいすけさんはこう答えた。


「ぼくも…はるかのことが好きになったよ。」


けいすけさんは、アタシに思いのタケをすべて伝えた。


「夕べ、ぼくは…はるかの胸に抱かれていた時…夢を見たのだ…赤ん坊の時にオフクロに抱かれていた夢を見たよ。」


けいすけさんはアタシを好きになった理由をアタシに伝えた。


そして…


「はるか…結婚しよう…ぼくは、はるかがいないと…ダメなのだ…」


けいすけさんは、アタシにプロポーズをした。


けいすけさんからプロポーズされたアタシは、今度こそは幸せになると決意した。

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