僕は弾丸

朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました」と言う。

僕はテレビを消して外へでた。

頭上には、いつものように、夏の青空が広がっている。

「世界が終わるなら、夏休みも終わりだろうか?」と僕は考えた。

夏休みがあと七日しかないなんて、残念なことだ。

風が吹いてくる。ここから直接は見えないが、海から吹いてくる風だ。

爽やかな風の匂いに、僕はまた思い出す。

あの日、海を望む崖の上に女の子が一人、立っていたのを見て、僕は……。僕は一体何をしたかったのだろう?

あの子は、一体、何をしようとしていたのだろう?

思い出せない。

覚えているのは、いてもたってもいられない、もうすぐ終わろうとする夏休みに急かされる気持ち。

それだけだ。

それでも……。

いや、あの頃はまだ次の夏休みがあったはずだが……。

そして僕は、いま一度、自分自身と向き合うことを考え、思い直してみる。

もしかしたら、残された「夏休みの自由時間」で、少しは自由な発想ができるんじゃないか?

だってさあ、自由な発想を抱けなければ、自由な行動はできないだろう。

何かをできないと、自分を受け入れるばかりで、何もせずに、ただただ、僕という人間のまま……世界の終わりを迎え、死んでゆくことになる。

そうだとしたら、残念なことだ。

世界が終わるのはしかたがない。

僕は、少なくとも残された時間を生きる自由の中で僕は、他人を救うことはできなくても、自分自身と対峙するような人間になれるんじゃないだろうか。

「自由の中で自分を受け入れるという選択肢」では、何か、夏の幻が願うような、特別な自分を見つけ出せるんじゃないか? と僕は思うのだ。

そう考えると、やはりなにかの方法で、残された夏を生きることで、自分を受け入れようと思う。

しかし、その何かは、僕に想像しうることが、すでにこの透明な時間に書かれていた、広大な時空を満たすような「何か」であるかぎり、この力では、とてもかなわない。

だから僕は、考えを改めた。

「さあ、ここで、何の気づかい?」と、僕は声をかけた。

できそうにないことを望んでみるのが恥ずかしい?

誰かに認めてもらう、その必要もないのにか?

気づかいだと言えば聞こえがいいが、結局、僕は「考えを変える」ことしかできなくなった。

僕は特別な「何か」ではありえない。

何かをしたいかで、「自分らしさ」は、変わらない。

そして「自分らしさ」という自分を受け入れるかどうかという問題に関して言えば、まったく、僕の中にある希望は、「何か」であって「自分」ではない。

「自分らしさ」で自分を受け入れようということは、たとえそれが自分の中から生まれてきた「自分らしさ」だとしても、受け入れてしまえば、以前から考えていたところの「そのような自分」であることに変わりない。

だから、「自分らしさ」で自分を受け入れようとすると、僕はそこに、他の何かを探り、他の何かを望むような、自分がいて、今、生きようとしているのはその「自分らしさ」に従わない自分であることに気づいてしまう。

そんな自分を受け入れるのだとしたら、それは自分の中にしか存在する何かではなく、自分の中に潜んでいる何かなのかも知れない。ただ、それが何なのかは分からないけれど――。

僕は足を踏ん張って、立ち止まる。

日に照らされて、地面は熱い。

そこからブワッと生えてくるような、ただただ何でもない蒸気のような瞬間に、僕は気が付いて、不意に空気が揺らめくのを、そして、それが僕ら自身であることに、気づいてしまう。

ニュースキャスターは「世界の終わりまであと七日になりました」と言った。それがウソでも、本当でも、七日後はくる。

僕は、今ここで、そよぐ風だ。

自分という存在そのものであるような、ただ何も感じない、ただ何も考えない、ただただそこにいるだけで、未来に対する気づかいも過去への後悔も何の関係もない、ただただ何の感情もない――そんな僕であること。

いや、僕に何の感情もないわけがないだろう。

僕が言葉で気を逸らしているあいだにも、世界は終わりに近づいていく。

僕は歩きつづけた。

海岸にでた。

風が気持ちいい。

一羽のカモメが上空を横切って、崖の方へ流れていく。

それでも僕は考える。

世界が終わる前に、

「自分は何に気付けばいい?」

そう考えると、僕の思考を読んでいたのか、あるいは僕が考えていたのか。それは分からないけれど、僕は、どこにそんなものがあるのか、という問いかけをしてみて、「考えてみる」と言ってしまうくらいには変わろうとしているように思う。

だって、僕は、自分で答えを出したように見えていたんだ。

僕の人生は、僕が何に気付かなくても、何となくはわかっている、そう思えるようでないと始まらない気がした。

何かに気付いて、僕は顔を上げた。

僕の体は、崖を蹴ってふわりと海へ跳び降りた少女に向かって、一直線に飛んでゆく。

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