13.黒き炎

【原色の悪魔】土の巨人ゴーンをマスターウルフのガイアに任せたハルト達は、風のシルフィードを追って無数の谷が連なる峡谷を進んでいた。

四方から吹き付ける強風、迷路のように入り組む吊り橋。ハルト達は周囲を確認しながら慎重に歩みを進める。

そして再びその特異な風がハルト達の前に吹いた。



「あ~あ、こんな所まで来ちゃったんだ。そんなに早死にしたいの?」


緑色のつむじ風が吹き、その中から【原色の悪魔】風の使いシルフィードが現れた。暗い目つき。そして完全にこちらを見下した目。



「シルフィード!! あなただけは絶対許さない!!!」


愛するファイヤを殺されたアクアが怒りを前面に出して言う。


「お~、怖い怖い。でもお前が悪いんだよ。僕の『愛の奏で』を断るんで」



会話を聞いていたクレアが小声でルルに言う。


「あいつ気持ち悪いよね。ああいうの絶対ダメ、私」


「私も無理」


ルルも頷きながらそれに同意する。



「おい、お前!! ファイヤの仇は取らせてもらうぞ!!」


ハルトは中にふわふわと浮くシルフィードに向けて言った。


「何なのお前? ヒト族が偉そうに。ファイヤは俺達の仲間なんだぞ」


その言葉を聞いてアクアが叫ぶ。


「何が仲間なのよ!! 後ろから私を殺そうとしたくせに!!!」


「あー、うるせ。もういいよ、話すの。みんな死んでよ」



シルフィードは面倒臭そうにそう言うと左手を上げて手首を軽く振った。


「気をつけろ!!」


ハルトが叫ぶ。シルフィードの周りに風が集まり、それが刃となって放たれる。


「ライトシールド・二連!!」


ハルトは自分と皆の前にシールドを張る。


ガンガンガン、バリン!!!


「ぐっ!!」


前回同様にシルフィードの風の刃に簡単に砕かれるハルトのシールド。シールドを突き破って飛んで来る刃がハルトをかすめる。



「そんなやわな盾じゃ、僕の攻撃は防げないよ~」


腕を組み余裕の表情で話すシルフィード。


「ならば先にるのみ!!」


そう言いながらウェルスが鋭い爪を出してシルフィードに向かう。


「ガアアアア!!!」


シュッ!!


「な、に!?」



ウェルスの素早い攻撃がシルフィードに届くと思ったその瞬間、彼の体はまるで消えるようにその攻撃をかわした。


「遅いよ~」


シュッ!!


間入れず弓を構えていたルルの矢がシルフィードに放たれる。


「はいよ」


シルフィードがそう言うと彼の周りにより強い風が吹き、飛んで来たルルの矢を吹き飛ばす。



「なっ……、強い……、攻撃が届かない!?」


戦況を見ていたクレアが言う。皆に漂う嫌な空気。


(どうする……)


ハルトが策を考えていると、アクアが魔法の詠唱を始める。


「大気の水よ、浄化の水よ、今ここに集まりてすべてを消さん!! 浄化の雨レイニグンレイ!!!」


アクアが両手を上げ詠唱を始めると、シルフィードの頭上に大きな黒雲が現れる。そしてぽたぽたと黒い雨が降り出した。



「あーあ、僕は本当に嫌われたんだね。こんな攻撃して。でも知ってるよね? こんなの僕には効かないって」


シルフィードはくるりと体を回転させてその周囲に大きなつむじ風を発生させる。


「じゃあね~」


その言葉と同時につむじ風は竜巻のように上に伸び、頭上にあった黒雲をいとも簡単に吹き飛ばした。


「そ、そんな……」


アクアが顔色を変えて言う。シルフィードは余裕の顔で言う。



「もういいよね。そろそろ終わりだよ」


そう言うと今度は両手を上に挙げ、その周囲にこれまでとは数も大きさも格段に違う強力な刃を出現させた。

離れていても聞こえる風が巻く音。空気の振動。ハルト達に緊張が走る。


「死になっ!」


シルフィードは両手を思い切りハルト達に向けて振った。それを合図に一斉に放たれる風の刃。


「くっそおおお!!! シールド!!! はああああ!!!!」


ハルトが大声で叫ぶ。皆の前に現れるシールド。


バリンバリンバリン!!!


「ぐわああ!!」


次々と破壊されるシールド。突き抜けて皆を襲う刃。防御を取っていたがそのダメージは想像以上。広域に放たれた多数の風の刃だったので逃れようもない。



「ぐぐぐっ……」


「大丈夫か! みんな!!!」


ほぼ全員ダメージを受け出血している。シールドがあったから気持ちばかり軽減されたが、何度も食らったら間違いなくやられる。


「くそっ!!! シールド!!!」


ハルトはシルフィードとの間に階段のようにシールドを張ると、それをウェルスと共に駆け上がって行く。


「はあああああ!!!」


「グオオオオオ!!!」


剣を振りかざし、爪を伸ばして攻撃するふたり。しかしシルフィードはまだ余裕であった。


「ムダムダ」


ヒュウ!!!


「なに!!」


シルフィードは自分の前に壁のような風を下から発生させ、ハルトの剣を弾き飛ばした。そのまま強烈な風によって飛ばされる二人。



「ぐわああ!!」


ドン!!


地面に叩きつけられるハルトとウェルス。


「ゴホッ、ゴホッ……」


口からも血が流れる。


「ハルト!!!」


直ぐにルルが寄って二人に回復魔法を掛ける。


「大丈夫だ、お前もケガしてるだろ……」


「でも……」


ルルの目が真っ赤になっている。



「くそっ、どうすれば……」


ハルトが空に浮くシルフィードを見て言う。ニヤニヤと暗い顔で笑うシルフィード。



「もう本当にこれで終わり。サヨウナラ」


再び両手を上げるシルフィード。再度集まる無数あまたの刃。その聞き覚えのある風の音が体をすくませる。ゆっくりと降ろされる手。それを合図に数え切れない風の刃がこちらに向かって放たれた。


(くっ、どうすれば……、どうすれば……)


「ハルトーーーー!!」


クレアとルルが叫ぶ。

その時ハルト中のが目覚めた。血が逆流し、身体が爆ぜるような感覚。以前ウェルス達と戦った時に感じた自我を失うあの感覚。


(俺は、俺は負けない! みんなを……)


無意識にハルトが叫ぶ。



「俺がみんなを守るーーーー!!!!!」


ハルトの脳裏にあの時と同じくひとつの言葉が浮んだ。



「黒炎っ!!!!!」


ハルトは右手をシルフィードに向け叫んだ。ハルトの腕から現れる真っ黒な炎。それはまるで横にした強烈な竜巻のように一直線にシルフィードに伸びて行く。



ドオオオオオオオォォォ!!!


轟音。空気が恐れ震える振動。突然の状況に理解ができないシルフィードは唖然とする。


ガンガンガンガン。


黒炎は無数の風の刃をすべて飲み込み、やがてシルフィードの目の前まで迫り来る。



(な、何これ!? 体がすくんで……、動けない……)


シルフィードは目の前に迫る黒き業火に身動き一つできずに飲み込まれた。その最後の絶叫も黒炎の激しい轟音によってかき消される。


やがて黒炎が空高くへ消えてなくなるとそこにはシルフィードはもちろん、そのかけらひとつ残っていなかった。



バタン!!


目も虚ろにその場に倒れるハルト。


「ハルトおおおーーーー!!!!」


クレアとルルの叫び声が一面に響いた。

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