海を渡って

小さな小さな風、色つきの海を渡る白い風……――。

……何が生き物を殺す声だったのでしょうか……。それも、恐らくその生き物達は自分の身体の中にいた。……自分達の中にいる、ということ……? つまり、海や生き物や生物そのものをはるかに死んだ物から引き寄せられていたのか……って、思うのですが……でも、今はもう、そういうことは考えられませんね……。僕は思い返してみると、何も考えていなかったのなら……もしかしたら、自分達の身体の中に自分達が生き物である何かが居て、自分の身体の中の生き物を殺しているのではありませんでしたか……? それは誰だって例外ではありません……何かの意思があって、自分の中に生きている者を殺しているのではありませんか……? 何かの意志……だとしても、あの声の、あの音…………その音の音はどこから聞こえてくるのですか!? まさか、あの声は…………何かの意思だったとしたら…………」

「…………」

誰かが……? そうです、今の僕や彼女達は、声と音が聞け、声や音が生きている存在の意志だとしたら、彼女達は、人の命や意思を弄ぶことに躊躇はないということになります。

もし、そうしていたのなら、あの声に意思を感じることだってきっとできないことではなかったはずだ。あの声の音を聞く時だけは、きっと、僕の意思のままだったはず。彼女達、彼女達はそれでも生きている……何かの意思はあるのだろう……。何かを生き物に与えたのは生き物であり、彼女たちはそれを受け取ったり弄んでみたりすることなんてしていない……。

「……」

彼女たちの目が冷ややかなままに、僕を貫かんと、冷たく切り裂かんと、音として言葉を吐き出そうとしている。

「……」

僕はそれを黙って聴いていることに、何らかの意思を感じている彼女達が彼女達であること――僕が人間で、彼女達はそれに縛られることなく、感情で動いていることを僕は嫌でも理解している。そして、僕はそれを拒否するということはしていない。むしろ、彼女達が彼女達でないことを認識している。だから、ただじっと受け入れて、彼女達に受け入れられることを僕はまだ望んでいた。

……どうか、彼女達に、言葉を届けることの喜びを……。

――彼女達との関わりを止めてはいけない。

彼女達に、もう誰もあの声を伝えることのない。そんな時になる。それまで……。

ずっと、僕はこれまで通りを貫いて行かなければならない。

僕は、彼と出会った時のことを、今でも思い出す……。

僕と彼は、最初は一緒に走ってたが、日差しは次第に彼を避けるようになったと思う。その頃にはもう、彼といつも一緒にいる僕の影は見えなくなっていたように思う。その間、彼は僕と彼の影が楽しそうにしているのをじっと見ている……。

そうしたら、彼が突然走り出したんだ……。あの、感情を、思いのほか早く爆発させる、見えない速さを纏って走って。それが何だったのか僕にはわからない。そうしたら……。僕は、彼の前に走って行ったんだ……――――。

その日は、僕も何かにぶつかって、彼にぶつかって、彼にぶつかって、彼にぶつかって、彼にぶつかって……。

彼を見ていなくて。彼に注意を向けられていなくて。

僕も僕を見ていなくて。僕と彼との影だけが、ひとつになって、今でも僕のところを歩いている。

これは、僕の思い出なんだ。

僕が、僕であるという本当の気持ちを知って。彼も僕の言葉を知って……。そうして僕は、彼に向き合おうとして。だけど、僕が、僕である理由がわからなくて……。

彼と話したときから、僕は彼に――。

「……ごめん、僕はもう僕じゃないんだ」

その言葉だけが、僕の心にこだまする。

――僕の心は今、彼の影に飲まれている。

「……………………」

僕の言葉には反応なし。

彼と彼女達の時間はもう終わっているかのように、ただ静かにそこにある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る